ショコラ・ノワール

西崎 仁

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第6章

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 ――自分は、取り返しのつかない罪を犯してしまった。どれほど強い後悔の念に苛まれようと、犯した罪は、生涯をかけてもあがなうことさえできない。その現実をまえに、ただただ恐怖し、途方に暮れている――

 文面は切々と訴える。謝って許されるはずもないことは重々承知している。けれども、こうして筆を執らずにはいられなかったのだ、と。
『ごめんなさい。ごめんなさい。自分が生まれてきてしまったことを心から申し訳なく思っています。あのとき私は、なぜ、あんなにも愚かで残酷なことを平然としてのけられたのか、自分でも当時の心境を理解することができません。この手で奪ってしまったものを自分の生命と引き換えにできるなら、どんなにいいでしょう……』
 己の犯した罪の重さに、いまさらながら恐れおののき、自分自身の良心に責め苛まれつづける毎日を送っている。
 生きる価値のない自分。そんな自分が、いまなお、こうしてのうのうとこの世にりつづけていることを、ひたすら耐えがたく思い、罪の意識と深い悔恨に押し潰されそうになっている――
 己の悲劇性に酔いしれることに終始した文面。受け取る側の気持ちを無視し、一方的にこみあげる感傷のみを書き連ねただけの内容。その幼い残酷に、鳴海は言葉を失くして茫然と立ち尽くす。
 なぜ、こんなにも無神経に、人の心を平然と踏みにじることができるのだろう……。
『先生、本当にごめんなさい。私にできるのは、決して許されることのない罪を、これからも巨大な十字架として背負いつづけていくこと、それだけなのでしょうか。
 私が先生にもたらしてしまった苦しみと悲しみのすべてを、そのまままるごと引き受けることができたらどんなによかったかと思います。どうか先生の心に、ほんのわずかでもあたたかな光が照らしてくれることを、心からお祈りしています……』
 鳴海の存在が、新進気鋭のチョコレート職人として脚光を浴びはじめたことでもたらされた思わぬ余波。
 SNSを中心に、『ル・シエル・エトワール』の商品が徐々に話題を集めたことで、かの人物は鳴海の現状を知るに至った。
 思わぬかたちでの転身を知ってしまったら、もう黙っていることはできなかった。許されないとわかっていて、それでもせめて、ひと言だけでも詫びたかった。手紙の主は、懸命にそう訴えた。
 身勝手な言い分が、この先も決して癒えることのない傷を、さらに深く抉って容赦なく心を引き裂く。許しを請うことを目的に哀惜の思いを綴り、みずからの苦しみ訴えることで手紙の主は己にのしかかる罪の意識を軽くしようとしている。ひょっとしたら、鳴海の口から『許す』という言葉が聞けることまでを期待し、計算しているのかもしれない。
 なんという虫のいい話だろうか。

【あたしがこんな思いをして、こんな目に遭ったのに、先生ひとりだけ幸せなんて許せないっ。なにもかも根こそぎ奪ってやりたかったっ。
 ――先生もあたしとおなじ絶望のどん底で、苦しみもがいてのたうちまわればいいんだ……っ!!】

 鳴海は手紙を強く握りしめる。
 どうして許すことなどできるだろう。自分はもう二度と、喪ってしまった大切なものをこの手に取り戻すことができないというのに。
 期待しないでほしい。優しさや救いを求めないでほしい。
 自分は生涯、決してその謝罪を受け容れることはできないのだから。
 罪の意識から逃れたい一心で憐れみを誘おうとする傲慢な軽率さを、鳴海は心の底から嫌悪せずにはいられなかった。
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