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第6章 変化
第1話(4)
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「そういう顔ができるようになったのは、不都合どころか、むしろいいことだと俺は思うがな。おまえ自身がそれをどう思うかは、また別の話だが」
「顔……」
「最初の、それこそ血の通ってない人形みたいな無表情と抑揚のない話し口調に較べると、だいぶ表情が豊かになってきてる。自分で気づかないか?」
まったく自覚はなかったようで、リュークは無言でかぶりを振った。シリルは腕を伸ばして、やわらかな金の頭髪をくしゃりと掻き交ぜた。シリルの手が退くと同時に、リュークが自分の頭に手をやる。
「なんだ? 嫌か?」
訊かれて、生真面目なヒューマノイドは、やはり生真面目にかぶりを振って逆に質問を返した。
「嫌ではありません。ですが、この行為にはなんの意味があるのですか?」
「なにって……」
やはり頭を撫でられるたびに、その意味について真剣に考えつづけていたようだとシリルは可笑しくなった。そのうち自力で答えを見いだすかとも思ったが、それはまだ難しかったようである。ここで変に言葉を飾ったり取り繕ったところで意味がない。シリルは率直に応じた。
「まあ、あれだな。好意だったり愛情だったりのあらわれ、ってやつだな」
「好意や愛情……」
「日増しに人間らしくなってくおまえが、俺は嫌いじゃない。ま、そういうことだ」
「私はあなたにとって、『幼いもの』なのでしょうか?」
「どういうことだ?」
「これまで街中で、幼い子供や愛玩動物などに、おなじようにしている人たちを幾度か見かけました」
なるほど、とシリルは感心した。闇雲な質問ではなく、人間観察もそのようにおこなってきたうえでの問いだったというわけである。
「ある意味、おまえに幼い部分があるのはたしかだな。生まれてまもないからこそ、知らずにいることも多い。だが、完全な子供とまでは思ってない。そうだな、感覚として近いのは、世間知らずってとこか」
「世間知らず……」
リュークは口の中でシリルの言ったことを反芻する。どこまで理解できているのかは怪しいところだった。
「とりあえず、いまのおまえが俺の庇護下に置かれてることは間違いない。そういう関係の中で、おまえの言動を好ましく思ったり、あるいは励ましたくなるときにちょっとしたスキンシップを試みてる。そんなとこだな。抵抗があるならやめるが」
「それはありません」
思いのほかきっぱりとした答えが返ってきて、シリルのほうがかえって驚いた。しかし、驚いたのはそれだけではなかった。
「あなたにいまのように触れられると、このあたりになにか、自分でもよくわからない、あたたかいものを感じるような気がしていました。ですからずっと、あなたがなにかしているのかと思ったのです」
リュークが自分で触れた『このあたり』は、胸のあたりだった。触れられた箇所とまったく違う部分があたたかくなる。その原因を知りたくてずっと考えていた。真顔で言われた途端、シリルは口許を押さえて窓の外に目をやった。
「シリル?」
怪訝そうに呼びかけられ、シリルは顔を背けたままなんでもないと片手を挙げた。
「私はまた、なにか失礼なことを?」
「いや、違う違う」
挙げた手をヒラヒラと振って、そのまま自分の顔を煽ぐ。そして苦笑した。
「まさか、そうくるとはな。掛け値なしの直球だから、すげえ威力あるわ。とんでもない殺し文句だな」
「……ひょっとして、いまのは、あなたの精神にひどいダメージを与える暴言だったのでしょうか?」
不安そうに訊かれて、シリルはとうとう吹き出した。
「顔……」
「最初の、それこそ血の通ってない人形みたいな無表情と抑揚のない話し口調に較べると、だいぶ表情が豊かになってきてる。自分で気づかないか?」
まったく自覚はなかったようで、リュークは無言でかぶりを振った。シリルは腕を伸ばして、やわらかな金の頭髪をくしゃりと掻き交ぜた。シリルの手が退くと同時に、リュークが自分の頭に手をやる。
「なんだ? 嫌か?」
訊かれて、生真面目なヒューマノイドは、やはり生真面目にかぶりを振って逆に質問を返した。
「嫌ではありません。ですが、この行為にはなんの意味があるのですか?」
「なにって……」
やはり頭を撫でられるたびに、その意味について真剣に考えつづけていたようだとシリルは可笑しくなった。そのうち自力で答えを見いだすかとも思ったが、それはまだ難しかったようである。ここで変に言葉を飾ったり取り繕ったところで意味がない。シリルは率直に応じた。
「まあ、あれだな。好意だったり愛情だったりのあらわれ、ってやつだな」
「好意や愛情……」
「日増しに人間らしくなってくおまえが、俺は嫌いじゃない。ま、そういうことだ」
「私はあなたにとって、『幼いもの』なのでしょうか?」
「どういうことだ?」
「これまで街中で、幼い子供や愛玩動物などに、おなじようにしている人たちを幾度か見かけました」
なるほど、とシリルは感心した。闇雲な質問ではなく、人間観察もそのようにおこなってきたうえでの問いだったというわけである。
「ある意味、おまえに幼い部分があるのはたしかだな。生まれてまもないからこそ、知らずにいることも多い。だが、完全な子供とまでは思ってない。そうだな、感覚として近いのは、世間知らずってとこか」
「世間知らず……」
リュークは口の中でシリルの言ったことを反芻する。どこまで理解できているのかは怪しいところだった。
「とりあえず、いまのおまえが俺の庇護下に置かれてることは間違いない。そういう関係の中で、おまえの言動を好ましく思ったり、あるいは励ましたくなるときにちょっとしたスキンシップを試みてる。そんなとこだな。抵抗があるならやめるが」
「それはありません」
思いのほかきっぱりとした答えが返ってきて、シリルのほうがかえって驚いた。しかし、驚いたのはそれだけではなかった。
「あなたにいまのように触れられると、このあたりになにか、自分でもよくわからない、あたたかいものを感じるような気がしていました。ですからずっと、あなたがなにかしているのかと思ったのです」
リュークが自分で触れた『このあたり』は、胸のあたりだった。触れられた箇所とまったく違う部分があたたかくなる。その原因を知りたくてずっと考えていた。真顔で言われた途端、シリルは口許を押さえて窓の外に目をやった。
「シリル?」
怪訝そうに呼びかけられ、シリルは顔を背けたままなんでもないと片手を挙げた。
「私はまた、なにか失礼なことを?」
「いや、違う違う」
挙げた手をヒラヒラと振って、そのまま自分の顔を煽ぐ。そして苦笑した。
「まさか、そうくるとはな。掛け値なしの直球だから、すげえ威力あるわ。とんでもない殺し文句だな」
「……ひょっとして、いまのは、あなたの精神にひどいダメージを与える暴言だったのでしょうか?」
不安そうに訊かれて、シリルはとうとう吹き出した。
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