セイクリッド・レガリア~熱砂の王国~

西崎 仁

文字の大きさ
上 下
90 / 161
第8章 急襲

第1話(4)

しおりを挟む
「ミスリルのときも、……あんなでしたっけ?」

 どうにも自分の見たものが信じられなさそうに疑問を口にする巨漢に、シリルは「いや」と応じる。そしてニヤリと笑った。

「ひと月足らずのあいだに、随分可愛くなっただろう?」
「いや、まあ……」
 なんと答えたものか、返答に困った様子で言葉を濁したマティアスは、やがて、おそるおそるといった具合に尋ねた。

「その……、おふたりはひょっとして、なんで……?」
「そう見えるか?」
「いや、まあ……、見えるっつーか、見たまんまっつーか……」

 自分で口にしておいて、自分で赤くなっている。

「言っておくが、あいつは男だぞ?」
「いや、そりゃもちろん知ってますが、あそこまで桁外れの美形だと、そんなのはどうでもい――」
 言いかけたところで、マティアスは己の失言に気づいてあわてて弁解した。

「なっ、なんもしちゃいねえですからっ! この3日、やましいことはなんもっ! 天地神明に誓って、いっさい手なんざ出しちゃいませんっ!!」

 出されても困るが、だからといって自分が手を出していると思われるのも不本意である。

「子供相手につかよ……」
 思わずぼやくと、マティアスは「へ?」と面食らったような顔をした。
「子供?」
「ああ、いや。なんでもない。こっちの話だ」
 不思議そうに訊き返す相手に、シリルは曖昧に誤魔化した。そこへ、イーグルワンから非常食をとってきたリュークが駆け戻ってくる。両手に持てるだけ荷物を抱えた姿を見て、今度はマティアスが飛んでいった。

「……おまえ、いくらなんでも持って来すぎだろ」
 呆れるシリルに、美貌のヒューマノイドは「でも……」とうつむいた。

「いや、嬢ちゃん! オレも腹が減ってるから!」

 強面こわもての巨漢が、そんなリュークを見てあわててとりなした。感情が素直におもてに出るようになったその様子はじつに頼りなげで、荒くれ男の庇護欲すら刺激せずにはおかない風情を漂わせていた。

「いやあ、さすが気が利くなあ。さっきから腹ぺこで死にそうだったんだ。見てのとおり、この躰を維持するにゃ大量に食わねえと持たなくてよ。オレが買ってきたもんも、ついでにみんなで食っちまうか、なっ? 嬢ちゃんもしっかり食わねえとダメだぞ? こんなか細いんだからよ」

 そらぞらしいほど明るくマティアスは話しかける。そんな大男に、リュークは無言で頷いた。
『嬢ちゃん』――そんな呼称も柔軟に受け容れるようになったのだから、変われば変わるものである。ミスリルで酔っぱらったマティアスに囚われたときの無感動で冷徹ななさまは別人だったかと、錯覚をおぼえる変容ぶりだった。

 先刻、冗談まじりに「可愛くなっただろう?」と軽口を叩いたが、マティアスがほだされるのも無理ないことだった。シリルが敵弾に倒れたことで、リュークの中に芽生えはじめていた感情が、さらに大きく揺さぶられた結果であることは間違いない。あんなふうに取り乱した挙げ句、自分からシリルにしがみついて離れなかったことなど、ついぞないことだった。
 果たしてそれがいいことなのか、シリルには判断がつけかねた。最初はその部分も含めて面倒を見るつもりでバベル・リゾートなどにも連れていったはずだった。だが、リュークの持つ純真な思いやりとひたむきな優しさが、いったい『なに』に使われようとしているのか。そのあたりが気になりはじめていた。

 ひょっとして、『人形』のままでいさせてやるべきだったのではないか。

 マティアスとともに食事の準備をはじめるリュークの様子を眺めながら、シリルはふとよぎった思いに瞳の奥をかげらせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

武田義信に転生したので、父親の武田信玄に殺されないように、努力してみた。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 アルファポリス第2回歴史時代小説大賞・読者賞受賞作 原因不明だが、武田義信に生まれ変わってしまった。血も涙もない父親、武田信玄に殺されるなんて真平御免、深く静かに天下統一を目指します。

才能は流星魔法

神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。 そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。 流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。 ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。 井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。 山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。 井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。 二日に一度、18時に更新します。 カクヨムにも同時投稿しています。

反帝国組織MM⑤オ・ルヴォワ~次に会うのは誰にも判らない時と場所で

江戸川ばた散歩
SF
「最高の軍人」天使種の軍人「G」は最も上の世代「M」の指令を受けて自軍から脱走、討伐するはずのレプリカントの軍勢に参加する。だがそれは先輩で友人でそれ以上の気持ちを持つ「鷹」との別れをも意味していた。

好いたの惚れたの恋茶屋通り

ろいず
歴史・時代
神社通りの商い通りに、佐平という男が商っている茶屋がある。 佐平の娘は小梅という娘で、そろそろ嫁入りを考えていた相手がいたが、ものの見事に玉砕してしまう。 ふさぎ込む小梅に、佐平は娘の為にどう慰めていいのか悩み、茶屋に来る客に聞いて回る。 父と娘と、茶屋に訪れる人々のお茶の間の話。

原初の星/多重世界の旅人シリーズIV

りゅう
SF
 多重世界に無限回廊という特殊な空間を発見したリュウは、無限回廊を実現している白球システムの危機を救った。これで、無限回廊は安定し多重世界で自由に活動できるようになる。そう思っていた。  だが、実際には多重世界の深淵に少し触れた程度のものでしかなかった。 表紙イラスト:AIアニメジェネレーターにて生成。 https://perchance.org/ai-anime-generator

彷徨う屍

半道海豚
ホラー
春休みは、まもなく終わり。関東の桜は散ったが、東北はいまが盛り。気候変動の中で、いろいろな疫病が人々を苦しめている。それでも、日々の生活はいつもと同じだった。その瞬間までは。4人の高校生は旅先で、ゾンビと遭遇してしまう。周囲の人々が逃げ惑う。4人の高校生はホテルから逃げ出し、人気のない山中に向かうことにしたのだが……。

モニターに応募したら、系外惑星に来てしまった。~どうせ地球には帰れないし、ロボ娘と猫耳魔法少女を連れて、惑星侵略を企む帝国軍と戦います。

津嶋朋靖(つしまともやす)
SF
近未来、物体の原子レベルまでの三次元構造を読みとるスキャナーが開発された。 とある企業で、そのスキャナーを使って人間の三次元データを集めるプロジェクトがスタートする。 主人公、北村海斗は、高額の報酬につられてデータを取るモニターに応募した。 スキャナーの中に入れられた海斗は、いつの間にか眠ってしまう。 そして、目が覚めた時、彼は見知らぬ世界にいたのだ。 いったい、寝ている間に何が起きたのか? 彼の前に現れたメイド姿のアンドロイドから、驚愕の事実を聞かされる。 ここは、二百年後の太陽系外の地球類似惑星。 そして、海斗は海斗であって海斗ではない。 二百年前にスキャナーで読み取られたデータを元に、三次元プリンターで作られたコピー人間だったのだ。 この惑星で生きていかざるを得なくなった海斗は、次第にこの惑星での争いに巻き込まれていく。 (この作品は小説家になろうとマグネットにも投稿してます)

処理中です...