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第12章 洗脳

第3話(1)

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 覚醒したヒューマノイドの顔から、いっさいの表情が消えていた。
 そこに、つい30分前まで見せていた嫌悪も拒絶も、怯えすらも見当たらない。

「私がだれかわかるか、『クラヴィス』」

 ケネスの問いかけに、13年前にこの世を去った知己の学者とおなじ貌をしたヒューマノイドは、「はい、ご主人様マスター」と平淡な声で応じた。その反応を見て、ケネスは内心で「そうだ、これでいい」と独語した。
 自分を否定し、拒む言葉をこの口から聞きたくはない。それ以上に、自分ではないだれかに心を捧げる姿を見たくはない。父を喪い、妹を喪い、母を喪ってから、たった独りでいまの地位まで登りつめてきた。多くの人間と出会い、有能な者たちも数え切れないほど目にしてきた。だが、自分の夢を確実に現実のものとするため、なんとしても手に入れたいと切望した才能は、ただひとつだけだった。

 ユリウス、私ではないだれかにその心を囚われ、比類ない才能を無駄にするくらいなら、心など持つ必要はない。無意味な未練など邪魔なだけだ。さっさと消去してしまうがいい。私への忠心で上書きしてしまえ。

 完全なる人形と化した『鍵』に満足したケネスは、口の片端を吊り上げた。

「おまえの主はだれだ?」
「ジルベルト・ケネス様です」
「シリル・ヴァーノンを知っているか?」
「残念ながら、お尋ねの人物に関する情報は、私の記憶メモリ内に保存されておりません。ご希望であれば詳細について調査いたしますが、如何いたしましょう」
「いや、いい。必要ない」

 ケネスはあっさり提案をしりぞけ、あらためて目の前のヒューマノイドに尋ねた。

「私を主と認めるからには、私の命令にはどんなことでも従うな?」
「はい、マスター」
「いいだろう。では命じる。いますぐ死ね」
「ケネス長官っ!?」

 秘書官のハロネンと医療スタッフのあいだに驚愕が奔る。そんな中、ケネスの命を無表情で受けた美貌のヒューマノイドは、「承知しました」と応じるなり周囲を見やり、医療器具の中からメスを選び取って躊躇なく自分の首筋めがけて振り下ろした。

「待て!」

 切っ先が皮膚に当たる寸前、ケネスの声が鋭く飛ぶ。命令に従ってピタリと手が止まったところで、ケネスは控えていた医療スタッフのひとりに目顔で合図した。

「なるほど、たしかに従順になったようだ。これならば問題なかろう」

 ケネスの無言の支持によって、医療スタッフがヒューマノイドの手からメスを取り上げる。わずかに刃先が当たっていたらしく、白い首筋に鮮血が滲んで伝い落ちた。気づいた医療スタッフが手早く止血して簡単な手当てをする。処置を待って、ケネスはスタッフらを下がらせると、ヒューマノイドを伴って場所を移動した。
 より厳重なセキュリティによって護られた建物の中枢部。ケネスが向かったのは、王室管理局の要とも言うべき中央制御室であった。

 その制御室のいちばん奥。壁面全体に埋めこまれた巨大モニターと複数の操作盤、操作卓とが連なる一角でケネスは足を止め、自分に付き従ってきた美貌のヒューマノイドを振り返った。ともにケネスに従い、同行したのはハロネンと3人の護衛のみ。それ以外の職員は、あらかじめしりぞけられていた。
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