セイクリッド・レガリア~熱砂の王国~

西崎 仁

文字の大きさ
上 下
103 / 161
第9章 奪還

第2話(2)

しおりを挟む
「よーし、しばらく歯ァくいしばっとけ。じゃねえと舌噛むぞっ」
「えええええ~~~~~っっっ!!?」

 マティアスが状況を理解するより早く、シリルは握った操縦桿をガッチリと掴みなおし、滑空態勢に入った。
 こんな状況だというのに、その口許にはじつに愉しげな笑みさえ浮かんでいる。エンジンが切られた機体は、一気に地上めがけて降下しはじめた。エアブレーキで失速させた挙げ句の操縦不能による墜落ディープ・ストールどころの話ではなかった。


「ひっ、ひぇえぇぇぇえええぇぇ~~~~~っっっっっ!!」


 マティアスの口から、人のものとも思えぬ悲鳴がほとばしった。
 強いGが全身にかかるなどという甘いものではない。体内におさまっている内臓が、すべて口から溢れて零れ落ちていきそうなありさまだった。テーマパークの絶叫系アトラクションといえば聞こえはいいが、あれらはすべて、敷かれているレールが目で確認できて、この次に上るのか落ちるのか、あるいは回転するのかがわかるだけ遙かにマシだった。
 いまのこの状態は、『目隠ししたまま崖っぷちを全力疾走する』よりなお悪い、終わりの見えない奈落に突き落とされたかのような空前の恐怖だった。

 恐ろしすぎるがゆえに、かえって目を瞑ることができない。そのマティアスの目に、眼前に迫る戦闘機の機体が飛びこんできた。


「ひっ、ひぃいぃぃぃっっっぶつかるぅうぅぅぅうううっっっ!!」


 コンマ数秒。それだけの時間さえあれば確実につっこんで双方空中分解する。そんな状況。だが、シリルはほんのわずかな角度調整でブラック・バードの機首を見事にかえすと、その難局をあっさりと躱した。その躱した先に、今度は編隊を組んだ3機が迫る。

「はわっ、はわわわわっ、もっもももっ、もうダメだぁあぁぁぁっっっ!! 死ぬっ死ぬっ死ぬぅうぅぅうっっ!!!」
「うるせぇな! 少し黙ってらんねえのかよっ」

 機内に響きわたる絶叫に、シリルは眉間の皺を深くした。
 言う間にも迫る機体は、いずれもかなり密着している。その片方を瞬時に選択したシリルは、素早く操縦桿を引いて横に倒し、ブラック・バードの機体を横転ロールさせてそのあいだを摺り抜けた。
 別の場所から獲物を追いかけ、あるいは狙っていた敵機がシリルのその飛行についていけず、味方につっこみ、そのおなじタイミングで発射されたミサイルが、さらなる大爆発を巻き起こした。

 ブラック・バードのエンジンをかけなおしたシリルは、直後にアフターバーナーを全開にしてその機首を一気に引き上げ、落ちた高度をふたたび盛り返した。

「ぐえぇえぇぇっ」

 マティアスの口から、今度は潰れたヒキガエルのような声が漏れた。
 マティアス以上に重傷を負っておきながら、この集中力。そのうえ、これほどの耐圧さえものともしない操縦技術。ミスリルで、ひょろい青二才と侮って自分の絡んだ相手がどういう人物だったのかを、荒くれ者で鳴らした巨漢は身をもって思い知らされることとなった。

 一気に高度を上げたブラック・バードは、そのまま中空で大旋回すると、ようやくめまぐるしく変わっていた天地が安定し、落ち着いて座っていられるようになった。わずかに息をついたマティアスを、黒い瞳が操縦席からチラリと見やった。

「安心するのはまだ早ぇぞ」

 あくまでも飄々とした物言いに、マティアスはふたたびギクリとその身を硬張らせた。
 飛行速度はリミッターをはずすまえの、通常飛行レベルまで落としているものの、獰猛な肉食獣を思わせるその顔つきを見るかぎり、なにか意図するところがあっての速度調整であることは間違いなかった。

「ラスト5機。地上したにいる奴らも、まとめてカタしとくか」

 シリルはニヤリと口唇の端を吊り上げた。悪い予感しかしない。マティアスが内心で慄え上がったとしても、無理からぬことであろう。そして実際、そこから先のバトルは、マティアスの想像を絶する凄まじい激闘となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

絶世のディプロマット

一陣茜
SF
惑星連合平和維持局調停課に所属するスペース・ディプロマット(宇宙外交官)レイ・アウダークス。彼女の業務は、惑星同士の衝突を防ぐべく、双方の間に介入し、円満に和解させる。 レイの初仕事は、軍事アンドロイド産業の発展を望む惑星ストリゴイと、墓石が土地を圧迫し、財政難に陥っている惑星レムレスの星間戦争を未然に防ぐーーという任務。 レイは自身の護衛官に任じた凄腕の青年剣士、円城九太郎とともに惑星間の調停に赴く。 ※本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件、地名などとは一切関係ありません。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

処理中です...