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第6章 変化
第1話(5)
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「シリル?」
「いや、悪い。殺し文句ってのは、べつに本当に殺傷力があるわけじゃない。ついでに暴言でも失言でもないから安心しろ」
「ですが――」
「そうじゃなくて、その……、ちょっと照れくさかっただけだ」
クリスタル・ブルーの双眸が、ゆっくりと瞬いた。意味がまったくわからない。その表情が、そう語っていた。しかしシリルは、それ以上の説明を避けた。それこそ照れくさすぎて、とても説明する気にはなれなかった。
たかだか10日。血の通わないビスクドールが、自分とのやりとりを通じて着実に『心』を育ませつつある。それは、思いのほか嬉しい変化だった。
おそらく科学開発技術省側が望んでいるのは、こういうことなのだろう。だが、迂遠すぎるそのやり口に、不可解な点が多いこともまた否めなかった。会話の途中で話が逸れたため説明が中途となったが、イーグルワンを最初に狙ってジェット機の機能のみを凍結させたのは、依頼者側の仕組んだ意図的な展開だったと思われる。従前より抱いていた疑念は、いましがたのハンとのやりとりで確信へと変わった。
愛機の件に関しては、シリルははじめから、科学開発技術省を疑っていた。理由は、ジェット機への切り替え機能のみに不具合が生じて、その他はまったく正常という手口があまりにきれいすぎたことにあった。狙撃手の技能がよほど優れており、狙う場所をはじめから一点に絞っていなければ、こうはならない。なにより、その決定打となった砲弾が、追っ手である民間軍事会社の使用する物とは種類が異なっていた。さらにその砲弾は、シリルの記憶に間違いがなければ、国の中枢機関で扱っているものと同一であったことなども理由に挙げられる。
リュークが狙われることをあらかじめ想定していればこそのシリルを名指ししての依頼だった。その世界でも名の知られたシリルならば、王都までの道中、どれほど腕利きの連中が束になってリュークを狙おうと確実に護りきってみせる。空路の手段を断ち切られ、陸路のみで移動することになったとしても、あっさり追っ手にやられるようなこともあるまい。その手腕を見込まれての依頼だったことは間違いなかった。
だがそこで、イーグルワンの機能をあえて損なう意味がわからなかった。リュークの心の成長のために、じっくり時間をかけて陸路で王都まで連れてきてほしい。目的がそこにあるなら、はじめからそう依頼すればいいだけのことである。そもそも、その教育係にシリルが割り振られていること自体が不可解だった。桁外れの製造費をかけて、これほどの優れたヒューマノイドを生み出しておきながら、もっとも肝腎の部分を素人に丸投げする。果たして、その意図するところはなんなのか。
仮契約の段階では、リュークを一個の人間として扱う自分のやりようは依頼主の意に染まぬ可能性もあるのではないか、そう懸念する部分もあった。しかし、いましがたのハンとのやりとりで、やはりそれもまた、依頼内容の中に含まれていたことを確信した。
すべて、そちらのよろしいように――
いったいそこに、どんな真意が含まれているのか。
疑念は残されたままだったが、シリルは変わらず、自分の様子を窺っているリュークに向かって別のことを口にした。
「おまえが感じてる『あったかいもの』は、そのうちもっと、俺以外のいろんな人間とのやりとりの中でも感じる機会が増えるはずだ」
「ほかの人たちとも?」
「ああ。いまは日常的に接する人間は俺だけだが、いずれはおまえも、多くの人間と関わっていくことになる。王都への到着を急がないというのは、そこに、おまえの人としての成長も見込まれているからだ。だからおまえは、そういう感覚のひとつひとつを大事にしていけ」
シリルの言葉に、純然たる光をその瞳に湛えた美貌のヒューマノイドは、しばしその意味を吟味した後に「はい」と頷いた。
「いや、悪い。殺し文句ってのは、べつに本当に殺傷力があるわけじゃない。ついでに暴言でも失言でもないから安心しろ」
「ですが――」
「そうじゃなくて、その……、ちょっと照れくさかっただけだ」
クリスタル・ブルーの双眸が、ゆっくりと瞬いた。意味がまったくわからない。その表情が、そう語っていた。しかしシリルは、それ以上の説明を避けた。それこそ照れくさすぎて、とても説明する気にはなれなかった。
たかだか10日。血の通わないビスクドールが、自分とのやりとりを通じて着実に『心』を育ませつつある。それは、思いのほか嬉しい変化だった。
おそらく科学開発技術省側が望んでいるのは、こういうことなのだろう。だが、迂遠すぎるそのやり口に、不可解な点が多いこともまた否めなかった。会話の途中で話が逸れたため説明が中途となったが、イーグルワンを最初に狙ってジェット機の機能のみを凍結させたのは、依頼者側の仕組んだ意図的な展開だったと思われる。従前より抱いていた疑念は、いましがたのハンとのやりとりで確信へと変わった。
愛機の件に関しては、シリルははじめから、科学開発技術省を疑っていた。理由は、ジェット機への切り替え機能のみに不具合が生じて、その他はまったく正常という手口があまりにきれいすぎたことにあった。狙撃手の技能がよほど優れており、狙う場所をはじめから一点に絞っていなければ、こうはならない。なにより、その決定打となった砲弾が、追っ手である民間軍事会社の使用する物とは種類が異なっていた。さらにその砲弾は、シリルの記憶に間違いがなければ、国の中枢機関で扱っているものと同一であったことなども理由に挙げられる。
リュークが狙われることをあらかじめ想定していればこそのシリルを名指ししての依頼だった。その世界でも名の知られたシリルならば、王都までの道中、どれほど腕利きの連中が束になってリュークを狙おうと確実に護りきってみせる。空路の手段を断ち切られ、陸路のみで移動することになったとしても、あっさり追っ手にやられるようなこともあるまい。その手腕を見込まれての依頼だったことは間違いなかった。
だがそこで、イーグルワンの機能をあえて損なう意味がわからなかった。リュークの心の成長のために、じっくり時間をかけて陸路で王都まで連れてきてほしい。目的がそこにあるなら、はじめからそう依頼すればいいだけのことである。そもそも、その教育係にシリルが割り振られていること自体が不可解だった。桁外れの製造費をかけて、これほどの優れたヒューマノイドを生み出しておきながら、もっとも肝腎の部分を素人に丸投げする。果たして、その意図するところはなんなのか。
仮契約の段階では、リュークを一個の人間として扱う自分のやりようは依頼主の意に染まぬ可能性もあるのではないか、そう懸念する部分もあった。しかし、いましがたのハンとのやりとりで、やはりそれもまた、依頼内容の中に含まれていたことを確信した。
すべて、そちらのよろしいように――
いったいそこに、どんな真意が含まれているのか。
疑念は残されたままだったが、シリルは変わらず、自分の様子を窺っているリュークに向かって別のことを口にした。
「おまえが感じてる『あったかいもの』は、そのうちもっと、俺以外のいろんな人間とのやりとりの中でも感じる機会が増えるはずだ」
「ほかの人たちとも?」
「ああ。いまは日常的に接する人間は俺だけだが、いずれはおまえも、多くの人間と関わっていくことになる。王都への到着を急がないというのは、そこに、おまえの人としての成長も見込まれているからだ。だからおまえは、そういう感覚のひとつひとつを大事にしていけ」
シリルの言葉に、純然たる光をその瞳に湛えた美貌のヒューマノイドは、しばしその意味を吟味した後に「はい」と頷いた。
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