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第11章 心の在処
第2話(2)
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「じつに危ないところだった。科学開発技術省と組んで王室府がなにごとかを企てているとは思ったが、よもや13年もまえに死んだはずのユリウスが一枚噛んでいようとはな」
ケネスは眼前の美貌を覗きこみながら滔々と語った。
極秘で製造されているヒューマノイドが王家の秘密を握る『鍵』であることはうすうす察してはいた。だが、それが『なに』を意味するのかまで調べ上げることはできなかった。その疑念は、警察庁のメランデルから上がってきた報告書の中にユリウスの名を発見したことで溶解した。一連の企ての枢要にユリウスが絡んでいたとなれば、結論を導き出すことは容易い。あれほど先王に心酔し、立てつづけに発症する歴代国王固有の病の治療法を見つけ出すことにその生涯を捧げた人物である。造られたヒューマノイドは、王家にとってもっとも重要な布石となる。
おなじ王家に仕える立場でありながら、王室府のベルンシュタインはクリストファー国王の病についてひた隠しにし、自分に明かそうとはしなかった。警戒されていることを承知で、あえてそしらぬふりを装ってはいたが、おそらく重篤であろうことは、その秘匿のしかたから充分推察できた。そしてそのタイミングでの、キュプロスへの極秘依頼。
まさかこんなに早く国王が崩御するとはさすがのケネスも思いもしなかったが、こうなってみれば、すべてが得心がいく。
「王位継承者がこの国に存在しなくなったいま、次の玉座に座る者は間違いなくおまえによって決まる。おまえはそのための『鍵』」
さらに強い力で引きずり上げられ、後ろ手に縛られた肩の関節が不自然な方向に捩れて繊細な美貌がわずかに歪んだ。強引に立ち上がらせられたヒューマノイドは、ケネスに腰を抱かれた。
「私はもう少しで取り返しのつかない過ちを犯すところだった。ユリウスのことを知らずにいたなら、データさえ引き出せれば、おまえ自体が破損したところでかまわない。そう短絡的に結論づけてしまうところだった。だが、それでは王位への扉は決して開かない」
逃れようと抗うその躰を、ケネスは力尽くで押さえこんだ。
「あれはそのように単純な者ではない。生きたおまえの『心』ごと、この手に捕らえなければ、玉座は手に入らないよう仕組まれている。そうだろう?」
「知りませんっ。放してくださいっ」
「知らぬだと? 私に心を捧げろ、そう命じているのだ。難しくはないはずだ。悪いようにはしない。おまえが私に玉座を与えるなら、私はおまえを終生そばに召し抱えて、それなりの優遇をしてやる。この国の実権を握る地位をくれてやってもいい。どうだ、悪い話ではあるまい?」
そうだ、名ばかりの王などとはわけが違う。
あのときも言葉を尽くして説いたはずだった。
自分が王位を得たならば、より確実に、いまより豊かな世界を民衆に約束してやれる。能力のある者を私心のために縛りつけ、その才能を空費させるような真似など決してしない。ユリウス、おまえの豊かな才は、より多くの者たちの幸せのために使われるべきなのだ。おまえを正しく取り立てるためにも、私こそが王になるべきではないか。
ケネスは眼前の美貌を覗きこみながら滔々と語った。
極秘で製造されているヒューマノイドが王家の秘密を握る『鍵』であることはうすうす察してはいた。だが、それが『なに』を意味するのかまで調べ上げることはできなかった。その疑念は、警察庁のメランデルから上がってきた報告書の中にユリウスの名を発見したことで溶解した。一連の企ての枢要にユリウスが絡んでいたとなれば、結論を導き出すことは容易い。あれほど先王に心酔し、立てつづけに発症する歴代国王固有の病の治療法を見つけ出すことにその生涯を捧げた人物である。造られたヒューマノイドは、王家にとってもっとも重要な布石となる。
おなじ王家に仕える立場でありながら、王室府のベルンシュタインはクリストファー国王の病についてひた隠しにし、自分に明かそうとはしなかった。警戒されていることを承知で、あえてそしらぬふりを装ってはいたが、おそらく重篤であろうことは、その秘匿のしかたから充分推察できた。そしてそのタイミングでの、キュプロスへの極秘依頼。
まさかこんなに早く国王が崩御するとはさすがのケネスも思いもしなかったが、こうなってみれば、すべてが得心がいく。
「王位継承者がこの国に存在しなくなったいま、次の玉座に座る者は間違いなくおまえによって決まる。おまえはそのための『鍵』」
さらに強い力で引きずり上げられ、後ろ手に縛られた肩の関節が不自然な方向に捩れて繊細な美貌がわずかに歪んだ。強引に立ち上がらせられたヒューマノイドは、ケネスに腰を抱かれた。
「私はもう少しで取り返しのつかない過ちを犯すところだった。ユリウスのことを知らずにいたなら、データさえ引き出せれば、おまえ自体が破損したところでかまわない。そう短絡的に結論づけてしまうところだった。だが、それでは王位への扉は決して開かない」
逃れようと抗うその躰を、ケネスは力尽くで押さえこんだ。
「あれはそのように単純な者ではない。生きたおまえの『心』ごと、この手に捕らえなければ、玉座は手に入らないよう仕組まれている。そうだろう?」
「知りませんっ。放してくださいっ」
「知らぬだと? 私に心を捧げろ、そう命じているのだ。難しくはないはずだ。悪いようにはしない。おまえが私に玉座を与えるなら、私はおまえを終生そばに召し抱えて、それなりの優遇をしてやる。この国の実権を握る地位をくれてやってもいい。どうだ、悪い話ではあるまい?」
そうだ、名ばかりの王などとはわけが違う。
あのときも言葉を尽くして説いたはずだった。
自分が王位を得たならば、より確実に、いまより豊かな世界を民衆に約束してやれる。能力のある者を私心のために縛りつけ、その才能を空費させるような真似など決してしない。ユリウス、おまえの豊かな才は、より多くの者たちの幸せのために使われるべきなのだ。おまえを正しく取り立てるためにも、私こそが王になるべきではないか。
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