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第10章 秘密
第1話
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国王崩御の報せは、ほどなく王室管理局長官であるケネスの許にももたらされた。
「国王が身罷っただと?」
想定外に早かったその訃報に、思わず驚きの表情を浮かべたケネスだったが、すぐさまそれは、不遜な笑みへと取って代わった。
「……そうか。死んだか」
自邸の書斎にて報告を受けたケネスは、低く独語した後、その眼差しに不穏な気配を漂わせた。
「奪った『鍵』は、こちらへ運搬中ということであったな?」
ケネスの問いかけに、報告者である秘書官のハロネンは画面越しに背中をまるめ、目線を落としたまま恭しく応じた。
「さようでございます。数時間後には到着するかと」
秘書官の答えに満足したケネスは、ククッと喉を鳴らした。
「じつにいいタイミングだった。やはり、あの男を単独で差し向けたのは正解だったか」
「ですが閣下、同行させたアンドロイドのほうは、例の運び屋によってスクラップにされ、その場に捨て置かれたとのことでございますが」
「かまわん。『鍵』の強奪に役立ったなら、あの程度のアンドロイドたかが1体ごとき、安いものだ」
酷薄な光をその目に宿して、ケネスは放言した。
「ただし、足がついてはあとあと厄介だ。見つかるまえに回収しておけ」
「承知しております。すでに手配済みでございます」
「民間軍事会社のほうはどうした?」
「運び屋の追及を阻止する手筈となっておりましたが、早々に駆逐された模様です」
「どこまでも使えん」
ケネスはいまいましげに舌打ちした。
「まあ、いい。『鍵』さえ我が手中に落ちれば、あとは容易い。ぬかりなく手筈を整えておけ」
「かしこまりました」
日付が変わる時刻になってなお、いまだ仕事場に詰めているらしい秘書官は、昼間とおなじスーツ姿のまま一礼すると通話画面上から姿を消した。
間接照明のみを灯した室内に、静寂が戻る。
国王が死んだ。
内心で独語したケネスは、琥珀の瞳に残忍な光を宿した。
国王夫妻のあいだには、男児どころか女児すら生まれていない。後継者不在のまま現国王が身罷ったとなれば、今後、ひと波乱あることは目に見えていた。だが、その玉座を得る資格ともいうべき『鍵』は、すでに己の掌中にあるも同然。王室の財政はもともと自分の管理下にある。王家の専売とされている天然水に関する利権の管理も行っているともなれば、その自分が玉座を得れば、世界そのものを手に入れたと言っても過言ではないだろう。
これまでのお飾りの君主とはわけが違う。自分こそが真に世界の覇者となるのだ。
想像するだけで身の裡から愉悦が湧き上がってくる。しかも奪い取った『鍵』は、あのユリウスが、その生命を削って造り上げた唯一絶対のもの。さんざん煮え湯を飲まされた憎き相手。ユリウスのクローンともいうべきあのヒューマノイドを屈服させることができたなら、どれほど溜飲が下がるかしれない。
ユリウスが関与していたことを知り得たことは、じつに幸運だった。でなければ、あっさりヒューマノイドを始末していたことだろう。そうなった場合、まず間違いなく『鍵』は開かなくなる。ユリウスという人間を知ればこそ、最悪のシナリオを回避することができた。体内に埋めこまれたデータさえ引き出せればそれで充分。安易な判断が、危うく命取りになるところだった。
死してなお、いまいましい……。
どこまでも己に刃向かう小賢しさが厭わしかった。
見ているがいい、ユリウス。生きて勝利した者こそが正義なのだということを思い知らせてくれる。美しいその分身を、この手で惨たらしく引き裂いてくれよう。
なめらかに氷の表面を溶かすブランデーの入った手の中のグラスを、ケネスは冷ややかに見入って独り窃笑した。
「国王が身罷っただと?」
想定外に早かったその訃報に、思わず驚きの表情を浮かべたケネスだったが、すぐさまそれは、不遜な笑みへと取って代わった。
「……そうか。死んだか」
自邸の書斎にて報告を受けたケネスは、低く独語した後、その眼差しに不穏な気配を漂わせた。
「奪った『鍵』は、こちらへ運搬中ということであったな?」
ケネスの問いかけに、報告者である秘書官のハロネンは画面越しに背中をまるめ、目線を落としたまま恭しく応じた。
「さようでございます。数時間後には到着するかと」
秘書官の答えに満足したケネスは、ククッと喉を鳴らした。
「じつにいいタイミングだった。やはり、あの男を単独で差し向けたのは正解だったか」
「ですが閣下、同行させたアンドロイドのほうは、例の運び屋によってスクラップにされ、その場に捨て置かれたとのことでございますが」
「かまわん。『鍵』の強奪に役立ったなら、あの程度のアンドロイドたかが1体ごとき、安いものだ」
酷薄な光をその目に宿して、ケネスは放言した。
「ただし、足がついてはあとあと厄介だ。見つかるまえに回収しておけ」
「承知しております。すでに手配済みでございます」
「民間軍事会社のほうはどうした?」
「運び屋の追及を阻止する手筈となっておりましたが、早々に駆逐された模様です」
「どこまでも使えん」
ケネスはいまいましげに舌打ちした。
「まあ、いい。『鍵』さえ我が手中に落ちれば、あとは容易い。ぬかりなく手筈を整えておけ」
「かしこまりました」
日付が変わる時刻になってなお、いまだ仕事場に詰めているらしい秘書官は、昼間とおなじスーツ姿のまま一礼すると通話画面上から姿を消した。
間接照明のみを灯した室内に、静寂が戻る。
国王が死んだ。
内心で独語したケネスは、琥珀の瞳に残忍な光を宿した。
国王夫妻のあいだには、男児どころか女児すら生まれていない。後継者不在のまま現国王が身罷ったとなれば、今後、ひと波乱あることは目に見えていた。だが、その玉座を得る資格ともいうべき『鍵』は、すでに己の掌中にあるも同然。王室の財政はもともと自分の管理下にある。王家の専売とされている天然水に関する利権の管理も行っているともなれば、その自分が玉座を得れば、世界そのものを手に入れたと言っても過言ではないだろう。
これまでのお飾りの君主とはわけが違う。自分こそが真に世界の覇者となるのだ。
想像するだけで身の裡から愉悦が湧き上がってくる。しかも奪い取った『鍵』は、あのユリウスが、その生命を削って造り上げた唯一絶対のもの。さんざん煮え湯を飲まされた憎き相手。ユリウスのクローンともいうべきあのヒューマノイドを屈服させることができたなら、どれほど溜飲が下がるかしれない。
ユリウスが関与していたことを知り得たことは、じつに幸運だった。でなければ、あっさりヒューマノイドを始末していたことだろう。そうなった場合、まず間違いなく『鍵』は開かなくなる。ユリウスという人間を知ればこそ、最悪のシナリオを回避することができた。体内に埋めこまれたデータさえ引き出せればそれで充分。安易な判断が、危うく命取りになるところだった。
死してなお、いまいましい……。
どこまでも己に刃向かう小賢しさが厭わしかった。
見ているがいい、ユリウス。生きて勝利した者こそが正義なのだということを思い知らせてくれる。美しいその分身を、この手で惨たらしく引き裂いてくれよう。
なめらかに氷の表面を溶かすブランデーの入った手の中のグラスを、ケネスは冷ややかに見入って独り窃笑した。
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