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第5章 夢を売る街
第4話(4)
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これはもはや、血の呪いともいうべき奇病である。
これほど長きにわたり研究をつづけていながら、なにひとつ原因を見いだすことができない事態に、非難の声と焦燥が高まっていった。否、原因は、ある程度の段階で絞ることができていたのだ。
症状を発現させる『国王』に共通する要素――それは、初代国王ベンジャミン・ウィリアムより抽出された遺伝子を導入する貴き存在であるということ。
高貴なる血筋を持つ選ばれし者――
わかっていながら、それを口にすることは許されなかった。それゆえに繰り返される悲劇。
第7代君主イアン・アルフレッドもまた、選ばれし高貴なる血の呪いから逃れることができなかった。事前に発症を防ぐことはできないか。いつ訪れるともしれない、しかし確実に代を重ねるごとに時期が早まり、重篤化していく『神の病』の存在に怯えながら、決して諦めず、懸命に足掻きつづけた。
正気であるうちに、さまざまな慈善活動に取り組み、公務をこなし、民の声を聞き、よき夫、よき父として家庭をも大切にする。初代国王の再来とも謳われたイアンは、その裏で、わずかでも可能性があると期待できるものであれば、どれほどつらい治療であっても厭わず積極的に取り入れた。決して弱音を吐くことはなかった。研究や治療にあたるスタッフにねぎらいの言葉をかけこそすれ、成果に繋がらなくとも、きつく責め立てるようなこともなかった。だが結局、その思いが報われることなく悲劇は訪れる。
イアンが発症したのは42の年齢。
そこからおよそ11年に及ぶ長い苦しみがはじまる。
狂気と正気の狭間で、イアンは懸命に足掻きつづけた。強い意志の力で狂気をねじ伏せようとし、ときには側近の者らに、みずからを拘束するよう命じた。正気であるあいだに過密すぎる公務をこなし、事情を知る者たちだけに周囲を厳重に固めさせる。少しでもおかしな様子が見えれば、発作が起きる起きないに関係なく、ただちに人目を遠ざける。だが、そこまでしても最後の数年は、人前に出ることさえかなわなかった。
国王が幽閉されている。そんな噂も、一部ではまことしやかに流れた。
陛下は重い病を患っておられる。しかしながら、民を思うお心は少しも変わらない。
王室府を通じて、事前に撮り溜めておいたスピーチを少しずつ民に向け発信する。私はいま、病と闘っている。回復を信じ、決して諦めることなく向き合う所存である。自分を支えてくれる家族、そして懸命に治療にあたってくれている医療スタッフに心から感謝している。愛する我が国すべての民の幸せを、いつも心から願っている――
周囲の者たちの願いも虚しく、11年の壮絶な闘いの末、イアンはその人生に幕を閉じる。享年53歳。
その跡を受け継いだ第8代君主クリストファー・ガブリエルもまた、血の呪いを受け、『神の病』に冒されつつあった。22歳で即位してわずか7年。あまりにも早すぎる、残酷な現実であった。
このままでは王家の血が確実に途絶える。その危機を、唯一救える方法――
――陛下……、イアン陛下……。
侍従長ベルンシュタインは、先王に向かい、心中ひそかに語りかけた。
――イアン陛下、どうかいま少しだけ、わたくしどもに猶予をお与えください。王国の象徴として必要不可欠な貴き血を、この生命に代え、必ずやお守りしてごらんにいれます。ですから陛下、陛下が願われた唯一の希望が花開くよう、何卒ご尽力いただけますよう心よりお願い申し上げます。
その昔取り交わされた、先王との密約。
ベルンシュタインは、かつてその思いをともにした、もうひとりの人物に思いを馳せた。
これほど長きにわたり研究をつづけていながら、なにひとつ原因を見いだすことができない事態に、非難の声と焦燥が高まっていった。否、原因は、ある程度の段階で絞ることができていたのだ。
症状を発現させる『国王』に共通する要素――それは、初代国王ベンジャミン・ウィリアムより抽出された遺伝子を導入する貴き存在であるということ。
高貴なる血筋を持つ選ばれし者――
わかっていながら、それを口にすることは許されなかった。それゆえに繰り返される悲劇。
第7代君主イアン・アルフレッドもまた、選ばれし高貴なる血の呪いから逃れることができなかった。事前に発症を防ぐことはできないか。いつ訪れるともしれない、しかし確実に代を重ねるごとに時期が早まり、重篤化していく『神の病』の存在に怯えながら、決して諦めず、懸命に足掻きつづけた。
正気であるうちに、さまざまな慈善活動に取り組み、公務をこなし、民の声を聞き、よき夫、よき父として家庭をも大切にする。初代国王の再来とも謳われたイアンは、その裏で、わずかでも可能性があると期待できるものであれば、どれほどつらい治療であっても厭わず積極的に取り入れた。決して弱音を吐くことはなかった。研究や治療にあたるスタッフにねぎらいの言葉をかけこそすれ、成果に繋がらなくとも、きつく責め立てるようなこともなかった。だが結局、その思いが報われることなく悲劇は訪れる。
イアンが発症したのは42の年齢。
そこからおよそ11年に及ぶ長い苦しみがはじまる。
狂気と正気の狭間で、イアンは懸命に足掻きつづけた。強い意志の力で狂気をねじ伏せようとし、ときには側近の者らに、みずからを拘束するよう命じた。正気であるあいだに過密すぎる公務をこなし、事情を知る者たちだけに周囲を厳重に固めさせる。少しでもおかしな様子が見えれば、発作が起きる起きないに関係なく、ただちに人目を遠ざける。だが、そこまでしても最後の数年は、人前に出ることさえかなわなかった。
国王が幽閉されている。そんな噂も、一部ではまことしやかに流れた。
陛下は重い病を患っておられる。しかしながら、民を思うお心は少しも変わらない。
王室府を通じて、事前に撮り溜めておいたスピーチを少しずつ民に向け発信する。私はいま、病と闘っている。回復を信じ、決して諦めることなく向き合う所存である。自分を支えてくれる家族、そして懸命に治療にあたってくれている医療スタッフに心から感謝している。愛する我が国すべての民の幸せを、いつも心から願っている――
周囲の者たちの願いも虚しく、11年の壮絶な闘いの末、イアンはその人生に幕を閉じる。享年53歳。
その跡を受け継いだ第8代君主クリストファー・ガブリエルもまた、血の呪いを受け、『神の病』に冒されつつあった。22歳で即位してわずか7年。あまりにも早すぎる、残酷な現実であった。
このままでは王家の血が確実に途絶える。その危機を、唯一救える方法――
――陛下……、イアン陛下……。
侍従長ベルンシュタインは、先王に向かい、心中ひそかに語りかけた。
――イアン陛下、どうかいま少しだけ、わたくしどもに猶予をお与えください。王国の象徴として必要不可欠な貴き血を、この生命に代え、必ずやお守りしてごらんにいれます。ですから陛下、陛下が願われた唯一の希望が花開くよう、何卒ご尽力いただけますよう心よりお願い申し上げます。
その昔取り交わされた、先王との密約。
ベルンシュタインは、かつてその思いをともにした、もうひとりの人物に思いを馳せた。
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