上 下
148 / 161
第14章 王の『鍵』

第1話(2)

しおりを挟む
「ケネス長官、どうかそれまでに願います」

 静かな口調で語りかけてくる相手を認識するや、ケネスの琥珀の瞳に怒りが閃いた。

「貴様っ、ベルンシュタインッ!」

 その背後には、銃を構えたシリル、そして、シュミット研究所の女職員までがいた。自分のすぐ横で、大切な切り札が身を起こす。気配を察した瞬間、ケネスは祭壇にあったもうひとつの燭台を鷲掴むと、その首を背後から抱えこんで切っ先をつきつけた。

「シリル・ヴァーノン、おまえが玉座を手に入れるのが先か、王の『鍵』が封印を解くまえに力尽きるのが先か、試してみるか?」
「ケネス…、貴様……っ」

 シリルの口から低い声が漏れた。刹那、ケネスの腕の中で無反応に終始していたヒューマノイドの躰が、ピクリと反応した。
 ガラスの瞳が、ただ一点を凝視する。その瞳に、見る間に変化がきざした。

「シ…リル………」

 呟いた途端、ダラリと垂れ下がっていた両腕が動いた。激しく身を捩った人質は、思いがけない強さでケネスの躰を突き飛ばした。予想もしていなかった突然の抵抗に、ケネスは足もとをよろめかせて祭壇に倒れこむ。その隙を衝いて、捕らえていた獲物は逃げ出した。

「シリルッ」

 自分を拒絶した切り札が、みずからの意志で選び取った相手に向かって走っていく。ケネスは咄嗟に、手にしていた燭台を投げつけた。重い凶器が無防備な背中を狙う。だが、鋭い切っ先がその背中に到達して突き刺さるその寸前、正面から伸びた腕が華奢な躰を抱きこみ、もう一方の腕で飛んできた凶器を弾き飛ばした。
 ベルンシュタインのわきから飛び出したシリルの腕に、ケネスが逃したヒューマノイドの躰はしっかりと抱きとめられていた。

「シリルッ……シリル……ッ」

 衆目の中、これまで感情の欠片かけらすら見せることのなかったヒューマノイドが、自分を抱きとめる相手に縋りつき、聞く者の胸を締めつけるような声でひとつの名を繰り返し呼ぶ。その姿は、直前まで生気をまるで感じさせなかった人形のそれとは、ガラリと様相を変えていた。
 ケネスは、見せつけられる眼前の情景に屈辱をおぼえて顔を歪めた。同時に、居合わせたベルンシュタインとリズもまた、驚きの表情を浮かべてその場に立ち尽くした。

 王都への搬送を依頼する直前にベルンシュタインが確認した詳細データでは、『鍵』の役割を担うヒューマノイドに、このような一面はどこにも見当たらなかった。ただ淡然と、生前のユリウス・グライナーを模して形作られた、精巧な造りの人形という印象しか残らなかった。
 たった1カ月。それだけの時間で、これほどまでの変貌を遂げさせる。シリル・ヴァーノンとは、そのような人間であることをあらためて認識させられる光景だった。

 そして、いまひとり。研究者の一員として製造の末端に関与していたリズもまた、己の目にする王の『鍵』の姿を、信じられぬ思いで見つめることしかできなかった。
 自分の知る『鍵』に、こんな要素は存在しない。作り物の人形は、どれほど精巧で美しく、コミュニケーション能力に優れていようと、所詮、プログラムに則して人間らしく応答する、『作られた反応を返すもの』でしかなかった。だが、自分がいま見ているこの反応は、あきらかに製造当初のプログラムの範囲から逸脱していた。

 こんなことが、あり得るとは――

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ハミット 不死身の仙人

マーク・キシロ
SF
どこかの辺境地に不死身の仙人が住んでいるという。 誰よりも美しく最強で、彼に会うと誰もが魅了されてしまうという仙人。 世紀末と言われた戦後の世界。 何故不死身になったのか、様々なミュータントの出現によって彼を巡る物語や壮絶な戦いが起き始める。 母親が亡くなり、ひとりになった少女は遺言を手掛かりに、その人に会いに行かねばならない。 出会い編 青春編 ハンター編 解明編 *明確な国名などはなく、近未来の擬似世界です。 *過激な表現もあるので、苦手な方はご注意下さい。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

教皇の獲物(ジビエ) 〜コンスタンティノポリスに角笛が響く時〜

H・カザーン
歴史・時代
 西暦一四五一年。  ローマ教皇の甥レオナルド・ディ・サヴォイアは、十九歳の若さでヴァティカンの枢機卿に叙階(任命)された。  西ローマ帝国を始め広大な西欧の上に立つローマ教皇。一方、その当時の東ローマ帝国は、かつての栄華も去り首都コンスタンティノポリスのみを城壁で囲まれた地域に縮小され、若きオスマンの新皇帝メフメト二世から圧迫を受け続けている都市国家だった。  そんなある日、メフメトと同い年のレオナルドは、ヴァティカンから東ローマとオスマン両帝国の和平大使としての任務を受ける。行方不明だった王女クラウディアに幼い頃から心を寄せていたレオナルドだが、彼女が見つかったかもしれない可能性を西欧に残したまま、遥か東の都コンスタンティノポリスに旅立つ。  教皇はレオナルドを守るため、オスマンとの戦争勃発前には必ず帰還せよと固く申付ける。  交渉後に帰国しようと教皇勅使の船が出港した瞬間、オスマンの攻撃を受け逃れてきたヴェネツィア商船を救い、レオナルドらは東ローマ帝国に引き返すことになった。そのままコンスタンティノポリスにとどまった彼らは、四月、ついにメフメトに城壁の周囲を包囲され、籠城戦に巻き込まれてしまうのだった。  史実に基づいた創作ヨーロッパ史!  わりと大手による新人賞の三次通過作品を改稿したものです。四次の壁はテオドシウス城壁より高いので、なかなか……。  表紙のイラストは都合により主人公じゃなくてユージェニオになってしまいました(スマソ)レオナルドは、もう少し孤独でストイックなイメージのつもり……だったり(*´-`)

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

読まれるウェブ小説を書くためのヒント

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
エッセイ・ノンフィクション
自身の経験を踏まえつつ、読まれるための工夫について綴るエッセイです。 アルファポリスで活動する際のヒントになれば幸いです。 過去にカクヨムで投稿したエッセイを加筆修正してお送りします。 作者はHOTランキング1位、ファンタジーカップで暫定1位を経験しています。 作品URL→https://www.alphapolis.co.jp/novel/503630148/484745251

「メジャー・インフラトン」序章1/ 7(太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!)

あおっち
SF
  脈々と続く宇宙の無数の文明。その中でより高度に発展した高高度文明があった。その文明の流通、移動を支え光速を超えて遥か彼方の銀河や銀河内を瞬時に移動できるジャンプ技術。それを可能にしたジャンプ血清。  その血清は生体(人間)へのダメージをコントロールする血清、ワクチンなのだ。そのジャンプ血清をめぐり遥か大昔、大銀河戦争が起こり多くの高高度文明が滅びた。  その生き残りの文明が新たに見つけた地、ネイジェア星域。私達、天の川銀河の反対の宙域だった。そこで再び高高度文明が栄えたが、再びジャンプ血清供給に陰りが。天の川銀河レベルで再び紛争が勃発しかけていた。  そして紛争の火種は地球へ。  その地球では強大な軍事組織、中華帝国連邦、通称「AXIS」とそれに対抗する為、日本を中心とした加盟国軍組織「シーラス」が対峙していたのだ。  近未来の地球と太古から続くネイジェア星域皇国との交流、天然ジャンプ血清保持者の椎葉清らが居る日本と、高高度文明異星人(シーラス皇国)の末裔、マズル家のポーランド家族を描いたSF大河小説「メジャー・インフラトン」の前章譚、7部作。  第1部「太陽の季節 DIVE!DIVE!DIVE!ダイブ!ダイブ!ダイブ!」。  ジャンプ血清は保持者の傷ついた体を異例のスピードで回復させた。また血清のオリジナル保持者(ゼロ・スターター)は、独自の能力を飛躍的に引き上げる事が出来たのだ。  第2次大戦時、無敵兵士と言われた舩坂弘氏をモデルに御舩大(ミフネヒロシ)の無敵ふりと、近代世界のジャンプ血清保持者、椎葉きよし(通称:お子ちゃまきよし)の現在と過去。  ジャンプ血清の力、そして人類の未来をかけた壮大な戦いが、いま、始まる――。  彼らに関連する人々の生き様を、笑いと涙で送る物語。疲れたあなたに贈る微妙なSF物語です。  本格的な戦闘シーンもあり、面白い場面も増えます。  是非、ご覧あれ。 ※加筆や修正が予告なしにあります。

処理中です...