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第5章 夢を売る街
第3話(1)
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遅い時間帯であるにもかかわらず、あたりは人で溢れ、活気に満ちていた。
親子連れ、カップル、友人同士の集団。
巨大市場のそれとは異なる華やいだ雰囲気に、美貌のヒューマノイドはいささか圧倒され、気後れしているようであった。
バベル・リゾート。
大地溝帯を抜け、地上に出た後にイーグルワンをしばらく走らせ、途中、幾度か休憩を挟んでシリルたちが到着したのは、世界でも最大規模を誇る娯楽都市であった。
シリルの読んだとおり、今日1日の移動は追っ手の襲撃を受けることもなく、スムースに距離を稼ぐことができた。おかげで都市入りを果たせたのは、予定より早い、夕方に差しかかる手前の時間帯となった。
せっかく来たついでだからと、バベルでもハイクラスのホテルに宿をとり、傷の手当てがてら数時間の仮眠をさせた後に、シリルはリュークを外へと連れ出した。
都市まるごとひとつが巨大なテーマパークとなっているバベル・リゾートは、夕方以降になると、煌びやかな人工の光が街全体を照らし、昼と変わらない明るさの中でさまざまなアトラクションを楽しめるようになっていた。
バベル・リゾート――またの名を不夜城バベル。
日常とは異なる夢の世界を演出する娯楽の街は、都市全体を覆うクリスタル合板の外壁に紗幕がかけられることはない。24時間、あえて外部から丸見えの状態を維持することで、来場者にも通りすがりの人間にも、開放的かつ享楽的イメージを印象づけた。
陽が沈んで以降の街は、さながら砂漠の夜に落ちた宝石のような輝きを放つ。他の都市同様、コロニーへの入場に料金が取られることはないが、さまざまな施設やアトラクションを利用することで、来訪者は自然、随所で金を落とす仕組みが作り上げられていた。
「今日は、なにかのお祭りなのですか?」
賑わう人々の様子を注意深く観察しながら、リュークははぐれることのないようシリルの横にしっかりついている。その口から、おそるおそるといった具合に質問が発せられた。あちこちでだれかしらがあげるはしゃいだ声や弾けるような笑い声、アトラクションのどこかから聞こえてくる悲鳴といったものに、すっかり畏縮しているようだった。ついでに、大勢の人間が終始賑やかに行き交う中で、リュークの美貌は周囲から見事なまでに浮き立っていた。そのおかげで、行く先々で注目を集め、終始騒がれつづけている。それが余計に、当惑の種となっているらしかった。
気がつけばリュークの手は、シリルの右手の袖をしっかりと握りしめていた。自分がなぜ騒がれ、人々に見られるのか理由がわからず、戸惑っている様子がありありと伝わってきた。
シリルの口許に笑みが浮かぶ。日中見せていた沈んだ様子は、別のことに気を取られているせいで完全に払拭されていた。またすぐ思い出すにせよ、気鬱の原因をいっときでも忘れさせることには成功したようである。とはいえ、あまり効果が絶大すぎて、ストレス過剰となるのもよくない。シリルは通りがかりの露天でキャップをひとつ購入すると、リュークの頭に乗せてツバを引き下ろした。
ひたすら視線を落としてだれとも目が合わないよう、そのことだけに意識を集中させていたリュークが顔を上げる。シリルはそれへ、笑いかけた。
「それで少しは人目を避けられる。せっかく来たんだから、おまえも夢の街を楽しめ」
「ですが追っ手は……」
「大丈夫だ。問題ない」
自信を持って請け合い、悠然と歩き出したシリルの横に、リュークもふたたびピタリとついた。衆目に曝されるプレッシャーから解放されたことで、今度はシリルの服を掴むことなく、落ち着いた様子で歩けるようになっていた。
親子連れ、カップル、友人同士の集団。
巨大市場のそれとは異なる華やいだ雰囲気に、美貌のヒューマノイドはいささか圧倒され、気後れしているようであった。
バベル・リゾート。
大地溝帯を抜け、地上に出た後にイーグルワンをしばらく走らせ、途中、幾度か休憩を挟んでシリルたちが到着したのは、世界でも最大規模を誇る娯楽都市であった。
シリルの読んだとおり、今日1日の移動は追っ手の襲撃を受けることもなく、スムースに距離を稼ぐことができた。おかげで都市入りを果たせたのは、予定より早い、夕方に差しかかる手前の時間帯となった。
せっかく来たついでだからと、バベルでもハイクラスのホテルに宿をとり、傷の手当てがてら数時間の仮眠をさせた後に、シリルはリュークを外へと連れ出した。
都市まるごとひとつが巨大なテーマパークとなっているバベル・リゾートは、夕方以降になると、煌びやかな人工の光が街全体を照らし、昼と変わらない明るさの中でさまざまなアトラクションを楽しめるようになっていた。
バベル・リゾート――またの名を不夜城バベル。
日常とは異なる夢の世界を演出する娯楽の街は、都市全体を覆うクリスタル合板の外壁に紗幕がかけられることはない。24時間、あえて外部から丸見えの状態を維持することで、来場者にも通りすがりの人間にも、開放的かつ享楽的イメージを印象づけた。
陽が沈んで以降の街は、さながら砂漠の夜に落ちた宝石のような輝きを放つ。他の都市同様、コロニーへの入場に料金が取られることはないが、さまざまな施設やアトラクションを利用することで、来訪者は自然、随所で金を落とす仕組みが作り上げられていた。
「今日は、なにかのお祭りなのですか?」
賑わう人々の様子を注意深く観察しながら、リュークははぐれることのないようシリルの横にしっかりついている。その口から、おそるおそるといった具合に質問が発せられた。あちこちでだれかしらがあげるはしゃいだ声や弾けるような笑い声、アトラクションのどこかから聞こえてくる悲鳴といったものに、すっかり畏縮しているようだった。ついでに、大勢の人間が終始賑やかに行き交う中で、リュークの美貌は周囲から見事なまでに浮き立っていた。そのおかげで、行く先々で注目を集め、終始騒がれつづけている。それが余計に、当惑の種となっているらしかった。
気がつけばリュークの手は、シリルの右手の袖をしっかりと握りしめていた。自分がなぜ騒がれ、人々に見られるのか理由がわからず、戸惑っている様子がありありと伝わってきた。
シリルの口許に笑みが浮かぶ。日中見せていた沈んだ様子は、別のことに気を取られているせいで完全に払拭されていた。またすぐ思い出すにせよ、気鬱の原因をいっときでも忘れさせることには成功したようである。とはいえ、あまり効果が絶大すぎて、ストレス過剰となるのもよくない。シリルは通りがかりの露天でキャップをひとつ購入すると、リュークの頭に乗せてツバを引き下ろした。
ひたすら視線を落としてだれとも目が合わないよう、そのことだけに意識を集中させていたリュークが顔を上げる。シリルはそれへ、笑いかけた。
「それで少しは人目を避けられる。せっかく来たんだから、おまえも夢の街を楽しめ」
「ですが追っ手は……」
「大丈夫だ。問題ない」
自信を持って請け合い、悠然と歩き出したシリルの横に、リュークもふたたびピタリとついた。衆目に曝されるプレッシャーから解放されたことで、今度はシリルの服を掴むことなく、落ち着いた様子で歩けるようになっていた。
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