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第5章 夢を売る街
第2話(1)
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「どういうことだっ!? 見失ったで済む話かっ!」
スピーカーから漏れてくるヒステリックな喚き声に、男は不機嫌に顔を蹙めた。
「申し訳ございません。かなりの数の替え玉を用意していたようで」
「だからなんだ! 貴様らもその道のプロだろう!? そのぐらい対処できないでどうするっ」
「……返す言葉もございません」
「それでいったい、どうするつもりだ。子供の使いではないのだ。失敗しました、ごめんなさいでは済まぬことぐらい、貴官もよくよく承知していよう」
「むろんです。すでに各都市に追跡の手をまわしております。あらたな情報が入り次第急行し、万全の包囲網を敷いて事にあたる所存です」
「研究所を襲撃した絶好の機会をフイにした時点で、ケネス長官の失望は大変なものだった。名誉を挽回する機会を与えてくださった寛大なるお心に応えるためにも、この任務は必ずや成功させねばならない」
「重々承知しております」
なにも生け捕りにする必要はないのだ。たかがヒューマノイド1体、ならず者の運び屋から奪い返すくらい、たいした仕事ではないだろう。
スピーカーの向こうで、上からの命令をただ言われたとおりに伝達するだけの文官が偉そうに嫌味を言っている。上司に媚びるしか能のない小役人は、自分に逆らうことのできない作戦部隊の指揮官相手に威張り散らしていた。雇い主に逆らうことのできない民間組織の雇われ指揮官もまた、功を焦る一方で己の無能を棚に上げ、部下たちに当たり散らす。
王室管理局長第一秘書のハロネンとビア・セキュリティ追撃班の長であるスミスのやりとりを傍受していた男は鼻哂を放った。バカはバカ同士、互いの顔色を窺いながら、失態を犯すたびに罪をなすりつけ合えばいい。シリルを追いつめるうえで、部隊の組織力と情報網はそれなりに利用できる。今後も一傭兵として隊に属すふりをしながら好機を狙うこととしよう。男はそのように結論づけた。
昨日はあと一歩というところで取り逃がした。砂嵐の真っ只中に飛びこむなど、到底正気の沙汰とは思えない妄動だった。けれどあの男には、はじめから勝算があったのだ。砂嵐につっこみ、周辺にひろがっていた大地溝の底に沈む。チェイスをしながら空を読み、砂嵐の接近をいち早く察知して飛びこむタイミングを見計らっていたのだ。
無謀と狂気が紙一重となる所行。
普通ならば絶対にあり得ない。どれほど経験を積み、熟練の技術を駆使しようと、砂嵐に呑まれた瞬間に機体は強風に持っていかれ、操縦不能となる。仮に突き進むことができたとしても、視界のまるで利かない状況の中で、不意打ちに近い状態で幅の狭い地溝へと転落すれば、確実にバランスを失った挙げ句に大きく煽られ、側壁に叩きつけられる。そのいずれをも制御してみせる人間が、果たしてあの男以外にこの世に存在するだろうか。
だからこそ、それを悠然としてのける小賢しさが身震いするほどにいまいましかった。
スピーカーから漏れてくるヒステリックな喚き声に、男は不機嫌に顔を蹙めた。
「申し訳ございません。かなりの数の替え玉を用意していたようで」
「だからなんだ! 貴様らもその道のプロだろう!? そのぐらい対処できないでどうするっ」
「……返す言葉もございません」
「それでいったい、どうするつもりだ。子供の使いではないのだ。失敗しました、ごめんなさいでは済まぬことぐらい、貴官もよくよく承知していよう」
「むろんです。すでに各都市に追跡の手をまわしております。あらたな情報が入り次第急行し、万全の包囲網を敷いて事にあたる所存です」
「研究所を襲撃した絶好の機会をフイにした時点で、ケネス長官の失望は大変なものだった。名誉を挽回する機会を与えてくださった寛大なるお心に応えるためにも、この任務は必ずや成功させねばならない」
「重々承知しております」
なにも生け捕りにする必要はないのだ。たかがヒューマノイド1体、ならず者の運び屋から奪い返すくらい、たいした仕事ではないだろう。
スピーカーの向こうで、上からの命令をただ言われたとおりに伝達するだけの文官が偉そうに嫌味を言っている。上司に媚びるしか能のない小役人は、自分に逆らうことのできない作戦部隊の指揮官相手に威張り散らしていた。雇い主に逆らうことのできない民間組織の雇われ指揮官もまた、功を焦る一方で己の無能を棚に上げ、部下たちに当たり散らす。
王室管理局長第一秘書のハロネンとビア・セキュリティ追撃班の長であるスミスのやりとりを傍受していた男は鼻哂を放った。バカはバカ同士、互いの顔色を窺いながら、失態を犯すたびに罪をなすりつけ合えばいい。シリルを追いつめるうえで、部隊の組織力と情報網はそれなりに利用できる。今後も一傭兵として隊に属すふりをしながら好機を狙うこととしよう。男はそのように結論づけた。
昨日はあと一歩というところで取り逃がした。砂嵐の真っ只中に飛びこむなど、到底正気の沙汰とは思えない妄動だった。けれどあの男には、はじめから勝算があったのだ。砂嵐につっこみ、周辺にひろがっていた大地溝の底に沈む。チェイスをしながら空を読み、砂嵐の接近をいち早く察知して飛びこむタイミングを見計らっていたのだ。
無謀と狂気が紙一重となる所行。
普通ならば絶対にあり得ない。どれほど経験を積み、熟練の技術を駆使しようと、砂嵐に呑まれた瞬間に機体は強風に持っていかれ、操縦不能となる。仮に突き進むことができたとしても、視界のまるで利かない状況の中で、不意打ちに近い状態で幅の狭い地溝へと転落すれば、確実にバランスを失った挙げ句に大きく煽られ、側壁に叩きつけられる。そのいずれをも制御してみせる人間が、果たしてあの男以外にこの世に存在するだろうか。
だからこそ、それを悠然としてのける小賢しさが身震いするほどにいまいましかった。
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