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第9章 奪還
第2話(3)
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借り物の大事な機体を極力無傷で。
シリルの言葉に、嘘偽りはいっさいなかった。
裏稼業とはいえ、基本的にマティアスの仕事は運搬業である。万一に備えて多少なりと武装らしきものは備えてあるものの、プロの戦闘集団から見れば丸腰も同然である。だがシリルは、その丸腰同然の機体を、みずから重傷を負う身でありながら安全装置解除という掟破りな技法で操り、プロ集団を見事に翻弄してみせた。それも、はじめて操縦桿を握った機体で。
シリルの愛機であるイーグルワンは、空陸両用機を操縦する者ならだれもが憧れ、一生のうち一度は操縦桿を握ってみたいと熱望する機体である。だが、マティアスはようやく理解した。あのクラスの機体になると、パイロットが機体を選ぶのではない。性能に相応しいパイロットを、機体自身が選んでいるのだ。そしてシリルは、まさしくイーグルワンに選ばれた操縦者だった。
取得するだけでもかなりの難関といわれるライセンスを手にしているから、というだけの話ではない。ましてやシリルの所有機は、余計なオプションをつけない標準仕様の状態でも充分ハイスペックであることで知られる機体に、操縦者の技能に合わせたさまざまな手が加えられているという。噂を耳にしたときは、たまたまちょっとばかり小器用で運のいいベテラン・パイロットがライセンスを取得し、それを鼻にかけて粋がっているだけなのだとやっかみ半分に思ったものである。だがそれは、とんでもない思いすごしだった。
愛機のことなら、だれより自分が知り尽くしている。先程シリルが言ったとおり、選び抜いたパーツでひとつひとつカスタマイズを重ねてきたのだ。その大事な相棒を、こんなふうに飛ばせる人間など、自分を含めてだれひとり思い浮かばなかった。
こんな人間が存在するのだ――
思い知らされたときにはすでに、追撃部隊は1機残らず駆逐されていた。むろん、地上組も含めて。ブラック・バードには、敵の放ったミサイルひとつ、掠りもしなかった。
襲撃を受けてからカタがつくまで、わずか20分。
「お、終わっ…た……?」
セメントで塗り固められたように椅子に張りついていたマティアスは、凝固した姿勢のまま茫然と呟いた。
「とりあえず、第一段階はな」
横から返ってきた涼しげな返答に、強面の巨漢はギョッとしたように振り返った。
「だっ、第一段階っ? まだ、二段も三段もあるってんですかい!?」
「もちろんそのまえに王都入りするつもりだが、ないとは言い切れないだろ。向こうだって金もらって雇われてるプロなんだからよ」
「そっ、そんな……っ」
「なんだ、情けねえ。ごつい見た目してるくせして、この程度でもう泣き入ってんのかよ。リュークを見習え。あいつは悲鳴ひとつあげなかったぞ」
その言葉に、マティアスはさらに表情を硬張らせた。
「ま、まさか嬢ちゃんときも、こんなのが日常茶飯事だったんで?」
「そりゃ、追われる身だからな。もっとも、いままではイーグルだったから、多少は勝手も違ったけどな」
ポンコツだなんだと、愛情をもって悪態をついてきたブラック・バードでこの過激さである。あのイーグルワンでこれをやられた日には、いったいどれほどだったかと、想像するだけで背筋が凍った。ましてやシリルの機体は、ジェット機能を完全に封印されているのである。地上車とエアカー、その双方だけで切り抜けてきたからには、過激さのレベルは今回の比ではなかっただろう。
「じょっ、嬢ちゃん、かぇえそうに……」
思わず漏れた心の底からの同情の呟きを、神業の領域を遙かに超えた技量を有する天才パイロットはチラリと見やって苦笑した。
王都まで7000キロ。それから数時間にわたる飛行が順調に距離を稼ぐだけで済んだのは、たんなる運のよさだけでなかったことは間違いないだろう。
シリルの言葉に、嘘偽りはいっさいなかった。
裏稼業とはいえ、基本的にマティアスの仕事は運搬業である。万一に備えて多少なりと武装らしきものは備えてあるものの、プロの戦闘集団から見れば丸腰も同然である。だがシリルは、その丸腰同然の機体を、みずから重傷を負う身でありながら安全装置解除という掟破りな技法で操り、プロ集団を見事に翻弄してみせた。それも、はじめて操縦桿を握った機体で。
シリルの愛機であるイーグルワンは、空陸両用機を操縦する者ならだれもが憧れ、一生のうち一度は操縦桿を握ってみたいと熱望する機体である。だが、マティアスはようやく理解した。あのクラスの機体になると、パイロットが機体を選ぶのではない。性能に相応しいパイロットを、機体自身が選んでいるのだ。そしてシリルは、まさしくイーグルワンに選ばれた操縦者だった。
取得するだけでもかなりの難関といわれるライセンスを手にしているから、というだけの話ではない。ましてやシリルの所有機は、余計なオプションをつけない標準仕様の状態でも充分ハイスペックであることで知られる機体に、操縦者の技能に合わせたさまざまな手が加えられているという。噂を耳にしたときは、たまたまちょっとばかり小器用で運のいいベテラン・パイロットがライセンスを取得し、それを鼻にかけて粋がっているだけなのだとやっかみ半分に思ったものである。だがそれは、とんでもない思いすごしだった。
愛機のことなら、だれより自分が知り尽くしている。先程シリルが言ったとおり、選び抜いたパーツでひとつひとつカスタマイズを重ねてきたのだ。その大事な相棒を、こんなふうに飛ばせる人間など、自分を含めてだれひとり思い浮かばなかった。
こんな人間が存在するのだ――
思い知らされたときにはすでに、追撃部隊は1機残らず駆逐されていた。むろん、地上組も含めて。ブラック・バードには、敵の放ったミサイルひとつ、掠りもしなかった。
襲撃を受けてからカタがつくまで、わずか20分。
「お、終わっ…た……?」
セメントで塗り固められたように椅子に張りついていたマティアスは、凝固した姿勢のまま茫然と呟いた。
「とりあえず、第一段階はな」
横から返ってきた涼しげな返答に、強面の巨漢はギョッとしたように振り返った。
「だっ、第一段階っ? まだ、二段も三段もあるってんですかい!?」
「もちろんそのまえに王都入りするつもりだが、ないとは言い切れないだろ。向こうだって金もらって雇われてるプロなんだからよ」
「そっ、そんな……っ」
「なんだ、情けねえ。ごつい見た目してるくせして、この程度でもう泣き入ってんのかよ。リュークを見習え。あいつは悲鳴ひとつあげなかったぞ」
その言葉に、マティアスはさらに表情を硬張らせた。
「ま、まさか嬢ちゃんときも、こんなのが日常茶飯事だったんで?」
「そりゃ、追われる身だからな。もっとも、いままではイーグルだったから、多少は勝手も違ったけどな」
ポンコツだなんだと、愛情をもって悪態をついてきたブラック・バードでこの過激さである。あのイーグルワンでこれをやられた日には、いったいどれほどだったかと、想像するだけで背筋が凍った。ましてやシリルの機体は、ジェット機能を完全に封印されているのである。地上車とエアカー、その双方だけで切り抜けてきたからには、過激さのレベルは今回の比ではなかっただろう。
「じょっ、嬢ちゃん、かぇえそうに……」
思わず漏れた心の底からの同情の呟きを、神業の領域を遙かに超えた技量を有する天才パイロットはチラリと見やって苦笑した。
王都まで7000キロ。それから数時間にわたる飛行が順調に距離を稼ぐだけで済んだのは、たんなる運のよさだけでなかったことは間違いないだろう。
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