セイクリッド・レガリア~熱砂の王国~

西崎 仁

文字の大きさ
上 下
152 / 161
第14章 王の『鍵』

第1話(6)

しおりを挟む
 ハッハッと口から荒い息を漏らしながら、シリルは操縦桿に顔を伏せて大きく喘いだ。ややあってから、鉛のように重い上体を起こす。そして、やっとのことでエンジンを切ると小型機から降りた。

「シリルッ」

 ふらつく躰を小型機にあずけながらかろうじて立ち、目を凝らした先に、ちょうど駆けつけた王室師団によって救出されたベルンシュタインらの姿が映った。いまだ視界がぼやけて全体がうまく見渡せないというのに、拘束から解放されたリュークが、衣服にひっかかるワイヤーをはずすのももどかしく、自分に向かって走ってこようとする姿だけは鮮明にとらえることができた。
 シリルの口許に、自然、笑みが浮かぶ。腹筋に力を入れ、自力で立ちなおすと、シリルはゆっくりと歩き出した。必死に走ってくる顔がいまにも泣き出しそうで、早く傍に行って安心させてやらなければと思った。

 自分の許へ、ただ一心に駆けてくる姿。だがその顔が、不意に恐怖に硬張った。同時にシリルもまた、背後に強い殺気を感じて振り返る。そのシリルを庇うように飛びこんできた痩身が、シリルの眼前で跳ね上がった。
 大きく反り返る上体。

 クリスタル・ブルーの双眸がわずかに見開かれ、その躰が声もなく膝からくずおれた。抱きとめようと伸ばしたシリルの腕を、華奢な躰が呆気なく擦り抜けていく。リュークは、シリルの目の前で床に沈んだ。

「リュークッ」

 リュークが崩れ落ちたその向こうに、祭壇わきで、最前ラーザによって蹴り飛ばされたシリルの銃を構えるケネスの姿があった。その口許に、うっすらと笑みが浮かび上がった。みずからもまた、ラーザの放った軽機関銃の的とされ、瀕死の状態となってなお見せた、凄まじいまでの執念。直後、ケネスは王室師団の近衛兵らによって射殺された。

「リュークッ、しっかりしろ! リューク!」

 膝をつき、抱き上げたシリルの腕の中で、閉じていた瞼がゆっくりと開いた。

「シ、リル……」

 抱きかかえる背中から生温かな鮮血が溢れ出て、リュークの体温を急速に奪っていく。

「リュークッ、血を止めろ! 血液の循環も止められるんだろっ!? 早く機能を切り替えろ!」
 シリルの言葉に、美貌のヒューマノイドはかすかにかぶりを振った。薄く開いた口が、弱々しく喘ぐ。

「リューク、頼むからっ。頼むから生きてくれ! 死ぬんじゃないっ、生きろ! リュークッ」
「シ…リル……、……きです」

 血の気の失せた口唇から、囁きが漏れた。耳を寄せたシリルに、リュークは言葉を繰り返した。

「あなたが、好きです……シリル……。一緒にいられて、……れしか……た」

 言葉を紡いだ口唇が、やわらかな微笑を形作った。
 頬に触れたシリルの手に、リュークはみずからも頬を寄せる。

「…リル、あなたが、…きです……とても…好き………………」

 光を失った瞳がゆっくりと閉じられる。そこから、ひと滴の涙が伝い落ちた。
 閉じられた瞳の煌めきにかわり、シリルの右手で光るのは、おなじ色の宝石。


『ユリウス、そなたの瞳とおなじ色の宝石いしを、余は、今生では会うこと叶わぬであろう息子に贈ろうと思う』

 そこに、この国の王としてのみならず、父としての深い想いが重ねられていく。

『そなたの「心」と余の願い。ふたつが出逢い、惹き合わされたそのときに、奇跡は必ずや起こり、現実となろう』


 生命の耀きが喪われてなお、その口許に浮かぶのは、幸福に満ち溢れた、このうえなく美しい微笑み――

 シリルは力をなくした黄金の頭を、みずからの胸に掻き抱いた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...