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第4章 渓谷のオアシス

第3話(6)

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 テントから漏れる薄明かりがあたりを照らす中、ひとときの贅沢な時間を過ごしたふたりは、夕食を済ませた後に早めに躰を休めることにした。洞窟内の冷えた空気も、テントの出入り口を閉めれば断熱素材の効果でほぼ遮断できる。毛布にくるまるリュークの隣に、シリルはごろりと横になった。
 追っ手の中に厄介な存在が混じっていることが早い段階で確認できたのは、不幸中の幸いだったかもしれない。


 レギオス・ラーザ。2年ほどまえ、クレメントという産業都市で、宝石加工の工場を狙った組織犯罪集団が横行した。あまり筋のよくない闇組織であったため、シリルは貴金属加工業のユニオンに、警固ではなく、戦闘が起こった際の実戦部隊の所属要員として雇われたことがあった。ラーザは、シリルが指揮する隊の隊員として籍を置いていた。

 はじめはわからなかった。シリル自身、率先して他者と関わるタイプではない。ラーザが殆どだれとも言葉を交わすことなく、つねに集団から外れて孤立しているのは、単独でいることを好むがゆえだと思っていた。傭兵を生業なりわいとする人間には、決して珍しいタイプではない。つるむことを好まず、一定の組織にくみすることに馴染めない人間が選ぶ稼業といっても過言ではなかった。実際、ラーザに対するシリルの認識自体、大きくはずれるものではなかった。完全に見誤っていたのは、その性情のほうである。
 寡黙で内向的。人付き合いが苦手な、奥手な性格だとばかり思っていたラーザは、戦闘がはじまった瞬間にその様相を豹変させた。
 なににつけ無気力で、他の隊員と足並みをそろえることのなかった男だった。だが、交戦がはじまった途端、それまでなりをひそめていた闘争心が剥き出しになった。他部隊どころか、己の所属部隊の隊員との連係すら断ち切り、ラーザは単独で残忍な殺戮を繰り広げていった。

 請け負った任務は、工場を狙う実行犯のみならず、背後で手を引く組織ごと覆滅しなければならない。そういう条件での契約だった。組織のくわしい内部情報を入手するためにも、リーダー格の者たちは生け捕りにしなければならず、そのため、あらかじめ綿密な作戦を立てて各部隊で役割を分担して戦闘配置についた。それが――

 ラーザの暴走により、作戦はすべて水の泡となった。

 その暴走ぶりが、常軌を逸していたことは言うまでもない。殺戮は、残忍を極めた。
 ラーザに狙われた者は皆、骨を砕かれ、皮膚を裂かれ、四肢を削がれ、哀願する者、許しを請う者、降伏を申し出る者さえいっさいの加減もなく無惨になぶり殺されていった。ラーザが手にかけたのは、実行犯ばかりではなかった。残忍な殺戮者は、あろうことか、止めに入る味方さえ容赦なく攻撃の的にし、次々に生命を奪っていった。

 狂気の淵でたがをはずした男の残虐さは、凄絶を極めた。

 殺戮に酔いしれ、見境なく獲物を追いまわして生命を奪い尽くしていく殺人鬼シリアルキラー。その狂人を仕留め、病院送りにしたのはシリルだった。隊長としてのケジメと、もはやその時点でラーザを止められる者は、シリルを除き、だれひとり存在しなかったがゆえのやむを得ない対応だった。加減をする余裕は持てなかった。
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