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第10章 秘密
第2話(1)
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『そうか、ついに成功したか』
かけられた言葉はいかにも嬉しげで、安堵の色が滲んでいた。
ああ、またいつもの夢だ。
リュークは思った。
遺伝子保有者であるユリウスの目を通じて、先代国王イアン・アルフレッドが親しげな笑みを向けてくる。ユリウスの目に映る先王は、若く、覇気があった。30代前半といったところか。ならば、病を発症する以前のやりとりであろう。
『ですが陛下、お喜びいただくのはまだ早いかと』
反して、応えるユリウスの声は、どこまでも沈んでいた。
『なぜだ?』
『お預かりした受精卵から、病の原因と思われる禍根を取り除くことには成功したと思います。しかし、これで実際に、病の発症を抑えられるかどうかまでは、現段階で断定することはできません』
『そんなことはない』
ユリウスの固い声に対して、先王は悠然と、穏やかに否定を口にした。
『禍根を取り除くことに成功した。そなたがそう申すからには、発症の可能性は極めて低い。それどころか、現時点で発症の可能性はないと断定したとしても、なんら問題にすらならぬはず』
『陛下……』
『それでも表情が晴れぬわけは、余と王太子のことが気にかかっているせいか?』
問われたことに応えることができず、ユリウスは目線を落とした。
『ユリウス、そなたには気苦労をかけるな』
しみじみとした国王の述懐に、ユリウスはハッとした。
『陛下、もったいないことでございます。気苦労など、とんでもない』
『すまないことをしている。その自覚はあるのだ』
『陛下っ』
『王家の問題に巻きこみ、縛りつけるには、そなたの才能はあまりに惜しい。本来であれば、その天与の才は、より多くの人々のために使われ、ひろい分野で余すところなく活用されるべきなのだ』
『そのような、もったいないお言葉……』
『余の言葉など、もったいなくはない。少しもな。心苦しいのは、むしろ余のほうだ。そなたの優しさと忠義溢れる心につけこみ、このような茨の道を強いるような真似をした』
『とんでもない。とんでもないことでございます! どうかそのように仰せになりませぬよう。わたくしは、陛下のお言葉がなくとも、みずから進んでこの道を選び取ったことでございましょう』
ユリウスは、その身を擲つようにして国王の足もとに跪いた。そのユリウスの手を取り、国王は身を起こさせた。
『ユリウス、そなたには感謝している』
『陛下……』
『心からありがたく、大事に思っている』
自分を見上げるクリスタル・ブルーの美しい双眸を、国王は慈愛深き眼差しで見つめ返した。
『いまはまだ、余もなんら普通の成人男子と変わらぬ健康体だ。だがそれも、いつ終わりが来るともわからぬ、薄氷を踏むような危険の上に成り立つ平穏だ』
『その危険を取り除くことができてこそ、わたくしの研究ははじめて成功したと申し上げることができるのです』
強い意志をこめて宣言したユリウスに、先王イアン・アルフレッドはかぶりを振った。
『ユリウス、そのような枷を己に課してはならぬ』
どういうことかと目顔で尋ねたユリウスに、イアンはきっぱりと告げた。
『仮にこの先、病を発症するようなことがあったとしても、余はそれを、甘んじて受け容れようと思う』
『陛下っ!』
即座に異を唱えようとしたユリウスの言を、イアンは押しとどめた。
かけられた言葉はいかにも嬉しげで、安堵の色が滲んでいた。
ああ、またいつもの夢だ。
リュークは思った。
遺伝子保有者であるユリウスの目を通じて、先代国王イアン・アルフレッドが親しげな笑みを向けてくる。ユリウスの目に映る先王は、若く、覇気があった。30代前半といったところか。ならば、病を発症する以前のやりとりであろう。
『ですが陛下、お喜びいただくのはまだ早いかと』
反して、応えるユリウスの声は、どこまでも沈んでいた。
『なぜだ?』
『お預かりした受精卵から、病の原因と思われる禍根を取り除くことには成功したと思います。しかし、これで実際に、病の発症を抑えられるかどうかまでは、現段階で断定することはできません』
『そんなことはない』
ユリウスの固い声に対して、先王は悠然と、穏やかに否定を口にした。
『禍根を取り除くことに成功した。そなたがそう申すからには、発症の可能性は極めて低い。それどころか、現時点で発症の可能性はないと断定したとしても、なんら問題にすらならぬはず』
『陛下……』
『それでも表情が晴れぬわけは、余と王太子のことが気にかかっているせいか?』
問われたことに応えることができず、ユリウスは目線を落とした。
『ユリウス、そなたには気苦労をかけるな』
しみじみとした国王の述懐に、ユリウスはハッとした。
『陛下、もったいないことでございます。気苦労など、とんでもない』
『すまないことをしている。その自覚はあるのだ』
『陛下っ』
『王家の問題に巻きこみ、縛りつけるには、そなたの才能はあまりに惜しい。本来であれば、その天与の才は、より多くの人々のために使われ、ひろい分野で余すところなく活用されるべきなのだ』
『そのような、もったいないお言葉……』
『余の言葉など、もったいなくはない。少しもな。心苦しいのは、むしろ余のほうだ。そなたの優しさと忠義溢れる心につけこみ、このような茨の道を強いるような真似をした』
『とんでもない。とんでもないことでございます! どうかそのように仰せになりませぬよう。わたくしは、陛下のお言葉がなくとも、みずから進んでこの道を選び取ったことでございましょう』
ユリウスは、その身を擲つようにして国王の足もとに跪いた。そのユリウスの手を取り、国王は身を起こさせた。
『ユリウス、そなたには感謝している』
『陛下……』
『心からありがたく、大事に思っている』
自分を見上げるクリスタル・ブルーの美しい双眸を、国王は慈愛深き眼差しで見つめ返した。
『いまはまだ、余もなんら普通の成人男子と変わらぬ健康体だ。だがそれも、いつ終わりが来るともわからぬ、薄氷を踏むような危険の上に成り立つ平穏だ』
『その危険を取り除くことができてこそ、わたくしの研究ははじめて成功したと申し上げることができるのです』
強い意志をこめて宣言したユリウスに、先王イアン・アルフレッドはかぶりを振った。
『ユリウス、そのような枷を己に課してはならぬ』
どういうことかと目顔で尋ねたユリウスに、イアンはきっぱりと告げた。
『仮にこの先、病を発症するようなことがあったとしても、余はそれを、甘んじて受け容れようと思う』
『陛下っ!』
即座に異を唱えようとしたユリウスの言を、イアンは押しとどめた。
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