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第4章 渓谷のオアシス
第2話(1)
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運転の合間にシリルは空調を切り、口に銜えていた煙草をアッシュトレイで揉み消した。そのまま無言でハンドルを握る。ごく何気ない動作。だが、助手席の麗人は、なにかを察したようにシリルの横顔を見つめた。余計なことは口にしない。様子を見ながら、話しかけていいタイミングかどうかをじっと見極めているようだった。
「心配しなくていい」
視線を受け止めたシリルは、チラリと助手席を見やってわずかに口の端を上げた。
「追っ手ですか?」
話しかけられたことで、リュークもまた、胸の裡にあった疑問を投げかけた。キュプロスからミスリルへ向かう道中で繰り広げられたチェイスが、ふたたびはじまることを察したようだった。
「途中までうまく撒いたんだがな。追っ手の中に、目端の利く奴がいたらしい」
ミスリルを出発して4時間。リュークの偽装IDを発注した際、シリルは店主のイヴェールにもうひとつ、別のことを依頼していた。追っ手を攪乱するため、ミスリルを出立する際に切り替えたシリル自身の偽装IDとイーグルワンの登録情報、ふたつのデータをコピーした車両を、予定している進路の複数箇所に配置させるよう手配したのである。
個人IDと機体の登録情報を、シリルは正規のもの以外に複数所有している。ポイントごとに入れ替わる都度、それらを切り替えながら移動することで、かなりの時間と距離を稼ぐことができた。しかし、どうやら1グループだけ、その細工を見抜く者がいたらしかった。
リュークは無言で操作パネルに表示される地図を見、窓外の景色にも目を向けた。だが、どこにもそれらしき機影を見つけることはできなかった。シリルがなにをもって敵の存在を察知しているのか、不思議でならなかった。
「どうした、怖いか?」
訊かれて、リュークはかぶりを振った。
「大丈夫です、恐怖はありません。あなたがどうやって追っ手を感知しているのか、気になっただけです」
必要以上に騒ぎ立てることをしないリュークが周囲を気にするそぶりを見せた理由はそんなことだったかと、シリルは微苦笑を閃かせた。
「それなら、プロならではの勘てやつだな」
シリルの説明に、生真面目なヒューマノイドは「勘……」と呟いた。
「長年こういう仕事をつづけていると、ある一定の危険が迫ったときにセンサーが反応するようになる。ま、動物特有の生存本能ってやつじゃないのか」
「では、この機体の探知システムではなく、あなた自身が追っ手の気配を感じとっている、ということなのですね?」
「イーグルの索敵機能も性能は充分いいんだがな。ステルス機の種類によっては、網から抜ける」
ごく軽い調子で応じて、人間も捨てたもんじゃないだろ、と笑った。
「すべての人間に、そのような能力は備わっているのですか?」
「まあ、能力差はあるだろうが、多かれ少なかれ、だれにでもあるんじゃないか?」
「では私も、経験を積んで判断力を身につければ、追っ手の存在を感知できるようになるでしょうか?」
大真面目に訊かれて、シリルは前方に向けていた視線を思わず助手席に移した。自分を見返すクリスタル・ブルーの瞳は、どこまでも真剣である。まじまじとその麗容を視つめたシリルは、ややあってからゴホッと咳払いをして視線をもとに戻した。
「いや、おまえの躰の構造がどうなってるかわからんから俺にはなんとも言えないが、仮に100パーセント生身だったとしても、おまえにはべつに、必要ないんじゃないか?」
「なぜです?」
「なぜって、どう考えても戦闘向きじゃないだろ。荒事に向いてない以上、そういうのはプロに任せておいていいんじゃないか? そのために俺がいるんだから」
シリルの言葉に耳を傾けていたリュークは、やがて平淡な調子で「わかりました」と応えた。納得したのかどうかは、そのトーンでは判断できなかった。なにを思ってそんなことを言い出したのか、もう少し意思の疎通がスムースになってからでも訊いてみたいところだった。
「心配しなくていい」
視線を受け止めたシリルは、チラリと助手席を見やってわずかに口の端を上げた。
「追っ手ですか?」
話しかけられたことで、リュークもまた、胸の裡にあった疑問を投げかけた。キュプロスからミスリルへ向かう道中で繰り広げられたチェイスが、ふたたびはじまることを察したようだった。
「途中までうまく撒いたんだがな。追っ手の中に、目端の利く奴がいたらしい」
ミスリルを出発して4時間。リュークの偽装IDを発注した際、シリルは店主のイヴェールにもうひとつ、別のことを依頼していた。追っ手を攪乱するため、ミスリルを出立する際に切り替えたシリル自身の偽装IDとイーグルワンの登録情報、ふたつのデータをコピーした車両を、予定している進路の複数箇所に配置させるよう手配したのである。
個人IDと機体の登録情報を、シリルは正規のもの以外に複数所有している。ポイントごとに入れ替わる都度、それらを切り替えながら移動することで、かなりの時間と距離を稼ぐことができた。しかし、どうやら1グループだけ、その細工を見抜く者がいたらしかった。
リュークは無言で操作パネルに表示される地図を見、窓外の景色にも目を向けた。だが、どこにもそれらしき機影を見つけることはできなかった。シリルがなにをもって敵の存在を察知しているのか、不思議でならなかった。
「どうした、怖いか?」
訊かれて、リュークはかぶりを振った。
「大丈夫です、恐怖はありません。あなたがどうやって追っ手を感知しているのか、気になっただけです」
必要以上に騒ぎ立てることをしないリュークが周囲を気にするそぶりを見せた理由はそんなことだったかと、シリルは微苦笑を閃かせた。
「それなら、プロならではの勘てやつだな」
シリルの説明に、生真面目なヒューマノイドは「勘……」と呟いた。
「長年こういう仕事をつづけていると、ある一定の危険が迫ったときにセンサーが反応するようになる。ま、動物特有の生存本能ってやつじゃないのか」
「では、この機体の探知システムではなく、あなた自身が追っ手の気配を感じとっている、ということなのですね?」
「イーグルの索敵機能も性能は充分いいんだがな。ステルス機の種類によっては、網から抜ける」
ごく軽い調子で応じて、人間も捨てたもんじゃないだろ、と笑った。
「すべての人間に、そのような能力は備わっているのですか?」
「まあ、能力差はあるだろうが、多かれ少なかれ、だれにでもあるんじゃないか?」
「では私も、経験を積んで判断力を身につければ、追っ手の存在を感知できるようになるでしょうか?」
大真面目に訊かれて、シリルは前方に向けていた視線を思わず助手席に移した。自分を見返すクリスタル・ブルーの瞳は、どこまでも真剣である。まじまじとその麗容を視つめたシリルは、ややあってからゴホッと咳払いをして視線をもとに戻した。
「いや、おまえの躰の構造がどうなってるかわからんから俺にはなんとも言えないが、仮に100パーセント生身だったとしても、おまえにはべつに、必要ないんじゃないか?」
「なぜです?」
「なぜって、どう考えても戦闘向きじゃないだろ。荒事に向いてない以上、そういうのはプロに任せておいていいんじゃないか? そのために俺がいるんだから」
シリルの言葉に耳を傾けていたリュークは、やがて平淡な調子で「わかりました」と応えた。納得したのかどうかは、そのトーンでは判断できなかった。なにを思ってそんなことを言い出したのか、もう少し意思の疎通がスムースになってからでも訊いてみたいところだった。
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