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第8章 急襲
第1話(1)
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「いやもう、あんな綺麗な貌して、やることがムチャクチャなんですわ」
夜盗崩れといった風体の人相の悪い男は、小さな目を精一杯見開いて、懸命にシリルに訴えた。
敵の放った銃弾に脇腹を深く抉られ、昏睡していたシリルが意識を取り戻したのは、撃たれた晩から3日後のことだった。
撃たれてまもなく、シリルは躰の異変に気がついた。かなりマズい状況に陥ったことは、その時点で自覚していた。ともかく確実に逃げきれる状況を確保して、安全な場所まで移動しなければ。頭にあったのはそれだけで、必死で愛機を操縦し、なんとかここならばと思える場所までたどり着いた。
ようやく感情をおもてに出せるようになってきたリュークが、傷を負った自分に気づいて驚くほど不安げな様子を見せているのがわかった。その顔を見て、こんな表情をさせたいわけではないのにと思ったことまでは憶えている。だが、止血剤で応急処置にもならない手当てを終えて以降の記憶は完全に途切れていた。それからよもや、3日も経っていようとは。
不覚すぎる己の失態に、歯噛みせずにはいられなかった。だが、その3日、シリルに付き添って必死に看病にあたったのは、そのリュークだという。
シリルの意識が戻ったのを確認した途端、美貌のヒューマノイドはシリルの胸に顔を埋め、そのまま入れ替わるように意識を失った。寝ずの看病による疲労ゆえ、というより、長時間つづいた極度の緊張状態を脱したがゆえの安堵からくるものと思われた。
機内であり合わせの服を裂いて巻いただけだったはずの手当てが、気がつけばきちんとした包帯に替えられていた。なにより、急襲された場所に捨て置いてきたテントとエアマットは新調されており、そのテントの中で意識を取り戻したシリルの腕には、点滴が打たれていた。
体内にまわった毒を中和させる、適確な調合の薬液。
リュークの中に眠るユリウスの知識が、緊急の事態に対応すべく突き動かしたのだろうか。だが、これらの物資や薬剤は、どうしたというのか。
意識を失ったリュークにかわって3日間の出来事をつぶさに語ったのは、いつのまにか――というより、シリルが意識を失った直後に現れたという、ひとりの男だった。マティアスと名乗った巨漢はシリルの同業者であり、見覚えのあるその顔は、ミスリルの飲食店でリュークにちょっかいを出してシリルに叩きのめされた、酔っぱらい集団のリーダー格の男当人のものであった。
「いやあ、まさかあんたがあのシリル・ヴァーノンだったとは。噂に聞くかぎりじゃ、もっと年齢のいった、見るからに極悪人ってえ風情の鬼のような方だとばっかり思ってたもんで」
一見したところ、レスラーか犯罪者崩れといった風体の巨漢は照れたように笑った。シリルにしてみれば、見るからに極悪人然とした相手に鬼畜もどきと思われていたのでは、一緒になって笑う気にもなれなかった。
「まさかこんな若くて男前の兄さんとは思いもしやせんでしたぜ」
昏睡するシリルをテントに運んだのは、このマティアスだという。よくリュークが気を許したものだと思うが、男がシリルの許を尋ねたのには理由があった。ユリウスに関する調査報告のうち、データでの転送が憚られる内容に関して、イヴェールはマティアスに直接、ファイルの運搬を依頼したのだという。
夜盗崩れといった風体の人相の悪い男は、小さな目を精一杯見開いて、懸命にシリルに訴えた。
敵の放った銃弾に脇腹を深く抉られ、昏睡していたシリルが意識を取り戻したのは、撃たれた晩から3日後のことだった。
撃たれてまもなく、シリルは躰の異変に気がついた。かなりマズい状況に陥ったことは、その時点で自覚していた。ともかく確実に逃げきれる状況を確保して、安全な場所まで移動しなければ。頭にあったのはそれだけで、必死で愛機を操縦し、なんとかここならばと思える場所までたどり着いた。
ようやく感情をおもてに出せるようになってきたリュークが、傷を負った自分に気づいて驚くほど不安げな様子を見せているのがわかった。その顔を見て、こんな表情をさせたいわけではないのにと思ったことまでは憶えている。だが、止血剤で応急処置にもならない手当てを終えて以降の記憶は完全に途切れていた。それからよもや、3日も経っていようとは。
不覚すぎる己の失態に、歯噛みせずにはいられなかった。だが、その3日、シリルに付き添って必死に看病にあたったのは、そのリュークだという。
シリルの意識が戻ったのを確認した途端、美貌のヒューマノイドはシリルの胸に顔を埋め、そのまま入れ替わるように意識を失った。寝ずの看病による疲労ゆえ、というより、長時間つづいた極度の緊張状態を脱したがゆえの安堵からくるものと思われた。
機内であり合わせの服を裂いて巻いただけだったはずの手当てが、気がつけばきちんとした包帯に替えられていた。なにより、急襲された場所に捨て置いてきたテントとエアマットは新調されており、そのテントの中で意識を取り戻したシリルの腕には、点滴が打たれていた。
体内にまわった毒を中和させる、適確な調合の薬液。
リュークの中に眠るユリウスの知識が、緊急の事態に対応すべく突き動かしたのだろうか。だが、これらの物資や薬剤は、どうしたというのか。
意識を失ったリュークにかわって3日間の出来事をつぶさに語ったのは、いつのまにか――というより、シリルが意識を失った直後に現れたという、ひとりの男だった。マティアスと名乗った巨漢はシリルの同業者であり、見覚えのあるその顔は、ミスリルの飲食店でリュークにちょっかいを出してシリルに叩きのめされた、酔っぱらい集団のリーダー格の男当人のものであった。
「いやあ、まさかあんたがあのシリル・ヴァーノンだったとは。噂に聞くかぎりじゃ、もっと年齢のいった、見るからに極悪人ってえ風情の鬼のような方だとばっかり思ってたもんで」
一見したところ、レスラーか犯罪者崩れといった風体の巨漢は照れたように笑った。シリルにしてみれば、見るからに極悪人然とした相手に鬼畜もどきと思われていたのでは、一緒になって笑う気にもなれなかった。
「まさかこんな若くて男前の兄さんとは思いもしやせんでしたぜ」
昏睡するシリルをテントに運んだのは、このマティアスだという。よくリュークが気を許したものだと思うが、男がシリルの許を尋ねたのには理由があった。ユリウスに関する調査報告のうち、データでの転送が憚られる内容に関して、イヴェールはマティアスに直接、ファイルの運搬を依頼したのだという。
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