上 下
62 / 161
第5章 夢を売る街

第3話(5)

しおりを挟む
 あっという間の20分。1周したゴンドラが地上に戻ってなお、花火は打ち上がっていた。
 リュークを連れて場所を移動したシリルは、円形状の斜面が周囲を取り囲む広場の空きスペースにリュークを座らせた。一面に芝が植えられているのは、花火観賞やパレードの見物用に設けられた場所だからだろう。いまも大勢の人々が、シリルたちとおなじように芝の上に座り、あるいは寝転がって夜空に咲く大輪の花を眺めていた。広場の中央にある噴水も、照明が落ちた空間の中で夜空を映し、水面に光のシャワーを煌めかせている。やがて30分足らずの光と闇の競演が幕を閉じると、人工の光がふたたびテーマパーク内に灯り、クリスタル合板の天井が頭上を覆っていった。

 花火観賞を終えた人々が、夢の世界から目覚めたかのように動き出す。綿菓子を抱えこんでいたリュークもまた、ずっと見上げっぱなしにしていた首を戻して小さく息をついた。


「思った以上に見応えがあったな」

 斜面に立ったシリルが手を差し出すと、リュークは無言でその手に掴まって立ち上がった。どこか放心したような表情があどけない。充分いい刺激と気分転換になったようだと満足して、シリルはリュークを伴い、のんびりとした歩調で歩きはじめた。
 夜遊びの締めくくりには、ちょうどいい見物みものだった。

 宿泊先のホテルに足を向けながら、ふと傍らを顧みると、美貌のヒューマノイドはキャップのツバを引き下げることも忘れて一心に歩いている。シリルの視線にも気づかず、立ち上がる際に差し出された手をいまだ掴んだまま、放し忘れていることにも気づいていない。この様子では迷子になりかねないためシリルもそのままにしていたが、手を繋いでいる、というよりは、手を引いてやっているといったところだった。
 無表情であっても、わずかに頬が紅潮している。はじめて目にした花火に、興奮冷めやらずといったところか。さんざん歩きまわった疲労も手伝って、このままホテルに戻ってベッドに入れば、即座に熟睡すること間違いなしだろう。

 華奢な骨格と抜きん出た麗容のおかげで、すれ違う人々にはゲイのカップルなどと、あらぬ疑いをかけられることもなく済んでいる。だが、どうにもシリルの感覚では、大きな子供の父親にでもなった気分だった。
 透きとおるような美貌と安物のキャップ、ファンシーなキャラクターが描かれた綿菓子の袋がなんともミスマッチでちぐはぐな印象を受ける。しかし、そのアンバランスさは、リュークの内面そのものを映し出している気がした。

 怜悧で崇高で、それでいてなにものにも染まっていない純然たるはかなさ。
 従順で慎ましやかな人形などではなく、固い殻を打ち破って、その内に閉じこめられている本来の姿を自由に解放させればいい。

 豊かな感受性を備えたその心を、シリルは好ましく思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

えっちのあとで

奈落
SF
TSFの短い話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

性転換タイムマシーン

廣瀬純一
SF
バグで性転換してしまうタイムマシーンの話

Select Life Online~最後にゲームをはじめた出遅れ組

瑞多美音
SF
 福引の景品が発売分最後のパッケージであると運営が認め話題になっているVRMMOゲームをたまたま手に入れた少女は……  「はあ、農業って結構重労働なんだ……筋力が足りないからなかなか進まないよー」※ STRにポイントを振れば解決することを思いつきません、根性で頑張ります。  「なんか、はじまりの街なのに外のモンスター強すぎだよね?めっちゃ、死に戻るんだけど……わたし弱すぎ?」※ここははじまりの街ではありません。  「裁縫かぁ。布……あ、畑で綿を育てて布を作ろう!」※布を売っていることを知りません。布から用意するものと思い込んでいます。  リアルラックが高いのに自分はついてないと思っている高山由莉奈(たかやまゆりな)。ついていないなーと言いつつ、ゲームのことを知らないままのんびり楽しくマイペースに過ごしていきます。  そのうち、STRにポイントを振れば解決することや布のこと、自身がどの街にいるか知り大変驚きますが、それでもマイペースは変わらず……どこかで話題になるかも?しれないそんな少女の物語です。  出遅れ組と言っていますが主人公はまったく気にしていません。      ○*○*○*○*○*○*○*○*○*○*○  ※VRMMO物ですが、作者はゲーム物執筆初心者です。つたない文章ではありますが広いお心で読んで頂けたら幸いです。  ※1話約2000〜3000字程度です。時々長かったり短い話もあるかもしれません。

銀河皇帝のいない八月

沙月Q
SF
女子高生が銀河皇帝に? 一夏の宇宙冒険を描く青春スペースオペラ。 宇宙を支配する銀河帝国が地球に襲来。 軍団を率いる銀河皇帝は堅固なシールドに守られていたが、何故か弓道部員の女子高生、遠藤アサトが放った一本の矢により射殺いころされてしまう。 しかも〈法典〉の定めによってアサトが皇位継承者たる権利を得たことで帝国は騒然となる。 皇帝を守る〈メタトルーパー〉の少年ネープと共に、即位のため銀河帝国へ向かったアサトは、皇帝一族の本拠地である惑星〈鏡夢カガム〉に辿り着く。 そこにはアサトの即位を阻まんとする皇帝の姉、レディ・ユリイラが待ち受けていた。 果たしてアサトは銀河皇帝の座に着くことが出来るのか? そして、全ての鍵を握る謎の鉱物生命体〈星百合スター・リリィ〉とは?

処理中です...