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第10章 秘密
第2話(2)
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『わかっている。決してそなたを軽んじているわけでも信じていないわけでもない。だが、これ以上余のために、そなたが苦しむ姿は見たくない。そなたはもう、充分尽くしてくれた』
ユリウスの手を握る手に力をこめ、イアンは穏やかに笑んだ。
『むろん、この先も病に倒れることなく、この国の王として天命をまっとうできたなら嬉しい。しかし、だからといって、そなたを犠牲にしてまで生き延びたいとは思わぬ』
『陛下……』
『そなたの才を見込んで、無理難題を強いたことは重々承知している。そなたはすでに、その期待に充分すぎるほど応えてくれた。これから生まれる子に、悪しき血脈の呪いが受け継がれることのないよう禍根を断ち切ってくれただけで、その功労は報いる術を思いつかぬほどはかりしれない。感謝している、心から。だからこそ、あえて言わせてもらうぞ』
国王は、親愛の中に一抹のやるせなさを滲ませてユリウスを見下ろした。
『受精卵の段階で禍根を取り除くことはできても、人としてすでに生を受けてしまったこの身から、病の根を絶つことは容易ではなかろう』
衝撃を映して大きく見開かれたブルー・アイを、国王はわかっているというように覗きこんだ。
『初代ベンジャミン神王の細胞が、すでに血肉となってこの身を生成している。いわば、体内に抱えた病は聖痕のようなもの。全身を形作る細胞のひとつひとつから、病根のみをどうにかできるなどとは思わぬ』
『で、ですが陛下――』
『そなたが諦めずにいてくれることはわかっている。余以上に深く現状を知り尽くしていながら、それでもそなたは懸命に足掻こうとしてくれている。そのことが、とても嬉しい。そして同時に、申し訳ないとも思っている』
ユリウスを見つめていた明るいエメラルドの瞳に翳が落ちた。
『ユリウス、百年以上にもわたって不可能だった難事を、そなただからこそ成し得たのだ。受精卵であろうとなんであろうと、これから生まれる子を、我々歴代君主が逃れることのできなかったしがらみから解き放ってやれることを喜ばしく思う。それで充分だ。それ以上を、余は望まぬ』
そなたまで、しがらみに囚われてくれるな。国王の口調に、苦いものが混じった。
『病に倒れてからの苦しみを、父王のときも、先々代国王のときも見てきている。おなじ苦しみを、余自身が味わうこと自体はなんとも思わぬ。だが、王太子もまた味わうことになるのかと思うと、それだけが忍びない』
矛盾している。己の言葉に苦い笑みを漏らしながら国王は言葉をつづけた。
『我が子は愛おしい。救えるものならば救ってやりたい。王太子のぶんまで、余が引き受けられるものであるならば、すべて引き受けてやりたい。ひとりの親として、そう思うことはたしかだ。だが、そこにそなたを巻きこむわけにはいかぬ』
『陛下、そのようなことは――』
ユリウスの手を握りなおし、国王はかぶりを振った。
『治療に関する研究は、今後もぜひつづけてほしい。それでもし、なんらかの効果が期待できる治療方針が見つかるようであれば、どんなつらい治療でもかまわぬ。喜んでそなたに任せたい。病の発症を抑えること自体は難しくとも、少しでもその刻限を遅らせ、王太子に引き継ぐバトンを先延ばしにしてやれるなら、いくらでも踏み台になろう』
『陛下……』
『だが、そのためにそなたが自分の人生そのものを犠牲にするようなことがあってはならぬ。それでは、そなたを大切に今日まで育んできた父君、母君に申し訳が立たぬ』
国王は、握ったユリウスの手に、もう一方の手を重ねて包みこんだ。
ユリウスの手を握る手に力をこめ、イアンは穏やかに笑んだ。
『むろん、この先も病に倒れることなく、この国の王として天命をまっとうできたなら嬉しい。しかし、だからといって、そなたを犠牲にしてまで生き延びたいとは思わぬ』
『陛下……』
『そなたの才を見込んで、無理難題を強いたことは重々承知している。そなたはすでに、その期待に充分すぎるほど応えてくれた。これから生まれる子に、悪しき血脈の呪いが受け継がれることのないよう禍根を断ち切ってくれただけで、その功労は報いる術を思いつかぬほどはかりしれない。感謝している、心から。だからこそ、あえて言わせてもらうぞ』
国王は、親愛の中に一抹のやるせなさを滲ませてユリウスを見下ろした。
『受精卵の段階で禍根を取り除くことはできても、人としてすでに生を受けてしまったこの身から、病の根を絶つことは容易ではなかろう』
衝撃を映して大きく見開かれたブルー・アイを、国王はわかっているというように覗きこんだ。
『初代ベンジャミン神王の細胞が、すでに血肉となってこの身を生成している。いわば、体内に抱えた病は聖痕のようなもの。全身を形作る細胞のひとつひとつから、病根のみをどうにかできるなどとは思わぬ』
『で、ですが陛下――』
『そなたが諦めずにいてくれることはわかっている。余以上に深く現状を知り尽くしていながら、それでもそなたは懸命に足掻こうとしてくれている。そのことが、とても嬉しい。そして同時に、申し訳ないとも思っている』
ユリウスを見つめていた明るいエメラルドの瞳に翳が落ちた。
『ユリウス、百年以上にもわたって不可能だった難事を、そなただからこそ成し得たのだ。受精卵であろうとなんであろうと、これから生まれる子を、我々歴代君主が逃れることのできなかったしがらみから解き放ってやれることを喜ばしく思う。それで充分だ。それ以上を、余は望まぬ』
そなたまで、しがらみに囚われてくれるな。国王の口調に、苦いものが混じった。
『病に倒れてからの苦しみを、父王のときも、先々代国王のときも見てきている。おなじ苦しみを、余自身が味わうこと自体はなんとも思わぬ。だが、王太子もまた味わうことになるのかと思うと、それだけが忍びない』
矛盾している。己の言葉に苦い笑みを漏らしながら国王は言葉をつづけた。
『我が子は愛おしい。救えるものならば救ってやりたい。王太子のぶんまで、余が引き受けられるものであるならば、すべて引き受けてやりたい。ひとりの親として、そう思うことはたしかだ。だが、そこにそなたを巻きこむわけにはいかぬ』
『陛下、そのようなことは――』
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『陛下……』
『だが、そのためにそなたが自分の人生そのものを犠牲にするようなことがあってはならぬ。それでは、そなたを大切に今日まで育んできた父君、母君に申し訳が立たぬ』
国王は、握ったユリウスの手に、もう一方の手を重ねて包みこんだ。
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