セイクリッド・レガリア~熱砂の王国~

西崎 仁

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第3章 ミスリルの巨大市場

第1話(3)

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「30分後にできるそうだから、そのあいだに食事を済ませておこう」
 詳細は語らず、それだけを言って市場の中心へと引き返す。そして、飲食店が集まる場所に着いたところでリュークを顧みた。

「なにが食いたい?」
「私はなんでも。あなたのお好きなものを」
 相変わらず淡泊を極める応答に、シリルは悪戯めいた笑みを浮かべた。
「俺はいいから、試しにおまえが選んでみろ。こういう場所ははじめてだろ? 社会勉強の一環だ」

 言われて、クリスタル・ブルーの瞳がシリルをじっと見上げた。それから考えこむように注意深く周辺を見渡した。

「ゆっくり決めていいぞ。べつに30分きっかりで戻る必要はないからな」

 軽く肩に手を添えてうながされ、美貌のヒューマノイドは歩き出す。露天を中心に、ひとつひとつを真剣に見て歩きはじめた。
 昨日は追っ手を撒きながらミスリルに戻ることに集中していたのと、自分が預かっているのが100パーセントの機械人形と思いこんでいたこともあり、リュークの無表情は単調なものと思っていた。だが、先程サンマルシェに足を踏み入れて以降、おなじ無表情の中にも、微妙な違いながら、わずかに変化が兆していることにシリルは気づいた。
 市場の入り口で、自分の横を歩いていた足が、わずかに躊躇するように歩調を乱したのがきっかけだった。

 やはり歩くのはまだ負担が大きいかと何気なく見れば、とくにどうということもなさそうに無言で歩いている。しかしその目が、はじめて目にするであろう行き交う人々の様子をじっと凝視していることに気がついた。たくさんの人間の様子を冷静に観察している、というより、その迫力に圧倒され、どこか畏縮しているように見えた。

 黙って様子を見ていると、淡々とした無表情でシリルについて歩いているが、もともと色白の頬が、ホテルや車内にいたときより殊更白い。大柄で声の大きな人間が前方からやって来ると、ほんのわずか、頬の筋肉が固く締まって表情が硬化した。美貌のヒューマノイドがそんな様子を見せるたびに、シリルはさりげなく人とぶつかるのを庇うふりで肩を抱いて、その痩身を自分のほうへと引き寄せた。合間に、目的の商品を売っている店舗で必要な物を買いそろえていく。そうするうちに、カチコチだった無表情から次第に固い部分だけが取り除かれていくのがわかった。かわりにあらわれたのが、周辺に目を向ける余裕である。
 さまざまな店構えやそこで扱う商品、店主や店員の様子、店に立ち寄る客たち、取り交わされる会話。
 クリスタル・ブルーの透明な煌めきが、それらをつぶさに眺めるさまは、眠っていた好奇心が呼び起こされ、刺激されているかのようだった。
 シリルはその好奇心を、もう少し満たしてやることにしたのである。


「シリル、あれはなんですか?」

 果物、野菜、肉、魚介類、乳製品。好きなものを選べと言われて、店頭に並ぶさまざまな商品を見ていたリュークが足を止めて指さしたのは、ある専門店の店先にぶら下げられた巨大な網の袋だった。その中に、褐色の小石のようなものがぎっしりと詰まっていた。

「ああ、ありゃエスカルゴだ」
「エスカルゴ……」
「食用のカタツムリだ」

 頼めばその場で調理もしてくれる。食べてみるかと尋ねると、リュークは少し近づいて、網の中身や露台の皿の上に載せられたものを観察してから無言でかぶりを振った。
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