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第2章 波乱の幕開け
第2話(5)
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これほどの美貌の持ち主が実在しただけでなく、性別が男とあっては、大多数の同性と異性がそれぞれの思惑で絶望感を味わったに違いない。女なら相当な敗北感と屈辱を味わわされただろうし、男の場合は、ごく一部の性的嗜好の持ち主を除けば、自分とおなじ躰の構造を持つ相手に興奮するわけもない。同性には微塵の興味もないシリル自身、生身の存在というだけでなく、性的奉仕も可能だと言われたところで残念な気持ちしか湧いてこなかっただろう。
「栄養の摂取にしても同様です」
真面目なヒューマノイドは、やはり真面目な表情と口調で説明をつづけた。
「たしかに人とおなじように、こうした食事によるエネルギー補給をすることは可能ですが、必要に応じて体内でエネルギー生成の機能を切り替えることができますので、長期間なにも口にしないことで、痩せ衰えて死に至る、といったことはありません」
「味はわかるんだろ?」
「匂いや味を知覚する受容器は備わっています」
「ならいい」
シリルはそっけなく応じた。
「痛みは?」
「外部からの刺激に対する感知力も危機回避に不可欠な要素として備わっています。ですが、状況に応じて伝導路を遮断することで、感覚そのものをなくすこともできます」
「ようするに、普通の人間とおなじで、生存に必須の感覚として強い刺激や炎症反応を感知する機能は備わっているが、おまえの場合は自力でその痛みを麻痺させることもできるってことだな?」
「仰るとおりです」
「事故現場で煙に巻かれて無事だったのも、似たような特性を活かしたからか?」
「煙死のリスクを回避するため、一時的に呼吸器に関する機能を停止してありました」
「便利なもんだな」
皮肉な口調で応じたシリルだったが、直後、唐突に顔色を変えてフォークを握る華奢な腕をテーブル越しに掴み、自分のほうへ引き寄せた。咄嗟のことに、躰ごとまえにつんのめったヒューマノイドが握ったナイフごと右手をテーブルにつく。カトラリーと食器とが派手にぶつかり合って、思いのほか大きな音が店内に響いた。
「バッカ、おまえ、火傷してんじゃねえかっ! なんで言わない!」
「たったいま申し上げたとおり、痛みは遮断してありますので問題ありません」
「そういう問題じゃねえだろ! 痛みがあろうがなかろうが、怪我してることにかわりはねえだろがっ」
思わず声を荒らげたシリルを、人形のように表情の乏しい麗容が見返した。そのわきに、ふらりと立った人物があった。
「おいおい、兄ちゃん。さっきから見てりゃ、随分ぞんざいな扱いじゃねえか。こんな最高級の別嬪相手に、無体な真似はいけねえよ」
余計な横槍に目線をずらせば、酔いどれ客のひとりが、さもわざとらしくいたわるようにリュークの躰に手を添えていた。一見したところ、善意の仲裁を買って出たふうを装ってはいるものの、無抵抗な痩身をさりげなく自分のほうへ抱き寄せているばかりか、肩から腕にかけて、思わせぶりな手つきで繰り返し撫で上げたり撫で下ろしたりしている。
「余計な口出しをするな。そいつから手を放せ」
シリルは鋭い眼差しで相手を射貫いたが、酔客はいっこうに堪えたそぶりもなく、ニヤニヤとした笑みを浮かべたままだった。あまり人相のよくない、レスラー崩れといった風体の男である。年齢は50前後。腹は出ているが、それなりに鍛えているのか全体にガタイもよく、筋肉質で力もありそうだった。余裕たっぷりの表情を見るかぎり、腕にも相当の自信があるのだろう。
仲間と思われる、似たような面相の男たちも取り囲むようにテーブルの周囲に集まってきていた。入店時にリュークの姿を見るなり、下品な口笛を吹いて野次を飛ばした連中だった。おそらくは、絡む機会を窺って注意を向けていたに違いない。
「栄養の摂取にしても同様です」
真面目なヒューマノイドは、やはり真面目な表情と口調で説明をつづけた。
「たしかに人とおなじように、こうした食事によるエネルギー補給をすることは可能ですが、必要に応じて体内でエネルギー生成の機能を切り替えることができますので、長期間なにも口にしないことで、痩せ衰えて死に至る、といったことはありません」
「味はわかるんだろ?」
「匂いや味を知覚する受容器は備わっています」
「ならいい」
シリルはそっけなく応じた。
「痛みは?」
「外部からの刺激に対する感知力も危機回避に不可欠な要素として備わっています。ですが、状況に応じて伝導路を遮断することで、感覚そのものをなくすこともできます」
「ようするに、普通の人間とおなじで、生存に必須の感覚として強い刺激や炎症反応を感知する機能は備わっているが、おまえの場合は自力でその痛みを麻痺させることもできるってことだな?」
「仰るとおりです」
「事故現場で煙に巻かれて無事だったのも、似たような特性を活かしたからか?」
「煙死のリスクを回避するため、一時的に呼吸器に関する機能を停止してありました」
「便利なもんだな」
皮肉な口調で応じたシリルだったが、直後、唐突に顔色を変えてフォークを握る華奢な腕をテーブル越しに掴み、自分のほうへ引き寄せた。咄嗟のことに、躰ごとまえにつんのめったヒューマノイドが握ったナイフごと右手をテーブルにつく。カトラリーと食器とが派手にぶつかり合って、思いのほか大きな音が店内に響いた。
「バッカ、おまえ、火傷してんじゃねえかっ! なんで言わない!」
「たったいま申し上げたとおり、痛みは遮断してありますので問題ありません」
「そういう問題じゃねえだろ! 痛みがあろうがなかろうが、怪我してることにかわりはねえだろがっ」
思わず声を荒らげたシリルを、人形のように表情の乏しい麗容が見返した。そのわきに、ふらりと立った人物があった。
「おいおい、兄ちゃん。さっきから見てりゃ、随分ぞんざいな扱いじゃねえか。こんな最高級の別嬪相手に、無体な真似はいけねえよ」
余計な横槍に目線をずらせば、酔いどれ客のひとりが、さもわざとらしくいたわるようにリュークの躰に手を添えていた。一見したところ、善意の仲裁を買って出たふうを装ってはいるものの、無抵抗な痩身をさりげなく自分のほうへ抱き寄せているばかりか、肩から腕にかけて、思わせぶりな手つきで繰り返し撫で上げたり撫で下ろしたりしている。
「余計な口出しをするな。そいつから手を放せ」
シリルは鋭い眼差しで相手を射貫いたが、酔客はいっこうに堪えたそぶりもなく、ニヤニヤとした笑みを浮かべたままだった。あまり人相のよくない、レスラー崩れといった風体の男である。年齢は50前後。腹は出ているが、それなりに鍛えているのか全体にガタイもよく、筋肉質で力もありそうだった。余裕たっぷりの表情を見るかぎり、腕にも相当の自信があるのだろう。
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