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第8章 急襲
第1話(4)
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「ミスリルのときも、……あんなでしたっけ?」
どうにも自分の見たものが信じられなさそうに疑問を口にする巨漢に、シリルは「いや」と応じる。そしてニヤリと笑った。
「ひと月足らずのあいだに、随分可愛くなっただろう?」
「いや、まあ……」
なんと答えたものか、返答に困った様子で言葉を濁したマティアスは、やがて、おそるおそるといった具合に尋ねた。
「その……、おふたりはひょっとして、そういう関係なんで……?」
「そう見えるか?」
「いや、まあ……、見えるっつーか、見たまんまっつーか……」
自分で口にしておいて、自分で赤くなっている。
「言っておくが、あいつは男だぞ?」
「いや、そりゃもちろん知ってますが、あそこまで桁外れの美形だと、そんなのはどうでもい――」
言いかけたところで、マティアスは己の失言に気づいてあわてて弁解した。
「なっ、なんもしちゃいねえですからっ! この3日、疚しいことはなんもっ! 天地神明に誓って、いっさい手なんざ出しちゃいませんっ!!」
出されても困るが、だからといって自分が手を出していると思われるのも不本意である。
「子供相手に勃つかよ……」
思わずぼやくと、マティアスは「へ?」と面食らったような顔をした。
「子供?」
「ああ、いや。なんでもない。こっちの話だ」
不思議そうに訊き返す相手に、シリルは曖昧に誤魔化した。そこへ、イーグルワンから非常食をとってきたリュークが駆け戻ってくる。両手に持てるだけ荷物を抱えた姿を見て、今度はマティアスが飛んでいった。
「……おまえ、いくらなんでも持って来すぎだろ」
呆れるシリルに、美貌のヒューマノイドは「でも……」と俯いた。
「いや、嬢ちゃん! オレも腹が減ってるから!」
強面の巨漢が、そんなリュークを見てあわててとりなした。感情が素直におもてに出るようになったその様子はじつに頼りなげで、荒くれ男の庇護欲すら刺激せずにはおかない風情を漂わせていた。
「いやあ、さすが気が利くなあ。さっきから腹ぺこで死にそうだったんだ。見てのとおり、この躰を維持するにゃ大量に食わねえと持たなくてよ。オレが買ってきたもんも、ついでにみんなで食っちまうか、なっ? 嬢ちゃんもしっかり食わねえとダメだぞ? こんなか細いんだからよ」
そらぞらしいほど明るくマティアスは話しかける。そんな大男に、リュークは無言で頷いた。
『嬢ちゃん』――そんな呼称も柔軟に受け容れるようになったのだから、変われば変わるものである。ミスリルで酔っぱらったマティアスに囚われたときの無感動で冷徹ななさまは別人だったかと、錯覚をおぼえる変容ぶりだった。
先刻、冗談まじりに「可愛くなっただろう?」と軽口を叩いたが、マティアスがほだされるのも無理ないことだった。シリルが敵弾に倒れたことで、リュークの中に芽生えはじめていた感情が、さらに大きく揺さぶられた結果であることは間違いない。あんなふうに取り乱した挙げ句、自分からシリルにしがみついて離れなかったことなど、ついぞないことだった。
果たしてそれがいいことなのか、シリルには判断がつけかねた。最初はその部分も含めて面倒を見るつもりでバベル・リゾートなどにも連れていったはずだった。だが、リュークの持つ純真な思いやりとひたむきな優しさが、いったい『なに』に使われようとしているのか。そのあたりが気になりはじめていた。
ひょっとして、『人形』のままでいさせてやるべきだったのではないか。
マティアスとともに食事の準備をはじめるリュークの様子を眺めながら、シリルはふとよぎった思いに瞳の奥を翳らせた。
どうにも自分の見たものが信じられなさそうに疑問を口にする巨漢に、シリルは「いや」と応じる。そしてニヤリと笑った。
「ひと月足らずのあいだに、随分可愛くなっただろう?」
「いや、まあ……」
なんと答えたものか、返答に困った様子で言葉を濁したマティアスは、やがて、おそるおそるといった具合に尋ねた。
「その……、おふたりはひょっとして、そういう関係なんで……?」
「そう見えるか?」
「いや、まあ……、見えるっつーか、見たまんまっつーか……」
自分で口にしておいて、自分で赤くなっている。
「言っておくが、あいつは男だぞ?」
「いや、そりゃもちろん知ってますが、あそこまで桁外れの美形だと、そんなのはどうでもい――」
言いかけたところで、マティアスは己の失言に気づいてあわてて弁解した。
「なっ、なんもしちゃいねえですからっ! この3日、疚しいことはなんもっ! 天地神明に誓って、いっさい手なんざ出しちゃいませんっ!!」
出されても困るが、だからといって自分が手を出していると思われるのも不本意である。
「子供相手に勃つかよ……」
思わずぼやくと、マティアスは「へ?」と面食らったような顔をした。
「子供?」
「ああ、いや。なんでもない。こっちの話だ」
不思議そうに訊き返す相手に、シリルは曖昧に誤魔化した。そこへ、イーグルワンから非常食をとってきたリュークが駆け戻ってくる。両手に持てるだけ荷物を抱えた姿を見て、今度はマティアスが飛んでいった。
「……おまえ、いくらなんでも持って来すぎだろ」
呆れるシリルに、美貌のヒューマノイドは「でも……」と俯いた。
「いや、嬢ちゃん! オレも腹が減ってるから!」
強面の巨漢が、そんなリュークを見てあわててとりなした。感情が素直におもてに出るようになったその様子はじつに頼りなげで、荒くれ男の庇護欲すら刺激せずにはおかない風情を漂わせていた。
「いやあ、さすが気が利くなあ。さっきから腹ぺこで死にそうだったんだ。見てのとおり、この躰を維持するにゃ大量に食わねえと持たなくてよ。オレが買ってきたもんも、ついでにみんなで食っちまうか、なっ? 嬢ちゃんもしっかり食わねえとダメだぞ? こんなか細いんだからよ」
そらぞらしいほど明るくマティアスは話しかける。そんな大男に、リュークは無言で頷いた。
『嬢ちゃん』――そんな呼称も柔軟に受け容れるようになったのだから、変われば変わるものである。ミスリルで酔っぱらったマティアスに囚われたときの無感動で冷徹ななさまは別人だったかと、錯覚をおぼえる変容ぶりだった。
先刻、冗談まじりに「可愛くなっただろう?」と軽口を叩いたが、マティアスがほだされるのも無理ないことだった。シリルが敵弾に倒れたことで、リュークの中に芽生えはじめていた感情が、さらに大きく揺さぶられた結果であることは間違いない。あんなふうに取り乱した挙げ句、自分からシリルにしがみついて離れなかったことなど、ついぞないことだった。
果たしてそれがいいことなのか、シリルには判断がつけかねた。最初はその部分も含めて面倒を見るつもりでバベル・リゾートなどにも連れていったはずだった。だが、リュークの持つ純真な思いやりとひたむきな優しさが、いったい『なに』に使われようとしているのか。そのあたりが気になりはじめていた。
ひょっとして、『人形』のままでいさせてやるべきだったのではないか。
マティアスとともに食事の準備をはじめるリュークの様子を眺めながら、シリルはふとよぎった思いに瞳の奥を翳らせた。
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