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第8章 急襲
第3話(2)
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天然水の利権そのものを王家が手放せば、王国の根幹は瞬く間に揺らぎ、瓦解する。
建国からすでに、200年以上。
これらの悪循環を断ち切るため、先王イアン・アルフレッドは禁忌を犯し、大鎌を振るった。そのイアンの英断に賛同し、荷担した者こそがユリウス・グライナーであった。
だが、志半ばにしてユリウスは13年前、36歳の若さでこの世を去っている。イアンもまた、42歳で病を発症した後、11年の闘病の末に7年前、53歳でその凄絶な人生に幕を閉じた。そしていま、イアンの跡を継いだ8代君主、クリストファー・ガブリエルもまた、王家の血の呪いから逃れることかなわず、『神の病』に倒れようとしている――否、そうではない。先王の目論見は、いまひそかに、たしかな結果として実を結ぼうとしていた。
リュークこそがその『鍵』となる。リューク自身もまた、その裡に封印され、知ることのない、呪いを解く唯一の手法。
己の生命さえも擲つユリウスの狂乱じみた傾倒ぶりが、シリルには気にかかった。現国王に子供はいない。王位継承者のいないまま病を発症し、そのタイミングで王都に送りこまれようとしている『鍵』は『なに』を意味するのか。
リュークに、いったいなにをさせようとしている……?
イヴェールの調査報告でも、その点については明かされずじまいだった。
報告書の文字を目で追っていたシリルの目が、不意に止まった。その目が、直後に限界まで見開かれていった。
報告内容の中に、唐突に出てきたある人物の名前。ローレンシア陸軍近衛部隊所属、ノエラ・チェンバレン准尉。先王の信任厚く、ブルー・ブラッド・プロジェクトに携わり、12年前に殉職する――記されていたのは、ただそれだけ。
「……ノエラ?」
シリルは茫然と呟いた。
いったいこれは、どういうことなのか。ローレンシア陸軍近衛部隊所属――近衛兵? あのノエラが?
「――殉職……?」
買い物途中で暴漢に襲われ、不慮の死を遂げたはずでは……。
混乱する頭で、シリルは視線を彷徨わせた。内容を整理しようと思案をめぐらせるが、さまざまな情報が思考の表面を上滑りするばかりで考えがまとまらない。
なんだ? 俺はいったい、『なに』にかかわろうとしている?
激しい動揺がシリルを襲う。
何気なく彷徨わせた視線の先で、目に留まったのは右手の薬指。シリルをあえて指名してきた今回の依頼。孤児であるはずの自分に託されるには、あまりに高価すぎたブルーダイヤが配されたプラチナのブレス。売り飛ばそうとした自分を、ノエラは加減のない力で殴りつけ、かつてない剣幕で泣きながら諫めた。
孤児院で住み込みの職員として働きながら、ノエラには、市井の者に似つかわしくない雰囲気を漂わせることがあった。これが、その答え?
科学開発技術省長官、ハンの言葉が脳裡に甦る。
『すべて、そちらのよろしいように』
わざと時間をかけた旅になるよう仕組まれた愛機の故障――
まさか、王都に呼ばれているのは、リュークだけではないというのか。ひょっとして、自分も……?
「兄ィッ!!」
不意に操縦席側のドアが激しく叩かれ、シリルは弾けるように顔を上げた。直後に響いた銃声と呻き声。シリルは瞬時にドアを開け、イーグルワンの外へ飛び出した。その目が、信じがたいものをとらえた。
足もとに転がったマティアスの姿。テントのまえでは、リュークがひとりの人物に身柄を拘束されていた。
建国からすでに、200年以上。
これらの悪循環を断ち切るため、先王イアン・アルフレッドは禁忌を犯し、大鎌を振るった。そのイアンの英断に賛同し、荷担した者こそがユリウス・グライナーであった。
だが、志半ばにしてユリウスは13年前、36歳の若さでこの世を去っている。イアンもまた、42歳で病を発症した後、11年の闘病の末に7年前、53歳でその凄絶な人生に幕を閉じた。そしていま、イアンの跡を継いだ8代君主、クリストファー・ガブリエルもまた、王家の血の呪いから逃れることかなわず、『神の病』に倒れようとしている――否、そうではない。先王の目論見は、いまひそかに、たしかな結果として実を結ぼうとしていた。
リュークこそがその『鍵』となる。リューク自身もまた、その裡に封印され、知ることのない、呪いを解く唯一の手法。
己の生命さえも擲つユリウスの狂乱じみた傾倒ぶりが、シリルには気にかかった。現国王に子供はいない。王位継承者のいないまま病を発症し、そのタイミングで王都に送りこまれようとしている『鍵』は『なに』を意味するのか。
リュークに、いったいなにをさせようとしている……?
イヴェールの調査報告でも、その点については明かされずじまいだった。
報告書の文字を目で追っていたシリルの目が、不意に止まった。その目が、直後に限界まで見開かれていった。
報告内容の中に、唐突に出てきたある人物の名前。ローレンシア陸軍近衛部隊所属、ノエラ・チェンバレン准尉。先王の信任厚く、ブルー・ブラッド・プロジェクトに携わり、12年前に殉職する――記されていたのは、ただそれだけ。
「……ノエラ?」
シリルは茫然と呟いた。
いったいこれは、どういうことなのか。ローレンシア陸軍近衛部隊所属――近衛兵? あのノエラが?
「――殉職……?」
買い物途中で暴漢に襲われ、不慮の死を遂げたはずでは……。
混乱する頭で、シリルは視線を彷徨わせた。内容を整理しようと思案をめぐらせるが、さまざまな情報が思考の表面を上滑りするばかりで考えがまとまらない。
なんだ? 俺はいったい、『なに』にかかわろうとしている?
激しい動揺がシリルを襲う。
何気なく彷徨わせた視線の先で、目に留まったのは右手の薬指。シリルをあえて指名してきた今回の依頼。孤児であるはずの自分に託されるには、あまりに高価すぎたブルーダイヤが配されたプラチナのブレス。売り飛ばそうとした自分を、ノエラは加減のない力で殴りつけ、かつてない剣幕で泣きながら諫めた。
孤児院で住み込みの職員として働きながら、ノエラには、市井の者に似つかわしくない雰囲気を漂わせることがあった。これが、その答え?
科学開発技術省長官、ハンの言葉が脳裡に甦る。
『すべて、そちらのよろしいように』
わざと時間をかけた旅になるよう仕組まれた愛機の故障――
まさか、王都に呼ばれているのは、リュークだけではないというのか。ひょっとして、自分も……?
「兄ィッ!!」
不意に操縦席側のドアが激しく叩かれ、シリルは弾けるように顔を上げた。直後に響いた銃声と呻き声。シリルは瞬時にドアを開け、イーグルワンの外へ飛び出した。その目が、信じがたいものをとらえた。
足もとに転がったマティアスの姿。テントのまえでは、リュークがひとりの人物に身柄を拘束されていた。
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