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第2章 波乱の幕開け

第2話(8)

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「あいつらに乱暴はされなかったか?」
「とくにはなにも。掴んで引き寄せた力は、あなたのほうが強かったです」

 あっさり返されて、シリルは気まずげに明後日のほうを見ながら顎先を掻いた。

「あ~、そりゃどうもすみませんでした」

 心のまるで籠もっていない謝罪を口にしつつ、椅子を引いて座らせてやる。怪我人相手に最初に無体な真似をしたのは事実なので、いまさらながらの紳士的振る舞いといったところか。

「とりあえず食い終わったら手当てをするから、もう少しだけ辛抱しろ」
「私なら大丈夫です。このままでも問題ありません」
「アホウ、俺がかまうんだよ。無傷で送り届けるっつったのに、しょっぱなからこれじゃ、プロ失格もいいとこじゃねえか」

 ぶっきらぼうに言いつつ、シリルは食事を再開した。あとから追加したウィスキーが運ばれてきたが、そのグラスには、もう手をつけなかった。
 追っ手を撒くことに意識を向けていたこともあり、道中、あまりリュークの様子に気を配ってやらなかったことが悔やまれる。それ以前に、詳細はひとまずミスリルに到着してからと、契約文書の中のリュークの特性について、きちんと目を通さなかったのは失態だった。

 ナイフとフォークを優雅に操る手の動きに合わせて袖口から覗く腕が、真っ赤になっているのが対面してあらためて目についた。よくできた人工皮膚と思えばこその配慮のなさであったが、痛みを遮断できるとはいえ、半日以上も放置していい怪我ではなかった。思ったところで、シリルは手にしていたフォークを皿に置いた。

「シリル?」

 男は立ち上がると、クリスタル・ブルーの双眸を瞬かせる麗人の華奢な腕を取った。

「オヤジ、すまないが残りの料理をテイクアウトで頼む。おもてのイーグルまで運んでくれ」

 奥の厨房に声をかけ、出口の精算機にさっとIDが組みこまれた指輪を嵌めた手をかざす。そのまま店をあとにした。

「脱げ」

 イーグルワンに乗車した早々、シリルは命じた。車内灯をつけ、すべての窓ガラスを目隠しモードに切り替える。有無を言わさぬ口調に、リュークはふたたび感情の色が消えた瞳を瞬かせた。

「食事を中断せずともよかったのでは?」
「うるせぇな、見てるこっちが気になるんだよ。いいから早くしろ」

 しばしシリルの顔を見返していた美貌のヒューマノイドは、やがておとなしく言われたとおりに身につけている衣服を脱ぎはじめた。

「ったく、おまえのオリジナルが男でよかったぜ。じゃなかったら、セクハラもいいところだ」

 不機嫌にぼやきながらも、シリルは運転席わきの収納スペースから医療箱を取り出す。ひととおりの治療用具がそろえられた中から、炎症緩和剤と皮膚再生の塗り薬、冷却シートを取り出した。
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