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第7章 追憶

第2話(3)

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「ま、産み捨てずに孤児院に預けただけ、いくぶんマシな女だったんだろうと感謝はしてる」
「寂しくは、なかったですか?」

 思いがけない質問に、シリルは思わず目を瞠った。が、すぐにその表情をなごませた。そんな問いを投げかけてくるほどには、感情というものがリュークの中にも馴染んできたということなのだろう。

「おなじ境遇の連中と一緒にいれば、自分だけが特別とは思わないからな。それが普通なんだと思ってた」

 言いながら、自分の右手に嵌めていたものをはずしたシリルは、リュークのほうへ差し出した。受け取ったリュークの掌に、シリルの本来のIDが登録されたリングがあった。
 イヴェールの店で作ってもらった、自分のIDとおなじシンプルなデザインのリング。だがそこに、リューク自身のリングにはない、青い石が埋めこまれていた。

「孤児院に預けられたときに、一緒に持たされていたものらしい」

 シリルは言った。

「持たされた当初はブレスレットだったんだが、そういう装飾品を身につける習慣は俺にはないし、持ち歩くのにも不便だからな。石だけをはずして加工したんだ」
「ブルーダイヤ、ですか?」
「ああ。わかるか?」

 訊かれて、自分自身が宝石のような美しさを放つ艶麗えんれいなヒューマノイドは、きっぱりと明言した。

「とても、質の高いものだと思います」
「らしいな。ただのガラス玉かと思っていたんだが、かなり値打ちのあるものだと聞いて正直驚いた」
「あなたは、ただ産み捨てられたわけではなく、これを残された方には、なにかそうせざるを得ない、とても深い事情があったのでしょう」
 述懐したあとで、リュークは付け加えた。

「この石を託された方が、いかにあなたを大切に想われていたのかが、よくわかります」

 わずかに目を瞠ったシリルは、直後に苦笑を閃かせた。

「なにか?」
「いや、ちょっとな」

 怪訝な表情を浮かべるリュークに、シリルは苦笑いを浮かべたまま白状した。

「ガキのころに一度、そういう思いをまったく理解しないまま、安易な気持ちで売り払おうとしたことがあってな」

 当然その当時は、ブレスレットに埋めこまれている石の真価をまるでわかっておらず、二束三文どころか、タダ同然の値段で小遣いがわりに売りさばこうとした。それをどこで聞きつけたのか、闇市の取引現場まで乗りこんできて阻止した人物がいた。

「俺のいた孤児院に勤めてた、職員のひとりだったんだ」

 シリルが孤児院に引き取られるのとほぼおなじころから働きはじめたその職員の名を、ノエラといった。若く快活で、働き者だった彼女は、子供たちに姉のように慕われる存在だった。そのノエラがわざわざ闇市まで乗りこんできたことにシリルは驚いた。それどころか、ひと癖もふた癖もある闇商人相手に啖呵を切り、成立しかけた取引を白紙に戻させた。なにも知らない子供相手に、タダ同然で大儲けができる絶好の機会である。本来であれば、決して引き下がるはずのない状況だった。だが、このときばかりはノエラの尋常ならざる剣幕に恐れをなし、相手も言われるまま、すごすごと引き下がった。そして、軽い気持ちで小遣い稼ぎをしようと企んだシリル当人はといえば、

「拳で殴り飛ばされて、奥歯3本へし折られた」

 目を瞠る美貌のヒューマノイドに、「女が拳で殴るとか、普通あり得ねえよなぁ」と声を立てずに笑った。
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