74 / 161
第6章 変化
第2話(3)
しおりを挟む
見るのは、おなじ場面ではない。だが、おなじ人物のたどった記憶であることがわかる。時系列はバラバラ。毎夜見るわけではない。そう思っていたところ、頻度が上がってくるのが自分でもわかるようになった。同時に、睡眠の深さに応じて、ひと晩に見る夢の回数も増えていった。自分とおなじ姿をした、自分ではない人物の苦悩、焦燥、嘆き――
自分の中に流れこんでくる感情の奔流。
シリルとの交流を通じて感情のひとつひとつを確かめながら自分のものにしていくとともに、リュークはその夢によっても深い懊悩というものを体感していくことになる。
シリルと出逢う以前には、見ることのなかった『夢』。
それが、研究所を出たことやシリルとのかかわりの中でなんらかのスイッチが入ったのだろう。目覚めて実感する重苦しさが、『滅入る』ということなのだとはじめて知った。夢の中の人物のあまりの絶望の深さに耐えられなくなり、夜中に目が覚めるようにもなった。その頻度も、夢を見る回数に比例して飛躍的に増えていった。そういった過程の途中でリュークが打ち明けたため、シリルはその変化に随時対応していくようになった。
テントの中で、はじめて心音を聴かせたことが一種の刷りこみになったのかもしれない。抱き寄せた腕の中で、シリルの胸に耳を当てると、強い硬張りが解けて安心した表情を見せるようになった。悪夢に襲われたときでも、そうしてやることで眠ることができる。性的な意図もなく他人と抱き合って寝るなど、シリルにとってもついぞ経験のないことだったが、人慣れしていないヒューマノイドがそれで安心できるというのなら、その程度の手間など造作もないことだった。
いまもまた、リュークはいつしか、シリルの腕の中で静かな寝息を立てはじめていた。彫刻のように整った優艶な造形美が、悪夢から目覚めた直後の緊張と不安を解いて穏やかなものに変わっている。どれほどの悪夢に苛まれようと、シリルを気遣って叫び声を押し殺し、独りでその恐怖と不安に耐えようとする様子がいじらしい。それは、リュークに限定された特性ではなく、本来の遺伝子を有していた人物そのものが、そのような細やかな配慮をする人間だったということを意味している。
前国王イアン・アルフレッドに仕えたバイオテクノロジーの第一人者。
そのイアンは、7年前に53歳の若さで病歿していた。くだんの人物は、その病に関する研究に従事していたということか。
王家の血の呪い――リューク自身がその呪いに関係した問題を解くための『鍵』となる。そういう認識で間違いないのだろう。そのための王都行き。とすれば、先王につづいて現国王、クリストファー・ガブリエルにも呪いの余波が及んでいることになる。さらにもうひとつ気になるのが、シュミット研究所を大破させて研究員らを皆殺しにし、いまなお民間の軍事組織を刺客として送りつづけている王室管理局の存在である。
主に王室の財政面に関する管理を担当しているこの機関が、どのような事情で王家の問題に関与し、『鍵』を横取りしようとしているのか。
いずれにせよ、キュプロスを出立してからじきに、王都まで残り半分の行程に差しかかろうとしている。この先にこそ、危険な罠が仕掛けられていることは間違いなかった。
無事、リュークを王都に送り届けられるかどうかは、すべてシリルの手腕にかかっていた。
だが、無事に送り届けたとして、その先は――
己の腕の中で、胸から伝わる鼓動を子守歌がわりに眠る白皙の美貌を見やりながら、シリルはその行く先にあるリュークの未来が平穏であるよう、願わずにはいられなかった。
自分の中に流れこんでくる感情の奔流。
シリルとの交流を通じて感情のひとつひとつを確かめながら自分のものにしていくとともに、リュークはその夢によっても深い懊悩というものを体感していくことになる。
シリルと出逢う以前には、見ることのなかった『夢』。
それが、研究所を出たことやシリルとのかかわりの中でなんらかのスイッチが入ったのだろう。目覚めて実感する重苦しさが、『滅入る』ということなのだとはじめて知った。夢の中の人物のあまりの絶望の深さに耐えられなくなり、夜中に目が覚めるようにもなった。その頻度も、夢を見る回数に比例して飛躍的に増えていった。そういった過程の途中でリュークが打ち明けたため、シリルはその変化に随時対応していくようになった。
テントの中で、はじめて心音を聴かせたことが一種の刷りこみになったのかもしれない。抱き寄せた腕の中で、シリルの胸に耳を当てると、強い硬張りが解けて安心した表情を見せるようになった。悪夢に襲われたときでも、そうしてやることで眠ることができる。性的な意図もなく他人と抱き合って寝るなど、シリルにとってもついぞ経験のないことだったが、人慣れしていないヒューマノイドがそれで安心できるというのなら、その程度の手間など造作もないことだった。
いまもまた、リュークはいつしか、シリルの腕の中で静かな寝息を立てはじめていた。彫刻のように整った優艶な造形美が、悪夢から目覚めた直後の緊張と不安を解いて穏やかなものに変わっている。どれほどの悪夢に苛まれようと、シリルを気遣って叫び声を押し殺し、独りでその恐怖と不安に耐えようとする様子がいじらしい。それは、リュークに限定された特性ではなく、本来の遺伝子を有していた人物そのものが、そのような細やかな配慮をする人間だったということを意味している。
前国王イアン・アルフレッドに仕えたバイオテクノロジーの第一人者。
そのイアンは、7年前に53歳の若さで病歿していた。くだんの人物は、その病に関する研究に従事していたということか。
王家の血の呪い――リューク自身がその呪いに関係した問題を解くための『鍵』となる。そういう認識で間違いないのだろう。そのための王都行き。とすれば、先王につづいて現国王、クリストファー・ガブリエルにも呪いの余波が及んでいることになる。さらにもうひとつ気になるのが、シュミット研究所を大破させて研究員らを皆殺しにし、いまなお民間の軍事組織を刺客として送りつづけている王室管理局の存在である。
主に王室の財政面に関する管理を担当しているこの機関が、どのような事情で王家の問題に関与し、『鍵』を横取りしようとしているのか。
いずれにせよ、キュプロスを出立してからじきに、王都まで残り半分の行程に差しかかろうとしている。この先にこそ、危険な罠が仕掛けられていることは間違いなかった。
無事、リュークを王都に送り届けられるかどうかは、すべてシリルの手腕にかかっていた。
だが、無事に送り届けたとして、その先は――
己の腕の中で、胸から伝わる鼓動を子守歌がわりに眠る白皙の美貌を見やりながら、シリルはその行く先にあるリュークの未来が平穏であるよう、願わずにはいられなかった。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
我ら新興文明保護艦隊
ビーデシオン
SF
もしも道行く野良猫が、百戦錬磨の獣戦士だったら?
もしも冴えないサラリーマンが、戦争上がりのアンドロイドだったら?
これは、実際にそんな空想めいた素性をもって、陰ながら地球を守っているエージェントたちのお話。
※表紙絵はひのたけきょー(@HinotakeDaYo)様より頂きました!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~
青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。
※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる