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第4章 渓谷のオアシス

第1話(2)

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「ナザロフ長官の件については、残念であったとしか言いようがありません」

 ゴードンが廊下での話題を持ち出すより早く、向かいの席に座ったベルンシュタインは率直に切り出した。沈鬱な面持ちが、内面の思いを明確に物語っていた。科学開発技術省の長であるアンドレイ・イリイチ・ナザロフの訃報は、昨日の早い段階でゴードンの耳にも入っていた。身なり、言動のいずれにも乱れたところはなく、その顔に疲れの色さえ浮かべることのない侍従長のプロ意識の高さには驚嘆させられるが、おそらく昨夜は、一睡もしていないに違いなかった。

 本来であれば、対応に追われ、怱忙そうぼうを極めるこのタイミングで声などかけるべきでないことはわかっていた。だが、王家の典医として王室医療センターを束ねるゴードンにとっても、今回の件はのんびり情報が入ってくるのを待っているわけにはいかない、由々しき事態だった。


の動きは如何です?」

 ゴードンの質問に、ベルンシュタインは「表向きはなんとも」と、眼前のテーブルに目線を落としたまま静かに答えた。

「こちらも内密に動いていたはずのなのですが、やはりも、抜け目がありませんな。完全に情報を把握されていたようです」

 だからこその襲撃、そして『事故』であった。
 ゴードンは、おそるおそる尋ねた。

「……それで、は?」
「幸いにも、予定どおりの展開に」

 聞いた途端、白衣に包まれた肉厚の胸が大きく撫で下ろされた。

「くだんの人物は、我々の予想以上に優秀な能力を備えていたようです」
「では、うまくすれば本当に……?」

 医局長の思わせぶりな問いかけに、侍従長はその目を見据えたまま頷いた。だが、青磁の瞳に安堵の色はない。硬い表情のまま、くらかげを宿していた。

「あれほど周到に手をまわしたうえでの襲撃です。おそらくはのほうでも、すでに次の手を打っていることでしょう」

 楽観することは到底できない。厳しい賭なのだと、その目が物語っていた。ゴードンは神妙な面持ちで何度も頷いた。だが、それでも期待せずにはいられなかった。計画がはじまったときからすでに、無謀ともいえる英断を下したうえでのイチかバチかの賭だったのだ。
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