上 下
88 / 161
第8章 急襲

第1話(2)

しおりを挟む
 マティアスはタイミングよくと言おうか悪くと言おうか、なにも知らずにデータを届けにやってきて、そのまま今日まで付き合う羽目になった――正確には、とてもそのまま捨て置くことができず、自主的に居残った――ということらしかった。

「いやあ、はじめはエラい警戒されちまって大変だったんですわ」

 マティアスはそう言って、バツが悪そうに頭を掻いた。もともとの顔相がんそうの悪さに加えて前科があるのだから当然だろう。

「ただ、も相当切羽詰まってたみてえで、事情説明して敵じゃねえってわかるなり、シリルの兄ィを見ててくれっつって」

 マティアスがシリルのイーグルワンより数ランクほど下の空陸両用機、ブラック・バードに乗ってきたとわかるや否や、リュークはすぐに戻るから貸してくれと、マティアスの返事も待たずに飛び乗ったという。そのうえで、もし機体を破損させるようなことがあったら修理代は自分の躰で払うと言い放ち、止めるまもなくエアカー仕様に切り替えると飛び去っていった。
 それを聞いたシリルは愕然とした。

「……そだろ。あいつ、操縦……」
「それが、あとで聞いて危うく腰抜かすところでしたわ」

 マティアスは心底恐ろしそうな様子で己の逞しい両腕を抱きしめると、ブルブルと身震いした。


 マティアスにあとのことを託して消えたリュークは、1時間半ほどで戻ってきた。
 後部座席からいろいろ取り出すリュークにどこに行っていたのか尋ねると、最寄りの都市、リマまで行っていたという。テントやエアマット、治療に必要な医療器具や薬剤など、時間的にも閉まっている店が多い中、片っ端から無理やり開けさせて買いそろえてきたということだった。
 見かけによらず押しの強いところがあると驚いたのも束の間、山賊のような風体の巨漢は、さらに喫驚きっきょうすることとなる。もし借りた機体に不具合などが生じるようなことがあった場合は、後日修理費を支払うので言ってほしい。出発前にもおなじことを言っていたリュークがふたたびそう口にしたため、その理由を尋ねたマティアスは、危うくその場で卒倒しそうになった。肝が冷えたなどというものではない。それもそのはず。おとなしやかな麗人は、操縦資格もなければ操縦自体も今回が生まれてはじめての経験であったという。にもかかわらず、見知らぬ場所をエアカーとはいえ、夜間に飛行したというのだからムチャクチャもいいところである。
 操縦方法についてはシリルの見よう見まねだったということで、ジェット機であればひとっ飛びであったところをエアカーにしたのも、そういう理由であったらしい。


「可愛い貌して、とんでもねえムチャやらかしまさあ」
 思い出しただけでゾッとする。マティアスの腕には、本当に鳥肌が立っていた。

「悪い。迷惑かけたな」
 リュークがムチャをした原因が自分にあるため、シリルは思いのほか無鉄砲なヒューマノイドにかわって謝罪の言葉を口にした。

「いや、とんでもねえ。止めらんなかったオレの責任でさあ」
「機体は無事か?」

 なにごともなくてよかったと胸を撫で下ろす巨漢に、シリルは尋ねた。マティアスはそれに対して「おかげさまで」と応じた。

「見かけによらず、たいした度胸ですよ。ま、それだけ必死だったってことなんでしょうけどね」

 言って、人相の悪い巨漢はシリルの背後にあるテントを見やった。その奥では、意識を失ったリュークがいまも眠っている。自分のかわりに倒れたリュークをマットに寝かせたシリルは、テントの外に出て、くわしい経緯をマティアスに聞いているところだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルビオン王国宙軍士官物語(クリフエッジシリーズ合本版)

愛山雄町
SF
 ハヤカワ文庫さんのSF好きにお勧め! ■■■  人類が宇宙に進出して約五千年後、地球より数千光年離れた銀河系ペルセウス腕を舞台に、後に“クリフエッジ(崖っぷち)”と呼ばれることになるアルビオン王国軍士官クリフォード・カスバート・コリングウッドの物語。 ■■■  宇宙暦4500年代、銀河系ペルセウス腕には四つの政治勢力、「アルビオン王国」、「ゾンファ共和国」、「スヴァローグ帝国」、「自由星系国家連合」が割拠していた。  アルビオン王国は領土的野心の強いゾンファ共和国とスヴァローグ帝国と戦い続けている。  4512年、アルビオン王国に一人の英雄が登場した。  その名はクリフォード・カスバート・コリングウッド。  彼は柔軟な思考と確固たる信念の持ち主で、敵国の野望を打ち砕いていく。 ■■■  小説家になろうで「クリフエッジシリーズ」として投稿している作品を合本版として、こちらでも投稿することにしました。 ■■■ 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも投稿しております。

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

宇宙の戦士

邦幸恵紀
SF
【SF(スペースファンタジー)/パワードスーツは登場しません/魔法≒超能力】 向井紀里《むかいきり》は、父・鏡太郎《きょうたろう》と二人暮らしの高校一年生。 ある朝、登校途中に出会った金髪の美少女に「偽装がうまい」と評される。 紀里を連れ戻しにきたという彼女は異星人だった。まったく身に覚えのない紀里は、彼女の隙を突いて自宅に逃げこむが―― ◆表紙はかんたん表紙メーカー様で作成いたしました。ありがとうございました(2023/09/11)。

【完結】天下人が愛した名宝

つくも茄子
歴史・時代
知っているだろうか? 歴代の天下人に愛された名宝の存在を。 足利義満、松永秀久、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。 彼らを魅了し続けたのは一つ茶入れ。 本能寺の変で生き残り、大阪城の落城の後に壊れて粉々になりながらも、時の天下人に望まれた茶入。 粉々に割れても修復を望まれた一品。 持った者が天下人の証と謳われた茄子茶入。 伝説の茶入は『九十九髪茄子』といわれた。 歴代の天下人達に愛された『九十九髪茄子』。 長い年月を経た道具には霊魂が宿るといい、人を誑かすとされている。 他サイトにも公開中。

えっ俺が憧れの劉備玄徳の実の弟!兄上に天下を取らせるため尽力します。補足説明と登場人物の設定資料

揚惇命
SF
『えっ俺が憧れの劉備玄徳の実の弟!兄上に天下を取らせるため尽力します。』という作品の世界観の説明補足と各勢力の登場人物の設定資料となります。 本編のネタバレを含むため本編を読んでからお読みください。 ※小説家になろう様・カクヨム様でも掲載しています。

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

星々の光を打ち消してしまうほど輝く月が、彼女の自由を奪った

一月ににか
SF
彼女は僕の理想そのもの。 ずっとずっと待ち焦がれていた女性に出会った男は、彼女を守るために事故現場から連れ出した。 物静かな彼女の正体とその目的は。

グラッジブレイカー! ~ポンコツアンドロイド、時々かたゆでたまご~

尾野 灯
SF
人類がアインシュタインをペテンにかける方法を知ってから数世紀、地球から一番近い恒星への進出により、新しい時代が幕を開ける……はずだった。 だが、無謀な計画が生み出したのは、数千万の棄民と植民星系の独立戦争だった。 ケンタウリ星系の独立戦争が敗北に終ってから十三年、荒廃したコロニーケンタウルスⅢを根城に、それでもしぶとく生き残った人間たち。 そんな彼らの一人、かつてのエースパイロットケント・マツオカは、ひょんなことから手に入れた、高性能だがポンコツな相棒AIノエルと共に、今日も借金返済のためにコツコツと働いていた。 そんな彼らのもとに、かつての上官から旧ケンタウリ星系軍の秘密兵器の奪還を依頼される。高額な報酬に釣られ、仕事を受けたケントだったが……。 懐かしくて一周回って新しいかもしれない、スペースオペラ第一弾!

処理中です...