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第2章 波乱の幕開け

第2話(6)

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 あから顔の厳つい男は、さらに調子づいて腕の中の痩身をしっかりと抱えこんだ。細いおとがいを掴んで、間近から艶麗えんれいな美貌を覗きこむ目に野卑な欲望が滲む。

「見れば見るほど、たいした美形だ。こんな上玉、そうそうお目にかかれるもんじゃねえ」

 やにさがった顔つきで、舌なめずりせんばかりの様子である。だが、触れ合わんばかりに近距離で顔を覗きこまれ、酒臭い息を吹きかけられても、人形めいた無表情に変化があらわれることはなかった。

「どうした、おねえちゃん? 怖くて固まっちまったか? カレシだか旦那だか知らねえが、あんな乱暴な野郎なんか放っておいて、オレたちと一緒に飲まねえか? ん? たっぷり可愛がって優しくしてやるぞ?」

 リーダー格の男の言葉に、周囲の野次馬たちはここぞとばかりに下品な笑い声をあげ、囃し立てた。なおも無反応に佇むその様子を、怯えきって畏縮しているためと受け取ったようだった。下卑た男たちの表情に、いずれも嗜虐しぎゃくの色が浮かんでいた。
 これで本当に居竦んでいるかわいげがあるなら、助け甲斐もあるのだがとシリルは小さく息をついた。

「おい、静かに話しているうちに言うことを聞いておけ」

 悠然と背凭れに身を預けたまま、シリルは大事な預かり物に手をかけている巨漢を見やった。

「そいつを放して、自分たちの席に戻れ。いますぐだ」
「おいおい、女のまえだからって、随分余裕かましてカッコつけんじゃねえか。ついさっきまで、そのかよわい女相手にエラそうに声荒らげて、威張り散らしてた兄ちゃんとは思えねえな」
「威張り散らしたつもりはねえが、そいつがあんまりモノの道理がわかってないんでな。ちょいと人間社会のルールってやつを教えとこうと思ってよ。耳障りだったなら以後気をつける。だから手を引いて席に戻れ。3度目だ。次はねえぞ」

 どこまでも人を食った態度が癇に障る。シリルを見る男の双眸に、獰猛な殺意が浮かび上がった。
 赭ら顔の巨漢は、腕の中に捕らえていた獲物を仲間たちのほうへ突き飛ばすと、分を弁えない生意気な青二才のまえに進み出た。

「兄ちゃん、おまえこそ社会のルールってのがわかってねえんじゃねえのか? 目上の人間に、そのエラそうな態度。ちっとばっか図に乗ってやしねえか?」
「そうか? 俺は充分、相手に見合った礼節を示してるつもりだがな」
「言うじゃねえか。なら、最後までそのスカした態度でカッコつけてられるかどうか、試してみようじゃねえか。このオレがきっちり、相手かまわず粋がるとどういうことになるのか教えてやるからよ」
「それはそれは」

 鼻哂びしんを放ったシリルの胸倉を、赭ら顔の大男は勢いよく掴み上げた。
 椅子から立ち上がらされたシリルの目線が、充血した相手の目とほぼおなじ位置で絡み合う。途端に、もともとの赭ら顔がさらに赤黒く染まった。己の体格のよさを自慢のひとつにしている男にとって、目線の位置が合うシリルのスラリとした長身は癇に障ったようだった。

「そのへんにしておいたらどうだ?」

 兇猛きょうもうさの増した目でめつけられても、シリルは飄然ひょうぜんとした態度を崩さず、余裕ある口調で声をかける。そのふてぶてしさが男の怒りに油を注いだ。

「小僧、調子に乗るなよっ」
「お、お客さんっ! 喧嘩は困りますよっ」

 男の怒声に、野次を飛ばす集団の向こうから悲鳴のような店主らしき人物の声が響いた。

「悪いな、すぐ済ませる」

 人垣にまぎれて見えない相手に向かって、シリルは軽やかに応じた。それが引き金となって、男は怒りを一気に爆発させた。
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