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第10章 秘密
第3話(3)
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「裏社会で後ろ暗いことしかしてこなかった人間に、いったいなにを期待してやがるっ」
「だからこその『鍵』の運搬だったのではないでしょうか」
「なに?」
眉を顰めたシリルに、イヴェールはやはり、平淡な声で気怠げに自身の見解を述べた。
「王国の未来を、あなたの手で育んだ『心』が握っている。『鍵』とは、そういう意味ではないかと」
先入観というものをまったく持たない真っ白な状態のものに、その選定が委ねられていた。つまりは、そういうことであったのだろうと。ならばリュークは、自覚の有無にかかわらず『答え』を出したことになるまいか――
「……ノエラが危険を承知でユリウスと接触しつづけた理由は、くだんの『病』と関係があるとみて間違いないな?」
「両者ともに故人となっているいまとなっては推測の域を出ませんが、おそらくは」
ノエラはおそらく、定期的にシリルの成長記録とともに毛髪などをユリウスに手渡していたに違いない。ユリウスはそれにより、シリルの健康状態を精査していた。
ではいずれ、自分も発症することになるのだろうか。
だが、そうはならない気がした。
リュークの夢の中で、己の不甲斐なさを嘆きつづけたユリウスの悲哀と絶望は、『国王の病を治せない』ことのみに終始していた。時間がない。早くしなければ。焦燥を掻き立てられ、追われるように没頭した研究の日々は、先王が病を発症するだろう刻限との戦いを示していた。イヴェールからもたらされた情報を見るかぎり、先王イアンが、子孫に引き継がれていくだろう血の呪いを後回しにして、己の治療や延命を優先させるはずもなかった。つまりその時点で、『その件』については解決していたことになる。だからこその秘匿事項。
『神』の遺伝子を受け継ぐ者は、一代に1名のみ。
天然水に関する管理を掌るシステムへのアクセス権は、当時、第7代君主であったイアン・アルフレッドが有していた。同時に、次に引き継がれる者としてクリストファー・ガブリエルもまた王太子の地位に就いていた。幾世代にもわたって厳正に守られてきた掟を破ることは許されない。王太子以外におなじ条件を持つ者がいることがあきらかになれば、必ずやおなじ権利を有する者の存在を利用し、より高位にのし上がって富と権勢を得ようとする者が出てくる。
王位継承をめぐる争いの奥にひそむのは、天然水の利権。
『神』の遺伝子を受け継ぐ者は、おなじ時代にふたりいてはならない。同時に、その存在が徹底的に秘された理由はもうひとつあるとシリルは見ている。おそらく先王イアンは、脈々と受け継がれる血の呪い同様に、王位継承者のみが有するシステムへのアクセス権に関する問題にもメスを入れるべく、手段を講じたに違いなかった。
王家の血の呪いから逃れたであろうシリルの存在は、そのための重要な布石、あるいは切り札となる。
現国王が崩御したいま、すべては仕組まれていたことなのだということがあらためてよくわかる。『鍵』を託されたことも、『鍵』とともにシリルが王都へ向かうよう仕向けられたことも。
――俺にどうしろってんだよ……っ。
シリルは内心で吐き捨てた。
他人の用意したレールの上におとなしく乗る気などさらさらない。だが、おなじように勝手に役割を押しつけられ、利用されようとしているリュークだけは救い出さなければならなかった。
望みどおり王都へは乗りこんでやる。けれど、その先の期待に応えるつもりは微塵もなかった。
「イヴェール、ハンに伝えろ。攫われた『鍵』を奪い返すために、望みどおり王都には行ってやる。だが、依頼を引き受けたシリル・ヴァーノン一個人の役割以上のことは期待するな、とな」
「承知しました。あなたの所有機は、こちらで回収の手配をしておきます」
イヴェールの返答を聞いて、シリルは通信を切った。
「だからこその『鍵』の運搬だったのではないでしょうか」
「なに?」
眉を顰めたシリルに、イヴェールはやはり、平淡な声で気怠げに自身の見解を述べた。
「王国の未来を、あなたの手で育んだ『心』が握っている。『鍵』とは、そういう意味ではないかと」
先入観というものをまったく持たない真っ白な状態のものに、その選定が委ねられていた。つまりは、そういうことであったのだろうと。ならばリュークは、自覚の有無にかかわらず『答え』を出したことになるまいか――
「……ノエラが危険を承知でユリウスと接触しつづけた理由は、くだんの『病』と関係があるとみて間違いないな?」
「両者ともに故人となっているいまとなっては推測の域を出ませんが、おそらくは」
ノエラはおそらく、定期的にシリルの成長記録とともに毛髪などをユリウスに手渡していたに違いない。ユリウスはそれにより、シリルの健康状態を精査していた。
ではいずれ、自分も発症することになるのだろうか。
だが、そうはならない気がした。
リュークの夢の中で、己の不甲斐なさを嘆きつづけたユリウスの悲哀と絶望は、『国王の病を治せない』ことのみに終始していた。時間がない。早くしなければ。焦燥を掻き立てられ、追われるように没頭した研究の日々は、先王が病を発症するだろう刻限との戦いを示していた。イヴェールからもたらされた情報を見るかぎり、先王イアンが、子孫に引き継がれていくだろう血の呪いを後回しにして、己の治療や延命を優先させるはずもなかった。つまりその時点で、『その件』については解決していたことになる。だからこその秘匿事項。
『神』の遺伝子を受け継ぐ者は、一代に1名のみ。
天然水に関する管理を掌るシステムへのアクセス権は、当時、第7代君主であったイアン・アルフレッドが有していた。同時に、次に引き継がれる者としてクリストファー・ガブリエルもまた王太子の地位に就いていた。幾世代にもわたって厳正に守られてきた掟を破ることは許されない。王太子以外におなじ条件を持つ者がいることがあきらかになれば、必ずやおなじ権利を有する者の存在を利用し、より高位にのし上がって富と権勢を得ようとする者が出てくる。
王位継承をめぐる争いの奥にひそむのは、天然水の利権。
『神』の遺伝子を受け継ぐ者は、おなじ時代にふたりいてはならない。同時に、その存在が徹底的に秘された理由はもうひとつあるとシリルは見ている。おそらく先王イアンは、脈々と受け継がれる血の呪い同様に、王位継承者のみが有するシステムへのアクセス権に関する問題にもメスを入れるべく、手段を講じたに違いなかった。
王家の血の呪いから逃れたであろうシリルの存在は、そのための重要な布石、あるいは切り札となる。
現国王が崩御したいま、すべては仕組まれていたことなのだということがあらためてよくわかる。『鍵』を託されたことも、『鍵』とともにシリルが王都へ向かうよう仕向けられたことも。
――俺にどうしろってんだよ……っ。
シリルは内心で吐き捨てた。
他人の用意したレールの上におとなしく乗る気などさらさらない。だが、おなじように勝手に役割を押しつけられ、利用されようとしているリュークだけは救い出さなければならなかった。
望みどおり王都へは乗りこんでやる。けれど、その先の期待に応えるつもりは微塵もなかった。
「イヴェール、ハンに伝えろ。攫われた『鍵』を奪い返すために、望みどおり王都には行ってやる。だが、依頼を引き受けたシリル・ヴァーノン一個人の役割以上のことは期待するな、とな」
「承知しました。あなたの所有機は、こちらで回収の手配をしておきます」
イヴェールの返答を聞いて、シリルは通信を切った。
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