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第11章 心の在処
第2話(1)
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到着した先で、座席からの拘束を解かれたリュークは、なおも後ろ手に縛られたまま助手席から乱暴に引きずり出された。
長時間の拘束で躰が痺れ、足もとがふらつく。だが、そんなことなどおかまいなしに、ラーザはリュークの腕を掴んで目の前の建物へと連れこんだ。認証式の扉をいくつも通り抜け、薄暗い廊下を進み、やはり認証が必要なエレベーターを利用して移動する。その先で扉が開くと、明るい空間がひろがった。その空間に向かって、ラーザはリュークの背中を突き飛ばした。
「ほらよ、きっちり無傷で持ってきてやったぜ」
男の無体な仕打ちに、リュークの躰は毛足の長い絨毯の上に倒れこんだ。
「おいおい、乱暴はやめないか。せっかく無傷で運んできて、最後に傷がついたらどうする」
倒れ伏したリュークの頭上で、おそらくは室内で待ち受けていたであろう人物の声がした。はじめて聞く声であるにもかかわらず、強い嫌悪をおぼえる、ねっとりと絡みつくような声だった。
近づいてきた、その人物のものと思われる足先が視界に入る。高価な革靴と、仕立てのいい上質の生地のスーツ。わずかに屈む気配とともにリュークの腕がとられ、強引に引き起こされた。
自分を見下ろしていたのは、酷薄な光を湛えた琥珀の瞳。
「――……っ」
ビクリと身を慄わせ、躰を引こうとした美貌のヒューマノイドの腕を、男はさらに強い力で掴んで自分のほうへ引き寄せた。
「生前そのままの姿だな。それどころか、だいぶ若返ったのではないか? 20代半ばに達するか否か。相変わらず美しいな……ユリウス」
抗おうとする華奢な腕を掴み上げ、さらには顎を掴んで無理やり自分を見上げさせた王室管理局長官ジルベルト・ケネスは、その瞳に嗜虐の色を滲ませながら薄い笑みを口許に刷いた。
「なんだよ。そのお人形さんと知り合いかい? 長官さんよ」
リュークの背後から飛んできた皮肉まじりの嘲弄に、ケネスは涼しい顔で「これとは初対面だがね」と応じた。
「これの遺伝子保有者とは、その昔、浅からぬ因縁があった」
「へえ、片想いでもしてたかい?」
毒の強い冗談を、ケネスはむしろ上機嫌で受け止めた。
「そうだな。たしかに私は彼が欲しくて堪らなかった。その卓越した能力を愛していたよ、心から。この美しい貌以上にね」
背けようとするリュークの顎を、ケネスはさらに強引に自分のほうへ向かせた。
「その言いかたから察するに、想いは実らず、あっさり袖にされたってとこか」
「彼は崇高な男だった。清廉で、実直で、ひたむきで。横合いからその想いに水を差すような真似をした私を心底毛嫌いしていたっけな。私を見る目つきは、まるで薄汚い虫けらでも見ているかのようだった。そう――こんなふうに」
顎を掴む手に力をこめたケネスは、憎悪と瞋恚が綯い交ぜになった眼差しで眼前の美貌を射貫いた。
「私のことは憶えておらずとも、私を嫌悪する思いは消えずに残していたか、ユリウス」
「……私は、ユリウス・グライナー博士ではありません」
「そうだろうな。デウス・エクス・マキナ=プロトタイプHC――おまえはただの人形にすぎない。だが、そんなことはいまさらどうでもいい。昨夜、クリストファー・ガブリエル国王が崩御した。世継ぎが定まらぬまま玉座が空席となったと言えば、私がおまえに期待することがなにかは、皆まで言わずともわかるだろう?」
ケネスの言葉に、クリスタル・ブルーの双眸が見開かれた。
長時間の拘束で躰が痺れ、足もとがふらつく。だが、そんなことなどおかまいなしに、ラーザはリュークの腕を掴んで目の前の建物へと連れこんだ。認証式の扉をいくつも通り抜け、薄暗い廊下を進み、やはり認証が必要なエレベーターを利用して移動する。その先で扉が開くと、明るい空間がひろがった。その空間に向かって、ラーザはリュークの背中を突き飛ばした。
「ほらよ、きっちり無傷で持ってきてやったぜ」
男の無体な仕打ちに、リュークの躰は毛足の長い絨毯の上に倒れこんだ。
「おいおい、乱暴はやめないか。せっかく無傷で運んできて、最後に傷がついたらどうする」
倒れ伏したリュークの頭上で、おそらくは室内で待ち受けていたであろう人物の声がした。はじめて聞く声であるにもかかわらず、強い嫌悪をおぼえる、ねっとりと絡みつくような声だった。
近づいてきた、その人物のものと思われる足先が視界に入る。高価な革靴と、仕立てのいい上質の生地のスーツ。わずかに屈む気配とともにリュークの腕がとられ、強引に引き起こされた。
自分を見下ろしていたのは、酷薄な光を湛えた琥珀の瞳。
「――……っ」
ビクリと身を慄わせ、躰を引こうとした美貌のヒューマノイドの腕を、男はさらに強い力で掴んで自分のほうへ引き寄せた。
「生前そのままの姿だな。それどころか、だいぶ若返ったのではないか? 20代半ばに達するか否か。相変わらず美しいな……ユリウス」
抗おうとする華奢な腕を掴み上げ、さらには顎を掴んで無理やり自分を見上げさせた王室管理局長官ジルベルト・ケネスは、その瞳に嗜虐の色を滲ませながら薄い笑みを口許に刷いた。
「なんだよ。そのお人形さんと知り合いかい? 長官さんよ」
リュークの背後から飛んできた皮肉まじりの嘲弄に、ケネスは涼しい顔で「これとは初対面だがね」と応じた。
「これの遺伝子保有者とは、その昔、浅からぬ因縁があった」
「へえ、片想いでもしてたかい?」
毒の強い冗談を、ケネスはむしろ上機嫌で受け止めた。
「そうだな。たしかに私は彼が欲しくて堪らなかった。その卓越した能力を愛していたよ、心から。この美しい貌以上にね」
背けようとするリュークの顎を、ケネスはさらに強引に自分のほうへ向かせた。
「その言いかたから察するに、想いは実らず、あっさり袖にされたってとこか」
「彼は崇高な男だった。清廉で、実直で、ひたむきで。横合いからその想いに水を差すような真似をした私を心底毛嫌いしていたっけな。私を見る目つきは、まるで薄汚い虫けらでも見ているかのようだった。そう――こんなふうに」
顎を掴む手に力をこめたケネスは、憎悪と瞋恚が綯い交ぜになった眼差しで眼前の美貌を射貫いた。
「私のことは憶えておらずとも、私を嫌悪する思いは消えずに残していたか、ユリウス」
「……私は、ユリウス・グライナー博士ではありません」
「そうだろうな。デウス・エクス・マキナ=プロトタイプHC――おまえはただの人形にすぎない。だが、そんなことはいまさらどうでもいい。昨夜、クリストファー・ガブリエル国王が崩御した。世継ぎが定まらぬまま玉座が空席となったと言えば、私がおまえに期待することがなにかは、皆まで言わずともわかるだろう?」
ケネスの言葉に、クリスタル・ブルーの双眸が見開かれた。
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