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第6章 変化
第1話(3)
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シリルが黙って様子を見守っていると、しばし沈黙した経験値の低いヒューマノイドは、まずはじめに謝罪の言葉を口にした。
「すみません、シリル。あなたの能力を貶める言いかたになっていたことに気づきませんでした。軽率であったことをお詫びします」
真摯かつ神妙に許しを請われ、静黙して煙草を吹かしていたシリルは小さく嘆息した。
「俺がおまえの言いようにムカついたのは、そんなことじゃねえよ」
低く言い放って、煙草の火を揉み消した。心の機微がまだよくわからない相手に、複雑な心理を自力で酌み取れというのは酷な話だろう。シリルは助手席の相手に向きなおると、口調と表情をいくぶんやわらげて、なにが問題だったのかを説明した。
「おまえは少し、自分の価値を低く見積もりすぎてる。データさえ残ればそれでいいなんて、生命をなんだと思ってる。ヒューマノイドだろうがなんだろうが、おまえがこの世に生を受けて、生身の部分を持って生きてることに変わりはねえだろが。鼓動が止まれば機能が停止するんじゃねえ。それはな、『死ぬ』っていうんだよ」
そんなふうに考えたことなどなかった。かすかに見開かれた双眸が、雄弁に思いを物語っていた。シリルは、そんなリュークに向かって言った。
「なにがあっても俺はおまえを傷つけさせたりしないし、死なせたりもしない。この俺がそうやって大事に護ってやってる生命を、おまえが自分で粗略に扱うことは許さねえ。ようするに、そういうことだ」
わかるか? 尋ねたシリルの目をしばらく見返していたクリスタル・ブルーの瞳が、不意に逸らされた。それは、リュークがはじめて見せた動揺だった。
「なんだよ、おまえ。まさかほんとに自分を物扱いしてたんじゃないだろうな?」
シリルに顔を覗きこまれて、リュークは困りきったように視線を彷徨わせた。
「あの、申し訳ありません。よく……、わかりません……」
いつもの淡々とした物言いではなく、いまにも消え入りそうな声。成長の跡が窺えるその反応に満足して、シリルは口の端をかすかに上げた。
「ま、悪いのはおまえじゃなく、研究所にいた連中だよな」
逸らされていた視線が、怪訝な色合いを含んで意味を問うようにシリルの上に戻された。シリルはそれに、おどけた表情を返してみせた。
「テーブルマナーなんてどうでもいいことじゃなく、おまえも立派に、一個の人間だってことを教えなかったのは怠慢もいいとこだ」
「ですが私は――」
「『鍵』――そう呼ばれて人間扱いされなかった。むしろ大事な役目を果たす道具だと言われて、そのように扱われてきた」
シリルの言葉に、美貌のヒューマノイドは無言で頷いた。シリルはそれへ向かって、失礼な話だ、と顔を蹙めた。
「おまえは学習能力も高いし、人一倍豊かな感受性も備えてる。おまえを生み出した連中が、いちばんそれをわかってたはずだがな」
「ですが私は、自分が『鍵』として扱われることに、とくに不都合を感じることはありませんでした」
「そりゃそうだろうよ。『人間』の部分を知らなきゃ、不都合なんて感じようがねえ。不満も疑問もな」
「ひょっとして、さまざまなことを学んで経験していくことで、これまでには抱くことがなかった不都合を感じるようになっていくのでしょうか?」
「さあな、それはおまえ次第なんじゃないか」
あっさり返されて、リュークは戸惑いの色を浮かべた。その顔を見て、シリルは今度こそ笑った。
「すみません、シリル。あなたの能力を貶める言いかたになっていたことに気づきませんでした。軽率であったことをお詫びします」
真摯かつ神妙に許しを請われ、静黙して煙草を吹かしていたシリルは小さく嘆息した。
「俺がおまえの言いようにムカついたのは、そんなことじゃねえよ」
低く言い放って、煙草の火を揉み消した。心の機微がまだよくわからない相手に、複雑な心理を自力で酌み取れというのは酷な話だろう。シリルは助手席の相手に向きなおると、口調と表情をいくぶんやわらげて、なにが問題だったのかを説明した。
「おまえは少し、自分の価値を低く見積もりすぎてる。データさえ残ればそれでいいなんて、生命をなんだと思ってる。ヒューマノイドだろうがなんだろうが、おまえがこの世に生を受けて、生身の部分を持って生きてることに変わりはねえだろが。鼓動が止まれば機能が停止するんじゃねえ。それはな、『死ぬ』っていうんだよ」
そんなふうに考えたことなどなかった。かすかに見開かれた双眸が、雄弁に思いを物語っていた。シリルは、そんなリュークに向かって言った。
「なにがあっても俺はおまえを傷つけさせたりしないし、死なせたりもしない。この俺がそうやって大事に護ってやってる生命を、おまえが自分で粗略に扱うことは許さねえ。ようするに、そういうことだ」
わかるか? 尋ねたシリルの目をしばらく見返していたクリスタル・ブルーの瞳が、不意に逸らされた。それは、リュークがはじめて見せた動揺だった。
「なんだよ、おまえ。まさかほんとに自分を物扱いしてたんじゃないだろうな?」
シリルに顔を覗きこまれて、リュークは困りきったように視線を彷徨わせた。
「あの、申し訳ありません。よく……、わかりません……」
いつもの淡々とした物言いではなく、いまにも消え入りそうな声。成長の跡が窺えるその反応に満足して、シリルは口の端をかすかに上げた。
「ま、悪いのはおまえじゃなく、研究所にいた連中だよな」
逸らされていた視線が、怪訝な色合いを含んで意味を問うようにシリルの上に戻された。シリルはそれに、おどけた表情を返してみせた。
「テーブルマナーなんてどうでもいいことじゃなく、おまえも立派に、一個の人間だってことを教えなかったのは怠慢もいいとこだ」
「ですが私は――」
「『鍵』――そう呼ばれて人間扱いされなかった。むしろ大事な役目を果たす道具だと言われて、そのように扱われてきた」
シリルの言葉に、美貌のヒューマノイドは無言で頷いた。シリルはそれへ向かって、失礼な話だ、と顔を蹙めた。
「おまえは学習能力も高いし、人一倍豊かな感受性も備えてる。おまえを生み出した連中が、いちばんそれをわかってたはずだがな」
「ですが私は、自分が『鍵』として扱われることに、とくに不都合を感じることはありませんでした」
「そりゃそうだろうよ。『人間』の部分を知らなきゃ、不都合なんて感じようがねえ。不満も疑問もな」
「ひょっとして、さまざまなことを学んで経験していくことで、これまでには抱くことがなかった不都合を感じるようになっていくのでしょうか?」
「さあな、それはおまえ次第なんじゃないか」
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