87 / 161
第8章 急襲
第1話(1)
しおりを挟む
「いやもう、あんな綺麗な貌して、やることがムチャクチャなんですわ」
夜盗崩れといった風体の人相の悪い男は、小さな目を精一杯見開いて、懸命にシリルに訴えた。
敵の放った銃弾に脇腹を深く抉られ、昏睡していたシリルが意識を取り戻したのは、撃たれた晩から3日後のことだった。
撃たれてまもなく、シリルは躰の異変に気がついた。かなりマズい状況に陥ったことは、その時点で自覚していた。ともかく確実に逃げきれる状況を確保して、安全な場所まで移動しなければ。頭にあったのはそれだけで、必死で愛機を操縦し、なんとかここならばと思える場所までたどり着いた。
ようやく感情をおもてに出せるようになってきたリュークが、傷を負った自分に気づいて驚くほど不安げな様子を見せているのがわかった。その顔を見て、こんな表情をさせたいわけではないのにと思ったことまでは憶えている。だが、止血剤で応急処置にもならない手当てを終えて以降の記憶は完全に途切れていた。それからよもや、3日も経っていようとは。
不覚すぎる己の失態に、歯噛みせずにはいられなかった。だが、その3日、シリルに付き添って必死に看病にあたったのは、そのリュークだという。
シリルの意識が戻ったのを確認した途端、美貌のヒューマノイドはシリルの胸に顔を埋め、そのまま入れ替わるように意識を失った。寝ずの看病による疲労ゆえ、というより、長時間つづいた極度の緊張状態を脱したがゆえの安堵からくるものと思われた。
機内であり合わせの服を裂いて巻いただけだったはずの手当てが、気がつけばきちんとした包帯に替えられていた。なにより、急襲された場所に捨て置いてきたテントとエアマットは新調されており、そのテントの中で意識を取り戻したシリルの腕には、点滴が打たれていた。
体内にまわった毒を中和させる、適確な調合の薬液。
リュークの中に眠るユリウスの知識が、緊急の事態に対応すべく突き動かしたのだろうか。だが、これらの物資や薬剤は、どうしたというのか。
意識を失ったリュークにかわって3日間の出来事をつぶさに語ったのは、いつのまにか――というより、シリルが意識を失った直後に現れたという、ひとりの男だった。マティアスと名乗った巨漢はシリルの同業者であり、見覚えのあるその顔は、ミスリルの飲食店でリュークにちょっかいを出してシリルに叩きのめされた、酔っぱらい集団のリーダー格の男当人のものであった。
「いやあ、まさかあんたがあのシリル・ヴァーノンだったとは。噂に聞くかぎりじゃ、もっと年齢のいった、見るからに極悪人ってえ風情の鬼のような方だとばっかり思ってたもんで」
一見したところ、レスラーか犯罪者崩れといった風体の巨漢は照れたように笑った。シリルにしてみれば、見るからに極悪人然とした相手に鬼畜もどきと思われていたのでは、一緒になって笑う気にもなれなかった。
「まさかこんな若くて男前の兄さんとは思いもしやせんでしたぜ」
昏睡するシリルをテントに運んだのは、このマティアスだという。よくリュークが気を許したものだと思うが、男がシリルの許を尋ねたのには理由があった。ユリウスに関する調査報告のうち、データでの転送が憚られる内容に関して、イヴェールはマティアスに直接、ファイルの運搬を依頼したのだという。
夜盗崩れといった風体の人相の悪い男は、小さな目を精一杯見開いて、懸命にシリルに訴えた。
敵の放った銃弾に脇腹を深く抉られ、昏睡していたシリルが意識を取り戻したのは、撃たれた晩から3日後のことだった。
撃たれてまもなく、シリルは躰の異変に気がついた。かなりマズい状況に陥ったことは、その時点で自覚していた。ともかく確実に逃げきれる状況を確保して、安全な場所まで移動しなければ。頭にあったのはそれだけで、必死で愛機を操縦し、なんとかここならばと思える場所までたどり着いた。
ようやく感情をおもてに出せるようになってきたリュークが、傷を負った自分に気づいて驚くほど不安げな様子を見せているのがわかった。その顔を見て、こんな表情をさせたいわけではないのにと思ったことまでは憶えている。だが、止血剤で応急処置にもならない手当てを終えて以降の記憶は完全に途切れていた。それからよもや、3日も経っていようとは。
不覚すぎる己の失態に、歯噛みせずにはいられなかった。だが、その3日、シリルに付き添って必死に看病にあたったのは、そのリュークだという。
シリルの意識が戻ったのを確認した途端、美貌のヒューマノイドはシリルの胸に顔を埋め、そのまま入れ替わるように意識を失った。寝ずの看病による疲労ゆえ、というより、長時間つづいた極度の緊張状態を脱したがゆえの安堵からくるものと思われた。
機内であり合わせの服を裂いて巻いただけだったはずの手当てが、気がつけばきちんとした包帯に替えられていた。なにより、急襲された場所に捨て置いてきたテントとエアマットは新調されており、そのテントの中で意識を取り戻したシリルの腕には、点滴が打たれていた。
体内にまわった毒を中和させる、適確な調合の薬液。
リュークの中に眠るユリウスの知識が、緊急の事態に対応すべく突き動かしたのだろうか。だが、これらの物資や薬剤は、どうしたというのか。
意識を失ったリュークにかわって3日間の出来事をつぶさに語ったのは、いつのまにか――というより、シリルが意識を失った直後に現れたという、ひとりの男だった。マティアスと名乗った巨漢はシリルの同業者であり、見覚えのあるその顔は、ミスリルの飲食店でリュークにちょっかいを出してシリルに叩きのめされた、酔っぱらい集団のリーダー格の男当人のものであった。
「いやあ、まさかあんたがあのシリル・ヴァーノンだったとは。噂に聞くかぎりじゃ、もっと年齢のいった、見るからに極悪人ってえ風情の鬼のような方だとばっかり思ってたもんで」
一見したところ、レスラーか犯罪者崩れといった風体の巨漢は照れたように笑った。シリルにしてみれば、見るからに極悪人然とした相手に鬼畜もどきと思われていたのでは、一緒になって笑う気にもなれなかった。
「まさかこんな若くて男前の兄さんとは思いもしやせんでしたぜ」
昏睡するシリルをテントに運んだのは、このマティアスだという。よくリュークが気を許したものだと思うが、男がシリルの許を尋ねたのには理由があった。ユリウスに関する調査報告のうち、データでの転送が憚られる内容に関して、イヴェールはマティアスに直接、ファイルの運搬を依頼したのだという。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる