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第12章 洗脳
第4話(2)
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激しく痙攣した巨体がドウッと床に沈む。構えを解いたマティアスは、息をついて通路の向こうを見やった。シリルはすでに、次の移動場所をオクデラに確認している。近づいたマティアスは、通話を切ったところでシリルに声をかけた。
「兄ィ、あんまムチャせんでください。傷に障ります」
「手ェ抜いてたら、それこそ死ぬだろが」
「そりゃそうっすけど……」
「待ったがきかねえのが戦場だよ。素人とはいえ、おまえも覚悟してついてきたなら腹くくれ」
「いや、オレのこたぁべつにいいんですが、なんてぇか、その、あんまムチャやらかして、兄ィの身に万一のことでもあった日にゃあ、嬢ちゃん泣きますぜ?」
マティアスの言葉を聞いた途端、シリルは声を立てずに低く笑った。思いがけない反応に、マティアスは意表を突かれて小さな両目をパチクリさせる。
「出逢った当初は感情が欠落してんのかと思ったが、とんでもなかったな」
豊かな感受性と素直な気質、そしてそれが表面に出せるようになってくると、思いのほか情が深かったことが判明した。
「ま、あいつがまた泣けるようになるなら、俺としても躰の張り甲斐もあるってもんだ」
行くぞとうながして、シリルは身を翻した。
「あっ、兄ィ!」
少しずつ育ませていったその『心』を力尽くでねじ伏せ、道具と見做したケネスのやりようが気に入らなかった。ガラス玉のような瞳。平淡な口調。出逢った当初以上に『人形』そのものになり果てた姿の中で、赤く腫らした頬だけが、踏みにじられた『心』の在処を示しているようだった。
あんな状態になるほど、たった独りでどれだけ抵抗を試みたのか。
神経を研ぎ澄まし、鋭い視線を周囲に向けながらシリルは奥歯を噛みしめた。その耳に、ふたたびオクデラからの通信が入った。
「シリル様、残り7体、南棟12階エレベーターホールに集めました。周辺はすべて遮断。総員で包囲網を敷いたうえ、エレベーターも使用停止にしてあります」
「わかった、いまから向かう。――オクデラ、追いこんだのはヒューマノイドだけか?」
「どういうことでしょう?」
「まだ出そろってない駒がある。不審な動きはほかにないか?」
「出そろっていない? いえ、いまのところ気になる動きは、とくにこちらでは把あ――」
不意に言葉が途中で途切れた。
「――オクデラ? おい、どうした。オクデラ! 応えろ!」
イヤホンから、低い含み笑いが零れた。
「嬉しいねえ。ひょっとしてずっと探しててくれたのは、俺のことかな? ヴァーノン隊長」
「ラーザッ! 貴様やはり……っ」
シリルの言葉に、傍らで周囲を警戒していたマティアスがギョッとした顔で振り返った。
「オクデラはどうしたっ!?」
「ダァイジョブダイジョブ、まだ殺してねえから。ちょ~っと眠ってもらっただけ」
上機嫌で応じたラーザは、
「あ、でもねえ」
そこで声色に剣呑な気配を滲ませた。
「猛獣狩りみたいに、みんなで寄ってたかって獲物を追いこんで殺っちまおうってのは、ちょ~っと感心しないよねえ。だってさぁ、人間様に忠実なだけのお人形ちゃんたちじゃん?」
マティアスが気遣わしげに見守る中、シリルのこめかみがピクリと反応した。
「兄ィ、あんまムチャせんでください。傷に障ります」
「手ェ抜いてたら、それこそ死ぬだろが」
「そりゃそうっすけど……」
「待ったがきかねえのが戦場だよ。素人とはいえ、おまえも覚悟してついてきたなら腹くくれ」
「いや、オレのこたぁべつにいいんですが、なんてぇか、その、あんまムチャやらかして、兄ィの身に万一のことでもあった日にゃあ、嬢ちゃん泣きますぜ?」
マティアスの言葉を聞いた途端、シリルは声を立てずに低く笑った。思いがけない反応に、マティアスは意表を突かれて小さな両目をパチクリさせる。
「出逢った当初は感情が欠落してんのかと思ったが、とんでもなかったな」
豊かな感受性と素直な気質、そしてそれが表面に出せるようになってくると、思いのほか情が深かったことが判明した。
「ま、あいつがまた泣けるようになるなら、俺としても躰の張り甲斐もあるってもんだ」
行くぞとうながして、シリルは身を翻した。
「あっ、兄ィ!」
少しずつ育ませていったその『心』を力尽くでねじ伏せ、道具と見做したケネスのやりようが気に入らなかった。ガラス玉のような瞳。平淡な口調。出逢った当初以上に『人形』そのものになり果てた姿の中で、赤く腫らした頬だけが、踏みにじられた『心』の在処を示しているようだった。
あんな状態になるほど、たった独りでどれだけ抵抗を試みたのか。
神経を研ぎ澄まし、鋭い視線を周囲に向けながらシリルは奥歯を噛みしめた。その耳に、ふたたびオクデラからの通信が入った。
「シリル様、残り7体、南棟12階エレベーターホールに集めました。周辺はすべて遮断。総員で包囲網を敷いたうえ、エレベーターも使用停止にしてあります」
「わかった、いまから向かう。――オクデラ、追いこんだのはヒューマノイドだけか?」
「どういうことでしょう?」
「まだ出そろってない駒がある。不審な動きはほかにないか?」
「出そろっていない? いえ、いまのところ気になる動きは、とくにこちらでは把あ――」
不意に言葉が途中で途切れた。
「――オクデラ? おい、どうした。オクデラ! 応えろ!」
イヤホンから、低い含み笑いが零れた。
「嬉しいねえ。ひょっとしてずっと探しててくれたのは、俺のことかな? ヴァーノン隊長」
「ラーザッ! 貴様やはり……っ」
シリルの言葉に、傍らで周囲を警戒していたマティアスがギョッとした顔で振り返った。
「オクデラはどうしたっ!?」
「ダァイジョブダイジョブ、まだ殺してねえから。ちょ~っと眠ってもらっただけ」
上機嫌で応じたラーザは、
「あ、でもねえ」
そこで声色に剣呑な気配を滲ませた。
「猛獣狩りみたいに、みんなで寄ってたかって獲物を追いこんで殺っちまおうってのは、ちょ~っと感心しないよねえ。だってさぁ、人間様に忠実なだけのお人形ちゃんたちじゃん?」
マティアスが気遣わしげに見守る中、シリルのこめかみがピクリと反応した。
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