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第10章 秘密
第3話(2)
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「……勘弁しろよ。裏社会で1匹で生きてきた俺に、いまさらそういう余計な筋書きなんざ邪魔なんだよ。っていうか、そもそも先王の落とし胤ってのはあくまで噂だろ?」
「受け容れるかどうかは、あなた次第ですね。ただし、否定したがっている時点で、結論は出ているように思いますが」
シリルは苛立たしげに歯噛みした。
自分が生まれたその年に、先王の密命を受けた近衛兵。リマという街に馴染まぬ空気を纏いつづけたノエラは、『神の病』の研究に生涯を捧げたユリウス・グライナーと長年にわたり連絡を取り合い、最後はおそらく、王室管理局の者の手にかかって生命を落とした。
リュークの搬送に、なぜ科学開発技術省は最初から自分を名指しで依頼してきたのか。たかが一介の運び屋風情相手に、そのトップを務めるハンの態度は不自然すぎるほどバカ丁寧で遜っていた。ならばいったい、どれだけの人間が『だれか』の思い描いた絵の上で踊らされていたことになるのだろうか。
思ったところで、シリルは寡黙な情報屋を見据えた。
「王室管理局は、このことに気づいてるのか?」
「研究所襲撃当初はともかく、科学開発技術省があなたに依頼したことで、そこから調べがついた可能性は充分あるかと。研究所の爆破事件に関する検証を担当した警察庁刑事部にも、飼い犬がまぎれこんでいるようですので」
リュークに関連する情報の中から浮上した名前で、表向きバラバラだったすべての事情は一瞬にして繋がった。その経緯を鑑みれば、先方がユリウス・グライナーの存在に気づきさえすれば、そこから逆をたどって結論を導き出すことも難しくはあるまい。ユリウスとの長年の接触から足がつき、その存在を知られたノエラは消された。それでも王の密命を単独で受けるだけのことはあって、シリルの存在は最後まで隠しとおされた。だが、ノエラ個人からシリルの存在を割り出すことは難しくとも、リュークの搬送を依頼された人間について調べていけば、双方は確実に途中でリンクする。ノエラを模したあのアンドロイドは、そういう意味だろう。
こうなってあらためて思うのは、軽い気持ちでシリルが小遣い稼ぎをしようとブレスを持ちこんだ先の闇商人は、おそらく早々にノエラに始末されているに違いないということだった。子供が簡単に持ちこめるようなものでないことは、玄人目にあきらかである。そこからわずかでも、噂が立つようなことがあってはならない。自分がノエラの立場であっても、おなじことを考える。同時に、売買の現場に乗りこんできたときのノエラの剣幕も、これですべて合点がいった。それほど、守り抜かねばならない機密事項だった。
「ミスター・ヴァーノン、ひとつお知らせが」
イヴェールが黄色の丸眼鏡越しに、あらたまった口調で告げた。
「まだ発表はされていませんが、昨夜23時57分に、クリストファー・ガブリエル国王が崩御されました」
あまりに思いがけない報告に、シリルの両眼が見開かれた。隣の助手席で、マティアスもまた息を呑んでいる。
「ご存じかと思いますが、クリストファー国王とアドリエンヌ王妃のあいだに、世継ぎは生まれておりません」
「待て!」
シリルは鋭く制した。
「だからなんだ。俺には関係ねえ」
「あなたがそう思われたとしても、周りは否応なしに動き出します。少なくとも『鍵』は、その渦中に放りこまれることだけは避けられないでしょう」
もっともな未来予想に、シリルは口唇をギリッと噛みしめた。
「受け容れるかどうかは、あなた次第ですね。ただし、否定したがっている時点で、結論は出ているように思いますが」
シリルは苛立たしげに歯噛みした。
自分が生まれたその年に、先王の密命を受けた近衛兵。リマという街に馴染まぬ空気を纏いつづけたノエラは、『神の病』の研究に生涯を捧げたユリウス・グライナーと長年にわたり連絡を取り合い、最後はおそらく、王室管理局の者の手にかかって生命を落とした。
リュークの搬送に、なぜ科学開発技術省は最初から自分を名指しで依頼してきたのか。たかが一介の運び屋風情相手に、そのトップを務めるハンの態度は不自然すぎるほどバカ丁寧で遜っていた。ならばいったい、どれだけの人間が『だれか』の思い描いた絵の上で踊らされていたことになるのだろうか。
思ったところで、シリルは寡黙な情報屋を見据えた。
「王室管理局は、このことに気づいてるのか?」
「研究所襲撃当初はともかく、科学開発技術省があなたに依頼したことで、そこから調べがついた可能性は充分あるかと。研究所の爆破事件に関する検証を担当した警察庁刑事部にも、飼い犬がまぎれこんでいるようですので」
リュークに関連する情報の中から浮上した名前で、表向きバラバラだったすべての事情は一瞬にして繋がった。その経緯を鑑みれば、先方がユリウス・グライナーの存在に気づきさえすれば、そこから逆をたどって結論を導き出すことも難しくはあるまい。ユリウスとの長年の接触から足がつき、その存在を知られたノエラは消された。それでも王の密命を単独で受けるだけのことはあって、シリルの存在は最後まで隠しとおされた。だが、ノエラ個人からシリルの存在を割り出すことは難しくとも、リュークの搬送を依頼された人間について調べていけば、双方は確実に途中でリンクする。ノエラを模したあのアンドロイドは、そういう意味だろう。
こうなってあらためて思うのは、軽い気持ちでシリルが小遣い稼ぎをしようとブレスを持ちこんだ先の闇商人は、おそらく早々にノエラに始末されているに違いないということだった。子供が簡単に持ちこめるようなものでないことは、玄人目にあきらかである。そこからわずかでも、噂が立つようなことがあってはならない。自分がノエラの立場であっても、おなじことを考える。同時に、売買の現場に乗りこんできたときのノエラの剣幕も、これですべて合点がいった。それほど、守り抜かねばならない機密事項だった。
「ミスター・ヴァーノン、ひとつお知らせが」
イヴェールが黄色の丸眼鏡越しに、あらたまった口調で告げた。
「まだ発表はされていませんが、昨夜23時57分に、クリストファー・ガブリエル国王が崩御されました」
あまりに思いがけない報告に、シリルの両眼が見開かれた。隣の助手席で、マティアスもまた息を呑んでいる。
「ご存じかと思いますが、クリストファー国王とアドリエンヌ王妃のあいだに、世継ぎは生まれておりません」
「待て!」
シリルは鋭く制した。
「だからなんだ。俺には関係ねえ」
「あなたがそう思われたとしても、周りは否応なしに動き出します。少なくとも『鍵』は、その渦中に放りこまれることだけは避けられないでしょう」
もっともな未来予想に、シリルは口唇をギリッと噛みしめた。
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