34 / 161
第3章 ミスリルの巨大市場
第1話(3)
しおりを挟む
「30分後にできるそうだから、そのあいだに食事を済ませておこう」
詳細は語らず、それだけを言って市場の中心へと引き返す。そして、飲食店が集まる場所に着いたところでリュークを顧みた。
「なにが食いたい?」
「私はなんでも。あなたのお好きなものを」
相変わらず淡泊を極める応答に、シリルは悪戯めいた笑みを浮かべた。
「俺はいいから、試しにおまえが選んでみろ。こういう場所ははじめてだろ? 社会勉強の一環だ」
言われて、クリスタル・ブルーの瞳がシリルをじっと見上げた。それから考えこむように注意深く周辺を見渡した。
「ゆっくり決めていいぞ。べつに30分きっかりで戻る必要はないからな」
軽く肩に手を添えてうながされ、美貌のヒューマノイドは歩き出す。露天を中心に、ひとつひとつを真剣に見て歩きはじめた。
昨日は追っ手を撒きながらミスリルに戻ることに集中していたのと、自分が預かっているのが100パーセントの機械人形と思いこんでいたこともあり、リュークの無表情は単調なものと思っていた。だが、先程サンマルシェに足を踏み入れて以降、おなじ無表情の中にも、微妙な違いながら、わずかに変化が兆していることにシリルは気づいた。
市場の入り口で、自分の横を歩いていた足が、わずかに躊躇するように歩調を乱したのがきっかけだった。
やはり歩くのはまだ負担が大きいかと何気なく見れば、とくにどうということもなさそうに無言で歩いている。しかしその目が、はじめて目にするであろう行き交う人々の様子をじっと凝視していることに気がついた。たくさんの人間の様子を冷静に観察している、というより、その迫力に圧倒され、どこか畏縮しているように見えた。
黙って様子を見ていると、淡々とした無表情でシリルについて歩いているが、もともと色白の頬が、ホテルや車内にいたときより殊更白い。大柄で声の大きな人間が前方からやって来ると、ほんのわずか、頬の筋肉が固く締まって表情が硬化した。美貌のヒューマノイドがそんな様子を見せるたびに、シリルはさりげなく人とぶつかるのを庇うふりで肩を抱いて、その痩身を自分のほうへと引き寄せた。合間に、目的の商品を売っている店舗で必要な物を買いそろえていく。そうするうちに、カチコチだった無表情から次第に固い部分だけが取り除かれていくのがわかった。かわりにあらわれたのが、周辺に目を向ける余裕である。
さまざまな店構えやそこで扱う商品、店主や店員の様子、店に立ち寄る客たち、取り交わされる会話。
クリスタル・ブルーの透明な煌めきが、それらをつぶさに眺めるさまは、眠っていた好奇心が呼び起こされ、刺激されているかのようだった。
シリルはその好奇心を、もう少し満たしてやることにしたのである。
「シリル、あれはなんですか?」
果物、野菜、肉、魚介類、乳製品。好きなものを選べと言われて、店頭に並ぶさまざまな商品を見ていたリュークが足を止めて指さしたのは、ある専門店の店先にぶら下げられた巨大な網の袋だった。その中に、褐色の小石のようなものがぎっしりと詰まっていた。
「ああ、ありゃエスカルゴだ」
「エスカルゴ……」
「食用のカタツムリだ」
頼めばその場で調理もしてくれる。食べてみるかと尋ねると、リュークは少し近づいて、網の中身や露台の皿の上に載せられたものを観察してから無言でかぶりを振った。
詳細は語らず、それだけを言って市場の中心へと引き返す。そして、飲食店が集まる場所に着いたところでリュークを顧みた。
「なにが食いたい?」
「私はなんでも。あなたのお好きなものを」
相変わらず淡泊を極める応答に、シリルは悪戯めいた笑みを浮かべた。
「俺はいいから、試しにおまえが選んでみろ。こういう場所ははじめてだろ? 社会勉強の一環だ」
言われて、クリスタル・ブルーの瞳がシリルをじっと見上げた。それから考えこむように注意深く周辺を見渡した。
「ゆっくり決めていいぞ。べつに30分きっかりで戻る必要はないからな」
軽く肩に手を添えてうながされ、美貌のヒューマノイドは歩き出す。露天を中心に、ひとつひとつを真剣に見て歩きはじめた。
昨日は追っ手を撒きながらミスリルに戻ることに集中していたのと、自分が預かっているのが100パーセントの機械人形と思いこんでいたこともあり、リュークの無表情は単調なものと思っていた。だが、先程サンマルシェに足を踏み入れて以降、おなじ無表情の中にも、微妙な違いながら、わずかに変化が兆していることにシリルは気づいた。
市場の入り口で、自分の横を歩いていた足が、わずかに躊躇するように歩調を乱したのがきっかけだった。
やはり歩くのはまだ負担が大きいかと何気なく見れば、とくにどうということもなさそうに無言で歩いている。しかしその目が、はじめて目にするであろう行き交う人々の様子をじっと凝視していることに気がついた。たくさんの人間の様子を冷静に観察している、というより、その迫力に圧倒され、どこか畏縮しているように見えた。
黙って様子を見ていると、淡々とした無表情でシリルについて歩いているが、もともと色白の頬が、ホテルや車内にいたときより殊更白い。大柄で声の大きな人間が前方からやって来ると、ほんのわずか、頬の筋肉が固く締まって表情が硬化した。美貌のヒューマノイドがそんな様子を見せるたびに、シリルはさりげなく人とぶつかるのを庇うふりで肩を抱いて、その痩身を自分のほうへと引き寄せた。合間に、目的の商品を売っている店舗で必要な物を買いそろえていく。そうするうちに、カチコチだった無表情から次第に固い部分だけが取り除かれていくのがわかった。かわりにあらわれたのが、周辺に目を向ける余裕である。
さまざまな店構えやそこで扱う商品、店主や店員の様子、店に立ち寄る客たち、取り交わされる会話。
クリスタル・ブルーの透明な煌めきが、それらをつぶさに眺めるさまは、眠っていた好奇心が呼び起こされ、刺激されているかのようだった。
シリルはその好奇心を、もう少し満たしてやることにしたのである。
「シリル、あれはなんですか?」
果物、野菜、肉、魚介類、乳製品。好きなものを選べと言われて、店頭に並ぶさまざまな商品を見ていたリュークが足を止めて指さしたのは、ある専門店の店先にぶら下げられた巨大な網の袋だった。その中に、褐色の小石のようなものがぎっしりと詰まっていた。
「ああ、ありゃエスカルゴだ」
「エスカルゴ……」
「食用のカタツムリだ」
頼めばその場で調理もしてくれる。食べてみるかと尋ねると、リュークは少し近づいて、網の中身や露台の皿の上に載せられたものを観察してから無言でかぶりを振った。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる