蜜月

西崎 仁

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第1章

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「リューク、おまえは優しいな。けど、俺はおまえが思うよりずっと、いまの境遇を受け容れて満足してるぞ?」

 美貌のヒューマノイドは、無言で自分を見下ろす男の黒瞳をみつめかえした。
 いつしか光の祭典は幕を閉じ、コロニー上部には特殊加工の合成樹脂、クリスタル合板による透明な天井が覆いをかけていた。花火の打ち上げに合わせて光量を落としていたイルミネーションも、ふたたび華やかな彩りを取り戻して街全体を輝かせている。そのうっすらとした明かりが、ライトを消した室内をやわらかく照らした。

「たしかに大きすぎる肩書はときに窮屈だし、邪魔に思うこともある。だが、少なくとも俺は、自分がその肩書に縛られてるとは思ってない」

 シリルはしずかに言葉を紡いだ。

「この血筋のおかげでおまえと出逢うことができたし、一度は喪ったおまえを、こうして取り戻すこともできた。ただの運び屋で終わっていたら、それは到底、叶わない夢だった」
「シリル……」
「いまの地位にあるからこそ、俺はおまえを取り戻せたんだ」

 クリスタル・ブルーの双眸から、透明な雫があらたに溢れ落ちる。シリルはそれを、指先で掬い取った。
 出会った当初は人形のような無表情に終始し、心の存在さえ感じさせることもなかった相手が、いまはこんなにも豊かな感情をあらわすようになっている。一度はそうさせてしまったことを、ひどく悔やんだときもあった。だが、こうしてあらためてその素直な心のりように触れるにつけ、これでよかったのだと思えた。

 5年前、曇りのない純然たる想いがまっすぐに向けられた先に自分がいた。シリルはだから、己の境遇を受け容れた。

 過去を捨てて王位に即くことを決断し、先々代、先代から引き継がれた負の遺産をすべて、己の代で精算すべく大鉈を振るった。
 崩壊は、目前まで迫っていたのだ。この国の根幹は、土台からすでに腐敗がはじまり、限界が近いところまで侵蝕の範囲をひろげていた。
 汚染された環境下で人類が生き延びるためには、清浄な天然の真水の存在が不可欠だった。その天然水の利権を、この国の創設者である初代国王は独占し、王家に帰属させた。天然水の専有に関する管理権限は歴代国王ただ独りに与えられ、200年以上もの長きにわたってその権利は守られつづけた。

 シリルが王位に即いて5年。いま現在、天然水の利権は王家の専有を離れ、あらたに設けられた天然水管理局監督のもと、国家そのものに帰属している。
 王室の財源の大部分を占めていた天然水の独占権を手放すことに、王室管理局を中心とする各方面から反対の意見が挙がったことは言うまでもない。逆に、国民の多くが新国王の意向を支持し、好意的に受け容れた。

 さまざまな難局に直面するたびにシリルは各方面における専門家の意見に耳を傾け、根気強く解決法を模索した。そして5年もの歳月をかけてついに、あらたな制度を設け、王家による天然水の専有を撤廃するに至った。
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