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第8章 急襲
第3話(1)
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リュークが寝入った後、シリルはテントを抜け出して愛機に戻り、マティアスによって届けられたデータの内容を確認した。
そこに記されていたのは、『ブルー・ブラッド計画』に関する情報。
ローレンシア連邦王国初代国王、ベンジャミン・ウィリアムによって目論まれた神格化の実現。
英邁であること。国家の要であること。王国それ自体の象徴であること。
人類という種族そのものが滅亡に瀕した危機的状況から、民心をひとつにまとめ上げ、あらたな社会基盤を築き上げたその手腕が見事であったことはたしかである。世界大戦にすら発展しかねなかった暗黒の時代において、王国を樹立した国王の存在は民心に絶対の信仰を抱かせるものでなければならなかった。
まとめ上げた民心がふたたびバラバラになり、互いに殺し合うような愚を繰り返してはならない。
天然水の利権を王家に帰属させることで、国王の権威を人類に知らしめたベンジャミンは、今後も環境破壊の進む世界で最大の紛争の火種となり得るその利権が、決して他者に奪われ、侵害されることのないよう、ひとつの掟を定めた。すなわち、次代君主は必ず己の中から抽出した特定の遺伝子を受け継ぐ者であること。
選びに選んだ『神の子』に相応しい遺伝子を持つ者であれば、目先の利益にとらわれ、己の私慾を満たすためだけに暗愚な振る舞いに出ることは決してあるまい。
すべては国家のため。民衆のため。人類のため。
天然水に関するすべての管理を掌握するシステムへのアクセス権は、その『神』の遺伝子を有する者のみに与えられる。国王自身がみずから生体認証をおこなうことで専門の職員がシステムを操作することが可能となり、国王の許可なく、いかなる運用もおこなうことはできない。
王位継承をめぐる争いを避けるため、『神』の遺伝子を受け継ぐ者は一代に1名のみ。
だが、その遺伝子こそが王家に暗雲をもたらしていく。
『神の病』の根源であることがつきとめられて以降、受精卵の段階から次代の王位継承者へと組みこまれる『神』の遺伝子は、特殊な手法を用いて凍結されるようになっていった。皇太子は己の中にそのような時限爆弾が眠らされていることを知らぬまま成長し、父王の退位、王位継承を機に、次なるシステムのアクセス権者としての役割を引き継ぐため、安全装置が取り除かれるのである。
病発症のカウントダウンは、その瞬間からはじまる。おそらくは、もともと己の裡に引き継がれている遺伝子と、あらたに加えられる『神』の遺伝子とのあいだで、なんらかの作用、もしくは反作用が働くことにより発現するものが『神の病』へと繋がっていくのだろう。
『王』であるがゆえに課される血の宿命。
血の呪いから王を解放し、王位継承者を護るべく、これまでにもさまざまな試みが為されてきた。王の生体認証によらず管理体制を維持できるシステムの再構築を図り、あるいは遺伝子の中に病を発現させる特定の因子がないかを調べ上げ、いかに発症を抑えるか、さまざまな角度から検証を繰り返す。国王その人に、『神』の遺伝子を受け継がせずしてシステムへのアクセス権を得ることはできないものか。認証する遺伝子を、初代国王のものではなく、病原を取り除いた現国王のそれへと書き換えることはできないか。
すべてを試し、しかしそのいずれも、解決の糸口に導くことさえかなわなかった。
そこに記されていたのは、『ブルー・ブラッド計画』に関する情報。
ローレンシア連邦王国初代国王、ベンジャミン・ウィリアムによって目論まれた神格化の実現。
英邁であること。国家の要であること。王国それ自体の象徴であること。
人類という種族そのものが滅亡に瀕した危機的状況から、民心をひとつにまとめ上げ、あらたな社会基盤を築き上げたその手腕が見事であったことはたしかである。世界大戦にすら発展しかねなかった暗黒の時代において、王国を樹立した国王の存在は民心に絶対の信仰を抱かせるものでなければならなかった。
まとめ上げた民心がふたたびバラバラになり、互いに殺し合うような愚を繰り返してはならない。
天然水の利権を王家に帰属させることで、国王の権威を人類に知らしめたベンジャミンは、今後も環境破壊の進む世界で最大の紛争の火種となり得るその利権が、決して他者に奪われ、侵害されることのないよう、ひとつの掟を定めた。すなわち、次代君主は必ず己の中から抽出した特定の遺伝子を受け継ぐ者であること。
選びに選んだ『神の子』に相応しい遺伝子を持つ者であれば、目先の利益にとらわれ、己の私慾を満たすためだけに暗愚な振る舞いに出ることは決してあるまい。
すべては国家のため。民衆のため。人類のため。
天然水に関するすべての管理を掌握するシステムへのアクセス権は、その『神』の遺伝子を有する者のみに与えられる。国王自身がみずから生体認証をおこなうことで専門の職員がシステムを操作することが可能となり、国王の許可なく、いかなる運用もおこなうことはできない。
王位継承をめぐる争いを避けるため、『神』の遺伝子を受け継ぐ者は一代に1名のみ。
だが、その遺伝子こそが王家に暗雲をもたらしていく。
『神の病』の根源であることがつきとめられて以降、受精卵の段階から次代の王位継承者へと組みこまれる『神』の遺伝子は、特殊な手法を用いて凍結されるようになっていった。皇太子は己の中にそのような時限爆弾が眠らされていることを知らぬまま成長し、父王の退位、王位継承を機に、次なるシステムのアクセス権者としての役割を引き継ぐため、安全装置が取り除かれるのである。
病発症のカウントダウンは、その瞬間からはじまる。おそらくは、もともと己の裡に引き継がれている遺伝子と、あらたに加えられる『神』の遺伝子とのあいだで、なんらかの作用、もしくは反作用が働くことにより発現するものが『神の病』へと繋がっていくのだろう。
『王』であるがゆえに課される血の宿命。
血の呪いから王を解放し、王位継承者を護るべく、これまでにもさまざまな試みが為されてきた。王の生体認証によらず管理体制を維持できるシステムの再構築を図り、あるいは遺伝子の中に病を発現させる特定の因子がないかを調べ上げ、いかに発症を抑えるか、さまざまな角度から検証を繰り返す。国王その人に、『神』の遺伝子を受け継がせずしてシステムへのアクセス権を得ることはできないものか。認証する遺伝子を、初代国王のものではなく、病原を取り除いた現国王のそれへと書き換えることはできないか。
すべてを試し、しかしそのいずれも、解決の糸口に導くことさえかなわなかった。
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