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第12章 洗脳
第1話(2)
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生まれつき重度のアレルギーを持って生まれた5つ下の妹は、仕事で家を空けることが多かった父母にかわって、いつもケネスが面倒を見ていた。貧しさゆえに思うように治療を受けさせてやることができず、年を追うごとに皮膚炎を悪化させていった妹の様子は、見ているほうがつらくなるほどに痛々しかった。
そんなあるとき、タレンヤにほど近い場所で湧水地が発見されたとの噂がひろまった。天然水は王家の専売。発見した場合、ただちに専門の機関に報告を上げ、水質などの調査をおこなったうえで王家の管理下に置かれることが法律で定められていた。報告を怠ることはもちろん、無断で使用することも固く禁じられている。だが、噂とともに、発見された湧水地の水が極めて質の高いものであることを耳にした両親は、アレルギーに苦しむ妹のため、その禁を犯して罪人の烙印を押された。たった数回、爛れた皮膚の消毒と洗浄用にと、ペットボトル数本分の天然水を汲んで持ち帰ったというだけのことで。
科された罰金は莫大な額にのぼり、その支払いと借金返済のため、以前にも増して寝る時間もないほどに働き尽くした父は、ある日、仕事中の事故で帰らぬ人となった。支払われた保険金は、それでも父の生命の代償というにはちっぽけすぎる額だった。
妹は結局、皮膚炎の悪化から来る感染症が原因でそれからまもなく彼岸に渡り、母もまた、長年の苦労と心労が重なった結果、わずか数年の後に儚くなった。タレンヤはその後、良質の天然水の使用権を王家から借り受けたことで街興しに着手し、ほどなく温泉街を建設してローレンシア有数の保養都市へと発展した。
急激な発展により一気に高騰した地価。猫の額ほどでしかなかった農地は、信じられない売却額となり、ケネスはようやく借金地獄から解放された。
たった数リットルの水によって奪われた、取り戻すことのできない家族の生命。
『ジルベルト、あなたは間違っています』
――ユリウス、おまえには決して解るまい。私の心に深く根ざした、昏い闇を纏う憎悪と怒りの意味が。
抱いた野望は王家への怨み。その思いを否定して自分に背を向け、抗うならば、力尽くで屈服させて意のままにしてみせるだけのこと。それでも全霊で拒むほどに相容れないというのであれば、使える道具として調教するのみ。
自分を見つめるクリスタル・ブルーの双眸の中に、嫌悪も敬愛も必要はない。ただ命じるがまま、この身を玉座へと導け――
「ケネス長官、ヒューマノイドの最終調整が終了いたしました」
部屋のドアがノックされ、施術にあたったスタッフのひとりが白衣姿で報告に現れる。口許に笑みを浮かべると、ケネスはゆっくりと立ち上がった。
そんなあるとき、タレンヤにほど近い場所で湧水地が発見されたとの噂がひろまった。天然水は王家の専売。発見した場合、ただちに専門の機関に報告を上げ、水質などの調査をおこなったうえで王家の管理下に置かれることが法律で定められていた。報告を怠ることはもちろん、無断で使用することも固く禁じられている。だが、噂とともに、発見された湧水地の水が極めて質の高いものであることを耳にした両親は、アレルギーに苦しむ妹のため、その禁を犯して罪人の烙印を押された。たった数回、爛れた皮膚の消毒と洗浄用にと、ペットボトル数本分の天然水を汲んで持ち帰ったというだけのことで。
科された罰金は莫大な額にのぼり、その支払いと借金返済のため、以前にも増して寝る時間もないほどに働き尽くした父は、ある日、仕事中の事故で帰らぬ人となった。支払われた保険金は、それでも父の生命の代償というにはちっぽけすぎる額だった。
妹は結局、皮膚炎の悪化から来る感染症が原因でそれからまもなく彼岸に渡り、母もまた、長年の苦労と心労が重なった結果、わずか数年の後に儚くなった。タレンヤはその後、良質の天然水の使用権を王家から借り受けたことで街興しに着手し、ほどなく温泉街を建設してローレンシア有数の保養都市へと発展した。
急激な発展により一気に高騰した地価。猫の額ほどでしかなかった農地は、信じられない売却額となり、ケネスはようやく借金地獄から解放された。
たった数リットルの水によって奪われた、取り戻すことのできない家族の生命。
『ジルベルト、あなたは間違っています』
――ユリウス、おまえには決して解るまい。私の心に深く根ざした、昏い闇を纏う憎悪と怒りの意味が。
抱いた野望は王家への怨み。その思いを否定して自分に背を向け、抗うならば、力尽くで屈服させて意のままにしてみせるだけのこと。それでも全霊で拒むほどに相容れないというのであれば、使える道具として調教するのみ。
自分を見つめるクリスタル・ブルーの双眸の中に、嫌悪も敬愛も必要はない。ただ命じるがまま、この身を玉座へと導け――
「ケネス長官、ヒューマノイドの最終調整が終了いたしました」
部屋のドアがノックされ、施術にあたったスタッフのひとりが白衣姿で報告に現れる。口許に笑みを浮かべると、ケネスはゆっくりと立ち上がった。
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