セイクリッド・レガリア~熱砂の王国~

西崎 仁

文字の大きさ
上 下
115 / 161
第11章 心の在処

第2話(1)

しおりを挟む
 到着した先で、座席からの拘束を解かれたリュークは、なおも後ろ手に縛られたまま助手席から乱暴に引きずり出された。
 長時間の拘束で躰が痺れ、足もとがふらつく。だが、そんなことなどおかまいなしに、ラーザはリュークの腕を掴んで目の前の建物へと連れこんだ。認証式の扉をいくつも通り抜け、薄暗い廊下を進み、やはり認証が必要なエレベーターを利用して移動する。その先で扉が開くと、明るい空間がひろがった。その空間に向かって、ラーザはリュークの背中を突き飛ばした。

「ほらよ、きっちり無傷で持ってきてやったぜ」

 男の無体な仕打ちに、リュークの躰は毛足の長い絨毯の上に倒れこんだ。

「おいおい、乱暴はやめないか。せっかく無傷で運んできて、最後に傷がついたらどうする」

 倒れ伏したリュークの頭上で、おそらくは室内で待ち受けていたであろう人物の声がした。はじめて聞く声であるにもかかわらず、強い嫌悪をおぼえる、ねっとりと絡みつくような声だった。
 近づいてきた、その人物のものと思われる足先が視界に入る。高価な革靴と、仕立てのいい上質の生地のスーツ。わずかに屈む気配とともにリュークの腕がとられ、強引に引き起こされた。
 自分を見下ろしていたのは、酷薄な光を湛えた琥珀の瞳。

「――……っ」

 ビクリと身を慄わせ、躰を引こうとした美貌のヒューマノイドの腕を、男はさらに強い力で掴んで自分のほうへ引き寄せた。

「生前そのままの姿だな。それどころか、だいぶ若返ったのではないか? 20代半ばに達するか否か。相変わらず美しいな……ユリウス」

 抗おうとする華奢な腕を掴み上げ、さらには顎を掴んで無理やり自分を見上げさせた王室管理局長官ジルベルト・ケネスは、その瞳に嗜虐の色を滲ませながら薄い笑みを口許に刷いた。

「なんだよ。そのお人形さんと知り合いかい? 長官さんよ」

 リュークの背後から飛んできた皮肉まじりの嘲弄に、ケネスは涼しい顔で「とは初対面だがね」と応じた。

遺伝子保有者オリジナルとは、その昔、浅からぬ因縁があった」
「へえ、片想いでもしてたかい?」

 毒の強い冗談を、ケネスはむしろ上機嫌で受け止めた。

「そうだな。たしかに私は彼が欲しくて堪らなかった。その卓越した能力を愛していたよ、心から。この美しいかお以上にね」

 背けようとするリュークの顎を、ケネスはさらに強引に自分のほうへ向かせた。

「その言いかたから察するに、想いは実らず、あっさり袖にされたってとこか」
「彼は崇高な男だった。清廉せいれんで、実直で、ひたむきで。横合いからその想いに水を差すような真似をした私を心底毛嫌いしていたっけな。私を見る目つきは、まるで薄汚い虫けらでも見ているかのようだった。そう――こんなふうに」

 顎を掴む手に力をこめたケネスは、憎悪と瞋恚しんいい交ぜになった眼差しで眼前の美貌を射貫いた。

「私のことは憶えておらずとも、私を嫌悪する思いは消えずに残していたか、ユリウス」
「……私は、ユリウス・グライナー博士ではありません」
「そうだろうな。デウス・エクス・マキナ=プロトタイプHC――おまえはただの人形にすぎない。だが、そんなことはいまさらどうでもいい。昨夜、クリストファー・ガブリエル国王が崩御した。世継ぎが定まらぬまま玉座が空席となったと言えば、私がおまえに期待することがなにかは、皆まで言わずともわかるだろう?」

 ケネスの言葉に、クリスタル・ブルーの双眸が見開かれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...