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プロローグ

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「浮かれるのはいいが、おまえこそ寝首掻かれねえよう、せいぜい気をつけるんだな」
 男の言葉に、実際、かなり浮かれ調子だったテッドはギョッとして顔を硬張こわばらせた。
「おい、いきなり物騒なこと言うなよ」
「冗談でこんなこと言うと思うか? おまえも裏社会で生きてきたなら、甘い考えは捨てることだな。大金に目が眩んでると、後ろからグサリとやられるぜ」
「わ、わかった……」

 むさ苦しい髭面を蒼褪あおざめさせた仲介屋は、「オレ、おまえに護衛頼もうかなぁ」と、まんざら冗談でもなさそうな口調で心細そうに呟いた。男はあたまからそれを聞き流した。

「で? 王都への運搬はいいとして、受け渡しの詳細はどうなる?」
「あ、ああ。あとで依頼内容のデータを転送するが、とりあえず受け渡し場所は、おまえがいまいる軍事都市ミスリルの北東に、キュプロスってえ研究都市があるだろ? その中にある、シュミット研究所ってとこに行きゃわかるそうだ」

 名前を聞いた途端、男は得心顔でなるほどと内心独りごちた。仲介人が口にしたのは、工学全般をひろく扱う、世界有数の専門機関だった。エネルギー、自然科学はもちろんのこと、人文社会科学、生化学、軍事兵器といった多岐にわたる分野が研究対象として扱われている。政府の息がかかった、世界トップクラスの研究者らが集まることでも知られていた。シリルに委託された任務は、そのいずれかの研究対象物ということだろう。公に示せないということは、相応に倫理基準に反するか、もしくは法に抵触する内容であることは間違いない。
 任務遂行後、消されるおそれがあるのは、ひょっとすると自分のほうかもしれない。
 思いつつ、テッドとの通話を切った男は、バスルームに移動したついでにシャワーを浴びてベッドルームへと戻った。


「もうご出発?」

 キングサイズのベッドに横たわる女が、身支度を調える男を見て物憂げに問いかけてきた。数時間前の情交の跡も生々しい乱れたシーツの上で、女は見事なプロポーションの裸身を惜しげもなく曝していた。

「次の仕事が入った」

 女の眼差しの中に含む媚態に関心を払うことなく、シリルは事務的な口調で応えた。行きずりの関係とするには、ほのかな執着と情念が女の中に透けて見える。気づきはしたが、シリルは取り合わなかった。

「そう……」

 ラベンダー・グレーの双瞳に、かすかな諦めと失意が綯い交ぜになる。手早く身支度を済ませたシリルは、

「精算は済ませておく。縁があったら、またどこかでな」

 女に告げると、ホテルの部屋をあとにした。
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