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第4章 渓谷のオアシス
第3話(5)
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いざというときのための安息の場。自分だけの空間として、必要に応じて利用はしていたが、他者に見つかってしまえば、そのときはそれまでのことだった。
生真面目で融通の利かないヒューマノイドが、法に触れる行為にひっかかりをおぼえるかとも思った。しかしリュークは、それ以上深くつっこんでくることもなく、手当てをするシリルにおとなしく身を任せていた。
「悪いな。昨日の今日でいきなり車中泊なんて。ほんとは、ホテルのベッドでゆっくり休ませてやりたいんだけどな」
手当て後、リュークとともにイーグルワンに戻ったシリルは、昼間に買った食料の中から今夜の夕食分を取り出して助手席側のトレイテーブルに置きかけ、ふと思い立ったように後部座席を顧みた。わずかに思案した後に外に出て、愛機の後方にまわり、荷台を開ける。
「シリル?」
外に出たリュークの目の前で、中からひと抱えほどの固まりを引っ張り出したシリルは、機体の後方のスペースにそれを置いた。
「足を伸ばせるだけ、こっちのがマシだろう」
言いながら、ロックをはずして中央のスイッチを押すと、簡易テントが組み上がった。
不思議そうにそれを見つめるヒューマノイドの麗容を顧みて、精悍な貌つきの男は悪戯めいた笑みを零した。
「車中泊からキャンプに変更だ。こういうのも初体験だろう」
言って、出入り口をめくり上げる。その様子をリュークが眺めているあいだに、ふたたびトラベルポッドから別の荷物を取り出して梱包を解き、テントの中に放りこんだ。拘束が解けてひろがったそれは、みるみる膨らんで床を覆っていく。テントの底部に、いくらもせずにエアマットが設置された。
「ま、ちょい狭いが、車中泊よりマシだよな?」
シリルが手もとのコントローラーを操作すると、テントの天井部に取りつけられているパネルが灯りをともして周辺を照らした。その灯りが届く範囲に、折りたたみの椅子をふたつ並べる。それから、簡易バーナーをセットした。
リュークを椅子に座らせ、みずからは機内に戻って必要な荷物を取ってくる。キャンプ経験など皆無のヒューマノイドが見守る中、シリルは沢で汲んできた湧き水で湯を沸かすと、荷物の中から掌サイズの真空のパッケージをふたつ取り出し、封を切ってカップにセットした。上から交互に少しずつ湯を注ぐと、カップの中にフィルターから抽出された黒い液体が零れ落ちていく。あたりに、馥郁とした香りが漂いはじめた。
一方にはカップ1杯分の湯を注ぎ、もう一方は半分まで注いだところで温めたミルクを注ぐ。そこに、はちみつを溶かしてできあがったものをリュークに手渡した。リュークにははちみつ入りのカフェオレ、ブラックコーヒーは自分用だった。
「さすがに調理までは無理だからな。嗜好品で精一杯だが、充分雰囲気は味わえるだろう」
勧められるまま、リュークは手にしたカップから淹れたてのカフェオレをひと口啜った。それから、ゆっくりと息をついた。
「美味いだろ。そういうのを『ホッとする味』っていうんだ」
緊張の連続だったであろう、追っ手とのチェイスにひたすら耐えたリュークへの、シリルなりのせめてものねぎらいだった。
生真面目で融通の利かないヒューマノイドが、法に触れる行為にひっかかりをおぼえるかとも思った。しかしリュークは、それ以上深くつっこんでくることもなく、手当てをするシリルにおとなしく身を任せていた。
「悪いな。昨日の今日でいきなり車中泊なんて。ほんとは、ホテルのベッドでゆっくり休ませてやりたいんだけどな」
手当て後、リュークとともにイーグルワンに戻ったシリルは、昼間に買った食料の中から今夜の夕食分を取り出して助手席側のトレイテーブルに置きかけ、ふと思い立ったように後部座席を顧みた。わずかに思案した後に外に出て、愛機の後方にまわり、荷台を開ける。
「シリル?」
外に出たリュークの目の前で、中からひと抱えほどの固まりを引っ張り出したシリルは、機体の後方のスペースにそれを置いた。
「足を伸ばせるだけ、こっちのがマシだろう」
言いながら、ロックをはずして中央のスイッチを押すと、簡易テントが組み上がった。
不思議そうにそれを見つめるヒューマノイドの麗容を顧みて、精悍な貌つきの男は悪戯めいた笑みを零した。
「車中泊からキャンプに変更だ。こういうのも初体験だろう」
言って、出入り口をめくり上げる。その様子をリュークが眺めているあいだに、ふたたびトラベルポッドから別の荷物を取り出して梱包を解き、テントの中に放りこんだ。拘束が解けてひろがったそれは、みるみる膨らんで床を覆っていく。テントの底部に、いくらもせずにエアマットが設置された。
「ま、ちょい狭いが、車中泊よりマシだよな?」
シリルが手もとのコントローラーを操作すると、テントの天井部に取りつけられているパネルが灯りをともして周辺を照らした。その灯りが届く範囲に、折りたたみの椅子をふたつ並べる。それから、簡易バーナーをセットした。
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一方にはカップ1杯分の湯を注ぎ、もう一方は半分まで注いだところで温めたミルクを注ぐ。そこに、はちみつを溶かしてできあがったものをリュークに手渡した。リュークにははちみつ入りのカフェオレ、ブラックコーヒーは自分用だった。
「さすがに調理までは無理だからな。嗜好品で精一杯だが、充分雰囲気は味わえるだろう」
勧められるまま、リュークは手にしたカップから淹れたてのカフェオレをひと口啜った。それから、ゆっくりと息をついた。
「美味いだろ。そういうのを『ホッとする味』っていうんだ」
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