上 下
69 / 161
第6章 変化

第1話(3)

しおりを挟む
 シリルが黙って様子を見守っていると、しばし沈黙した経験値の低いヒューマノイドは、まずはじめに謝罪の言葉を口にした。

「すみません、シリル。あなたの能力を貶める言いかたになっていたことに気づきませんでした。軽率であったことをお詫びします」

 真摯かつ神妙に許しを請われ、静黙して煙草を吹かしていたシリルは小さく嘆息した。

「俺がおまえの言いようにムカついたのは、そんなことじゃねえよ」

 低く言い放って、煙草の火を揉み消した。心の機微がまだよくわからない相手に、複雑な心理を自力で酌み取れというのは酷な話だろう。シリルは助手席の相手に向きなおると、口調と表情をいくぶんやわらげて、なにが問題だったのかを説明した。

「おまえは少し、自分の価値を低く見積もりすぎてる。データさえ残ればそれでいいなんて、生命をなんだと思ってる。ヒューマノイドだろうがなんだろうが、おまえがこの世に生を受けて、生身の部分を持って生きてることに変わりはねえだろが。鼓動が止まれば機能が停止するんじゃねえ。それはな、『死ぬ』っていうんだよ」

 そんなふうに考えたことなどなかった。かすかに見開かれた双眸が、雄弁に思いを物語っていた。シリルは、そんなリュークに向かって言った。

「なにがあっても俺はおまえを傷つけさせたりしないし、死なせたりもしない。この俺がそうやって大事に護ってやってる生命を、おまえが自分で粗略に扱うことは許さねえ。ようするに、そういうことだ」
 わかるか? 尋ねたシリルの目をしばらく見返していたクリスタル・ブルーの瞳が、不意に逸らされた。それは、リュークがはじめて見せた動揺だった。

「なんだよ、おまえ。まさかほんとに自分を物扱いしてたんじゃないだろうな?」

 シリルに顔を覗きこまれて、リュークは困りきったように視線を彷徨さまよわせた。

「あの、申し訳ありません。よく……、わかりません……」
 いつもの淡々とした物言いではなく、いまにも消え入りそうな声。成長の跡が窺えるその反応に満足して、シリルは口の端をかすかに上げた。

「ま、悪いのはおまえじゃなく、研究所にいた連中だよな」

 逸らされていた視線が、怪訝な色合いを含んで意味を問うようにシリルの上に戻された。シリルはそれに、おどけた表情を返してみせた。

「テーブルマナーなんてどうでもいいことじゃなく、おまえも立派に、一個の人間だってことを教えなかったのは怠慢もいいとこだ」
「ですが私は――」
「『クラヴィス』――そう呼ばれて人間扱いされなかった。むしろ大事な役目を果たす道具だと言われて、そのように扱われてきた」

 シリルの言葉に、美貌のヒューマノイドは無言で頷いた。シリルはそれへ向かって、失礼な話だ、と顔を蹙めた。

「おまえは学習能力も高いし、人一倍豊かな感受性も備えてる。おまえを生み出した連中が、いちばんそれをわかってたはずだがな」
「ですが私は、自分が『鍵』として扱われることに、とくに不都合を感じることはありませんでした」
「そりゃそうだろうよ。『人間』の部分を知らなきゃ、不都合なんて感じようがねえ。不満も疑問もな」
「ひょっとして、さまざまなことを学んで経験していくことで、これまでには抱くことがなかった不都合を感じるようになっていくのでしょうか?」
「さあな、それはおまえ次第なんじゃないか」

 あっさり返されて、リュークは戸惑いの色を浮かべた。その顔を見て、シリルは今度こそ笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

処理中です...