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第3章 ミスリルの巨大市場

第2話(2)

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 手当てを終え、着替えを済ませたリュークの額にシリルは手を当てた。昨夜ほどの高熱ではないが、慣れない人混みをそこそこの時間歩きまわったせいか、微熱が出はじめていた。買い足した解熱剤を、PTPシートから取り出して抗生剤と一緒に手渡してやる。受け取ったリュークは、素直にそれを口に含んだ。だが、いつまでも水を飲む気配がない。不審に思って振り返ると、その眉間にわずかに皺が寄っていた。

「おい、なにしてる?」

 声をかけたシリルは、あわててリュークの手から水をひったくって、「早く飲め!」と引き結んでいる口許にボトルを運んだ。

「……おまえな、薬の味まで確認しなくていいんだよ」

 げんなりと注意するシリルに、ようやく薬を飲み下したリュークは「でも」と向きなおった。

「なんとなく、なにが『不味く』て、なにが『美味しい』のか、わかった気がします」
「薬が美味いわけねえだろ。ってか、口の中で溶かすもんじゃねえんだよ。次からはちゃんと飲みこめ」

 シリルの言葉に、生まれたばかりの大きな赤ん坊は「はい」と素直に頷いた。
 小さく嘆息しつつ、シリルは身を乗り出して後部座席から毛布を取り出す。そして、手もとのスイッチで助手席のシートを倒した。

「シリル?」
「用があれば起こす。しばらく寝てろ」

 右側の肩を軽く押して横にならせ、その上にひろげた毛布を掛けた。

「私なら……」

 言いかけた言葉が、シリルと目が合ったところで途切れた。
 察する能力にけている。それどころか、その内容について自分がどうすべきか考え、判断する力も備わっている。いまはシリルに従うべきと受け容れたことが、その様子から窺えた。
 余計なことは言わず、ふたたび「はい」と応えて、掛けられた毛布にくるまる。そのまま、おとなしく目を閉じた。
 シリルはそれを見届け、エンジンをかけて静かにイーグルワンを発進させた。

 昨日から、あまりに多くのことが起こりすぎている。2時間程度の市場での買い物すら、相当な緊張と驚きの連続だったことだろう。重傷を負った身で、疲れないはずもないのだ。
 狙われる立場だからこそ車内に残すわけにもいかず、負担になることを承知で連れ歩いた。だがそれは、シリルにとっても預かったばかりのヒューマノイドを理解する、思わぬ収穫の時間となった。
 真っ白な心を持つ存在だからこそ、扱いに細心の注意を払わねばならない部分も出てきた。これからの変化が楽しみでもある反面、迂闊なことは学ばせられない。予想以上に厄介な任務であることは間違いなかった。

 やれやれと嘆息するシリルの横で、無垢なる魂を宿したヒューマノイドは穏やかな寝息を立てはじめていた。躰への負担はもちろんだが、やはり、かなり緊張を強いられ、神経を消耗したものと思われる。安心しきった天使のような寝顔を見て、豚の姿焼きが夢に出てこなければいいがとシリルはひそかに苦笑した。
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