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第8章 急襲
第2話(1)
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「おまえのおかげで命拾いした。悪かったな、いろいろしんどい思いさせて」
早めの夕食後、テントに引き上げたシリルは、傷の手当てを受けながら恩人となったヒューマノイドに礼を言った。消毒のために包帯をはずせば、その傷口はきれいに縫合されていた。
「いいえ、私はなにも」
「なにを言ってる。おまえがいなきゃ、俺はとっくに、あのまま冷たくなってただろうよ」
シリルの言葉を聞いた途端、クリスタル・ブルーの双眸に不安の色が宿った。
「痛みませんか?」
「大丈夫だ。手当てしてくれた人間の腕がよかったからな」
「でも……」
消えることのない不安に表情を曇らせる美貌を見返して、シリルは低く笑った。
「どうして笑うのですか?」
質問ではなく、不満の色が滲む声。自分の心配を余所に笑うシリルの態度を、あきらかに非難していた。
「いや、悪い」
消毒がしやすいようにとマットに寝そべっていたシリルは、なおも笑いながら起き上がった。
「撃たれた直後もだったが、おまえ、自分のことにはてんで無頓着なくせに、他人のことになるとエラい心配性になるのな」
「あたりまえです。私とあなたとでは、根本的な造りそのものが違うのですから」
「違わねえよ。こんな細っこい躰して、なに言ってる」
「わ、私の躰付きは遺伝子保有者から受け継いでいるものですっ」
死の淵から舞い戻ってからこちら、少しずつ感情をあらわすようになってなお表情が乏しかったはずのヒューマノイドは、蒼くなったり赤くなったりとじつに忙しい。シリルはその顔に、穏やかに笑いかけた。
「ちょうどいい。おまえも脱げ。どうせ俺がひっくり返ってたあいだ、自分のことはそっちのけにしてたんだろう」
医療用具をひろげているついでに手当てしてやる。そう言って薬を手にしたシリルに、リュークは不満顔で反論した。
「私のことはいいんです。治療はまだ、最後まで終わっていません」
「あとは包帯巻くだけだろ。そのぐらい自分でできる」
「それならば私も自分でできます」
断固とした口調に、シリルは目を瞠った。
「……リューク」
「なんでしょうか?」
「おまえ、性格変わった?」
天井のライトを反射して煌めくブルー・アイが、自分でも思いもしなかった点を突かれたとでもいうようにゆっくりと瞬いた。そして、いかにも自信がなさそうな小さな声で「変わってません」と答えた。その反応自体がすでに、これまでと違っていることに、当人は気づいているのだろうか。
なんとも急激な成長を遂げたものだと思いつつ、その原因が自分にあることにシリルは複雑な思いを抱いた。だが、いまさら言ってもしかたのないことである。
「ま、なるようにしかならねえか」
ポツリと呟いて、目の前の麗容に向きなおった。
「わかった。じゃあ、こうしよう。おまえの言うとおりにするから、おまえもちゃんと傷の手当てをさせろ。どうだ?」
提案内容を吟味したリュークは、納得したように頷いた。
シリルの言葉には、なにごとにも無条件で従ってきたヒューマノイドが、自分で考え、自分の意思で行動するようになった。ときに融通が利かなくなるほどまっすぐな一途さは、遺伝子保有者であるユリウスから受け継がれた特性であることは間違いない。だがそこに、リューク自身の個性が徐々に見えはじめるようになってきた。
早めの夕食後、テントに引き上げたシリルは、傷の手当てを受けながら恩人となったヒューマノイドに礼を言った。消毒のために包帯をはずせば、その傷口はきれいに縫合されていた。
「いいえ、私はなにも」
「なにを言ってる。おまえがいなきゃ、俺はとっくに、あのまま冷たくなってただろうよ」
シリルの言葉を聞いた途端、クリスタル・ブルーの双眸に不安の色が宿った。
「痛みませんか?」
「大丈夫だ。手当てしてくれた人間の腕がよかったからな」
「でも……」
消えることのない不安に表情を曇らせる美貌を見返して、シリルは低く笑った。
「どうして笑うのですか?」
質問ではなく、不満の色が滲む声。自分の心配を余所に笑うシリルの態度を、あきらかに非難していた。
「いや、悪い」
消毒がしやすいようにとマットに寝そべっていたシリルは、なおも笑いながら起き上がった。
「撃たれた直後もだったが、おまえ、自分のことにはてんで無頓着なくせに、他人のことになるとエラい心配性になるのな」
「あたりまえです。私とあなたとでは、根本的な造りそのものが違うのですから」
「違わねえよ。こんな細っこい躰して、なに言ってる」
「わ、私の躰付きは遺伝子保有者から受け継いでいるものですっ」
死の淵から舞い戻ってからこちら、少しずつ感情をあらわすようになってなお表情が乏しかったはずのヒューマノイドは、蒼くなったり赤くなったりとじつに忙しい。シリルはその顔に、穏やかに笑いかけた。
「ちょうどいい。おまえも脱げ。どうせ俺がひっくり返ってたあいだ、自分のことはそっちのけにしてたんだろう」
医療用具をひろげているついでに手当てしてやる。そう言って薬を手にしたシリルに、リュークは不満顔で反論した。
「私のことはいいんです。治療はまだ、最後まで終わっていません」
「あとは包帯巻くだけだろ。そのぐらい自分でできる」
「それならば私も自分でできます」
断固とした口調に、シリルは目を瞠った。
「……リューク」
「なんでしょうか?」
「おまえ、性格変わった?」
天井のライトを反射して煌めくブルー・アイが、自分でも思いもしなかった点を突かれたとでもいうようにゆっくりと瞬いた。そして、いかにも自信がなさそうな小さな声で「変わってません」と答えた。その反応自体がすでに、これまでと違っていることに、当人は気づいているのだろうか。
なんとも急激な成長を遂げたものだと思いつつ、その原因が自分にあることにシリルは複雑な思いを抱いた。だが、いまさら言ってもしかたのないことである。
「ま、なるようにしかならねえか」
ポツリと呟いて、目の前の麗容に向きなおった。
「わかった。じゃあ、こうしよう。おまえの言うとおりにするから、おまえもちゃんと傷の手当てをさせろ。どうだ?」
提案内容を吟味したリュークは、納得したように頷いた。
シリルの言葉には、なにごとにも無条件で従ってきたヒューマノイドが、自分で考え、自分の意思で行動するようになった。ときに融通が利かなくなるほどまっすぐな一途さは、遺伝子保有者であるユリウスから受け継がれた特性であることは間違いない。だがそこに、リューク自身の個性が徐々に見えはじめるようになってきた。
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