セイクリッド・レガリア~熱砂の王国~

西崎 仁

文字の大きさ
上 下
105 / 161
第9章 奪還

第3話

しおりを挟む
「侍従長! ベルンシュタイン侍従長様、大変でございますっ」

 控えの間に飛びこんできた職員のただならぬ様相に、王室府侍従長、エセルバート・ベルンシュタインは素早く立ち上がった。

「なにごとか」
「陛下がっ……、クリストファー陛下が……っ」

 それ以上言葉を継ぐことができない部下をその場に残し、ベルンシュタインは控え室を飛び出した。
 ここ数日、国王の容態は思わしくない状態がつづいていた。万一を考え、覚悟もしておくようにと王室医療センターの医局長、ゴードンからも伝えられていた。だが、そんなことはあってほしくないと願っていた。

 早すぎる。玉座にいて、まだたったの7年。その年齢は、30にも届いていなかった。

 ――陛下……、陛下! ご幼少よりお世話申し上げたこのしんを、どうか置いて逝かれますな。この老いぼれより早く旅立たれるようなことなど、あってはなりませぬ。お若き陛下をみすみすお救いすることかなわなかったとなれば、大恩ある先王陛下に、どうして顔向けできましょう。

 内心で呼びかけつつ、王の寝所に駆けつける。


「陛下っ! 陛下ぁぁぁーっ!!」

 廊下に大勢の護衛や女官が集まる中、悲鳴のように泣き叫ぶ声が室内から聞こえてきた。ハッとしたベルンシュタインは、泣き濡れる女官らを押しのけ、室内へと駆けこんだ。
 その目に留まったのは、中央の煌びやかな天蓋つきのベッドの中で横たわるクリストファー・ガブリエル国王に縋りついて泣く、アドリエンヌ王妃の姿だった。
 一見するなり、ベルンシュタインは「ああ……」と額に手をやり、低い呻き声を立てた。

 国王の亡骸なきがらに取り縋り、悲嘆に暮れる王妃を見守る医療スタッフの中から、駆けつけたベルンシュタインに気づいた医局長のゴードンがやってくる。その傍らに立つと、ゴードンは言葉少なに報告した。

「いましがた、崩御なさいました」

 無言で頷くベルンシュタインに、ゴードンは目線を伏せた。

「容態が急変されてから、わずか数分の出来事で……。力及ばず、申し訳ございません」
「いや、ご苦労さまでした」

 沈痛な面持ちで肩を落とす医局長に、ベルンシュタインもまた、重苦しさの漂う声音で応じた。そのベルンシュタインの背後に、王室府の職員がひとり近づいた。肩越しにわずかに顔を傾けた侍従長にさらに近づいた職員は、周囲を憚る声でそっと耳打ちした。

「恐れ入ります、侍従長。科学開発技術省ハン長官よりご連絡が」

 低く囁いた職員は、さらに声をひそめて報告した。

「1時間ほどまえに『鍵』が奪われた、と」

 ベルンシュタインの双眸が、大きく見開かれた。直後に室内に悲鳴があがる。極度の興奮状態にあった王妃が、床に倒れこんだところであった。ゴードンが素早く飛んでいく。

「王妃様を別室へお連れせよ!」

 鋭い指示を飛ばすゴードンのもと、医療スタッフらを中心に控えていた女官らもあわただしく動きはじめた。ベルンシュタインもまた、追って連絡する旨ハン長官に伝えるよう言いわたすと、報告者を下がらせた。その口から、深く、太い息が吐き出される。
 悲嘆に暮れてなどいられない。為すべきことが、見えない山となってベルンシュタインの眼前にうずたかく積み上げられていた。

 疲れた顔を俯けた老臣は、わずかに目を閉じ、グッと奥歯を噛みしめる。そのひと息の間で王室府の長としての立場を取り戻したベルンシュタインは、己の職務をまっとうするため、昂然と胸を反らしてその顔を上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...