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第6章 変化
第1話(2)
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一見穏やかで柔和な物腰の紳士だが、なるほど、前任者が暗殺されたポストに座るだけのことはある。ひと筋縄ではいかないことを、この一事をもってよくよく理解した。
ひととおりの内容確認を済ませた後、シリルは最後に念を押した。
「王都までは、おそらくあと半月以上はかかる。その点も了承しているという認識でかまわないな?」
「かまいません。すべて、そちらのよろしいようにお取り計らいください」
「承知した」
淡然と応じて、シリルは通話を切った。リュークはどうしているのかと、ハンは一度も尋ねなかった。シリルがリュークをどう扱っているのか、ということさえも。
すべて、そちらのよろしいように。
その言葉に、先方の意図が透けて見えるようだった。
「なるほどね。イーグルの件は仕組まれたことだったか……」
独りごちたシリルは、声を立てずに笑った。
なんという無謀な真似をするのだろうか。これでシリルが追っ手に狙い撃ちにされ、まんまとやられるようなことがあったらどうするつもりだったというのか。否、だからこその違約金の条項だったともいえる。いずれにせよ、とても正気の沙汰とは思えなかった。
ふと傍らを顧みると、クリスタル・ブルーの双眸が静謐な気配を漂わせてじっとこちらの様子を窺っていた。シリルはそれへ向かって、本契約を正式に取り交わしたことを伝えた。
「なにが仕組まれていたのですか?」
真面目な顔で問われ、シリルは軽い調子で眉を上下させる。そして言った。
「王都へは急がなくていいそうだ。のんびり旅を楽しめ。そういうことらしい」
意訳されすぎた内容に、美貌のヒューマノイドは思案顔で瞬きをした。
「……よく、理解できません。時間的にも経費の面でも、さまざまな部分で無駄が多すぎるのでは?」
「さあなぁ。意図はわからんが、その『無駄』に、有用性を見いだしてるんじゃないのか?」
シリルの顔を見つめていたリュークは、ややあってからふたたび口を開いた。
「先程のやりとりで、なぜそういう結論に達したのですか?」
「うん?」
「所有機の修理は任務遂行後に、というハン長官のひと言で、あなたはなにかを察したように見えました」
途端にシリルは笑った。
「リューク、おまえ賢いね」
言いながら、すぐわきに手を伸ばし、煙草を1本取り出して口に銜える。機内の換気を調整しなおしてから火を点け、深々と吸いこんでゆっくりと吐き出した。
「急ぐ用件なら、代用機を用意するか、もしくは修理の手配をする。そう申し出るのが筋だろう? 依頼する側は国の中枢を握る立場にある。そのぐらい、わけもないはずだ。だが、ハンはそうは言わなかった。直すのは終わってからでいい。こっちは生命まで狙われてるってのに、なんともお気楽に言ってくれる」
「私の中にある機密データさえ無事であれば、私自身が機能している必要がないからではないでしょうか?」
どこまでも他人事のような発言に、シリルは眉間の皺を深くした。
「リューク、おまえの生命をだれが護ってると思ってる。その言いようは俺に失礼だろう」
きつい眼差しを向けられ、鉄壁の美貌にかすかな変化が兆した。戸惑い、そして驚きといったところか。不敬な発言をしたりシリルを軽んじたつもりは毛頭なく、事実を事実として述べたつもりが、どうやらシリルの気分を害する失言となってしまったらしい。そのことに気づくとともに、どう対応すべきか考えこんだのがわかった。
ひととおりの内容確認を済ませた後、シリルは最後に念を押した。
「王都までは、おそらくあと半月以上はかかる。その点も了承しているという認識でかまわないな?」
「かまいません。すべて、そちらのよろしいようにお取り計らいください」
「承知した」
淡然と応じて、シリルは通話を切った。リュークはどうしているのかと、ハンは一度も尋ねなかった。シリルがリュークをどう扱っているのか、ということさえも。
すべて、そちらのよろしいように。
その言葉に、先方の意図が透けて見えるようだった。
「なるほどね。イーグルの件は仕組まれたことだったか……」
独りごちたシリルは、声を立てずに笑った。
なんという無謀な真似をするのだろうか。これでシリルが追っ手に狙い撃ちにされ、まんまとやられるようなことがあったらどうするつもりだったというのか。否、だからこその違約金の条項だったともいえる。いずれにせよ、とても正気の沙汰とは思えなかった。
ふと傍らを顧みると、クリスタル・ブルーの双眸が静謐な気配を漂わせてじっとこちらの様子を窺っていた。シリルはそれへ向かって、本契約を正式に取り交わしたことを伝えた。
「なにが仕組まれていたのですか?」
真面目な顔で問われ、シリルは軽い調子で眉を上下させる。そして言った。
「王都へは急がなくていいそうだ。のんびり旅を楽しめ。そういうことらしい」
意訳されすぎた内容に、美貌のヒューマノイドは思案顔で瞬きをした。
「……よく、理解できません。時間的にも経費の面でも、さまざまな部分で無駄が多すぎるのでは?」
「さあなぁ。意図はわからんが、その『無駄』に、有用性を見いだしてるんじゃないのか?」
シリルの顔を見つめていたリュークは、ややあってからふたたび口を開いた。
「先程のやりとりで、なぜそういう結論に達したのですか?」
「うん?」
「所有機の修理は任務遂行後に、というハン長官のひと言で、あなたはなにかを察したように見えました」
途端にシリルは笑った。
「リューク、おまえ賢いね」
言いながら、すぐわきに手を伸ばし、煙草を1本取り出して口に銜える。機内の換気を調整しなおしてから火を点け、深々と吸いこんでゆっくりと吐き出した。
「急ぐ用件なら、代用機を用意するか、もしくは修理の手配をする。そう申し出るのが筋だろう? 依頼する側は国の中枢を握る立場にある。そのぐらい、わけもないはずだ。だが、ハンはそうは言わなかった。直すのは終わってからでいい。こっちは生命まで狙われてるってのに、なんともお気楽に言ってくれる」
「私の中にある機密データさえ無事であれば、私自身が機能している必要がないからではないでしょうか?」
どこまでも他人事のような発言に、シリルは眉間の皺を深くした。
「リューク、おまえの生命をだれが護ってると思ってる。その言いようは俺に失礼だろう」
きつい眼差しを向けられ、鉄壁の美貌にかすかな変化が兆した。戸惑い、そして驚きといったところか。不敬な発言をしたりシリルを軽んじたつもりは毛頭なく、事実を事実として述べたつもりが、どうやらシリルの気分を害する失言となってしまったらしい。そのことに気づくとともに、どう対応すべきか考えこんだのがわかった。
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『エブリスタ(https://estar.jp/novels/25657313)』
『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/1177354054898475017)』
に掲載しています。
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