どこかで見たような異世界物語

PIAS

文字の大きさ
上 下
373 / 398
第十二章

第329話 憂さ晴らし

しおりを挟む

「ふぅぅ。どうにか話はまとまったようですね」

「ああ、これもすべてアランの持ってきたこれらのお陰よ」

 よく見えるように、テーブルにバラバラに置かれていた紙を集めつつ、すべてを拾い集めたアウラは、それをアランへと手渡す。

「しかし、最後は危険でしたね」

「……あのブールデル準男爵の護衛の事か」

「はい。まるで今にでも切りかかってきそうな気迫を感じました」

「クッ、アウラ様申し訳ありません。私の実力不足故に……」

 結局話が破談になってしまった時のシルヴァーノの様子は、くだらない茶番に延々と突き合わされた挙句に計画が失敗した事によって、酷くいら立っているようだった。

 今にも切りかかってきそうな気配すら発していたシルヴァーノが、凶行に及ばず素直に帰っていったのは、アンドレオッツィ子爵の連れていた護衛が睨みを利かせていた影響が大きい。

 この護衛の男は冒険者ではなかったが、実力的にはBランクに相当する腕前の持ち主だった。
 それでも一対一であればシルヴァーノに分はあったが、それ以外の全てが敵に回るとなれば、迂闊に手を出すわけにもいかない。

「仕方あるまい。あの護衛の男はエスティルーナ殿と同じAランク冒険者だ。あまり気にするな」

 アウラに励まされるマデリーネだが、そう簡単に納得することはできない。
 あの会談の場において、自分ひとり役立たずなのではと、強く自分を追い込んでしまうマデリーネ。

 一方アウラは、ある人物の事を考えていた。

(ホージョーであれば、あの男に対しても牽制出来ただろうか)

 あの時、拠点でのエスティルーナとの模擬戦を見て以来、北条を麾下に加えたいという欲求が再び湧き上がってきたアウラ。
 あの時交わしたホージョーと模擬戦をする約束は、未だに果たされていない。


「……それにしましても、今回のベネティスのやり口はかなり思い切ったものでした。使者としてあのような愚鈍な準貴族の者と、狂犬のような男を送りこんでくるとは」

「うむ。これまでの奴らの手口とは少し変わってきているな。奴らが用意した命令書と、記名されていた貴族の名前。そして、今回の手口。何か関係があるのかもしれぬ」

「命令書にスラヴォミール王子の名があった事も気になります。奴らベネティスの後ろ盾になっているのかもしれません」

「王子はまだ成人の儀も終えておらぬ。……もしかしたら、もう数年前から王子に取り入っていたのかもしれぬな」

「今回の件については早急に辺境伯にお伝えせねばなりませんね」

「ああ、仔細はアランに任せる」

 アーガスへの報告についてをアランに一任したアウラは、口元に手を当てて考え込む。

(あのシルヴァーノとかいう男の態度。場合によっては状況も考慮せず、私に襲い掛かっていたかもしれん。そのような危険な男と無能な準貴族を送り込んで、一体ベネティスは何を目論んでいるのだ?)

 幾つかこうではないかという推測は立ちはするが、しっくりくる考えはなかなか出てこない。
 ただこれまでと違い、どこか適当というか、何か問題ごとが起きても構わないというベネティスの意向は感じられた。
 すなわち今後何らかの強硬手段に出る可能性もあるという事だ。

(問題は狙いがどこにあるかという事だ。ダンジョンが狙いなのか、他にも狙いがあるのか。……父上に兵を派遣してもらう事も検討しないといけないな)

 後手に回ってしまってるような状態に不安を覚えながら、アウラはやれる事、今やっておくべきことを模索する。
 傍らでは、ずっと考え続けていたマデリーネが何かを決意し、アウラに話しかけようとしている所だった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「アンドレオッツィ子爵! このままおめおめと帰ってよろしいのか!?  卿もハンス様の話に乗った、いわば同舟の間柄であるはず!」

 町長宅からの帰り道。
 興奮した様子のブールデル準男爵がアンドレオッツィ子爵に問い詰めていた。
 一応は周囲に人の数が少ない事を確認してから、声量に気を付けて話してはいたのだが、それでも近くには何人も人が歩いている。
 そのせいか、これまでアンドレオッツィ子爵は沈黙を続けていた。

「……ブールデル準男爵。このような往来の場ではそれ以上の口を慎みたまえ」

「し、しかし……ッ!」

「そもそもだね。これだけ穴のある計画だとは流石のワシも思っていなかったのだよ。子供のお遊びに大人を巻き込むのはこれっきりにしてくれ」

 アンドレオッツィ子爵はそういうと、有無を言わさず宿泊してる宿の方へ、護衛と共に去っていく。
 追いすがろうとするブールデル準男爵を、一顧だにする様子もない。
 結局残された者たちは、借りている屋敷の方へと戻っていく。



「全く、あのつかえない男め! たかが子爵の分際で、ハンス様の計らいを無下にしおって!」

 屋敷に帰ってくるなり、ブールデル準男爵の口からは罵詈雑言が止まることがなかった。
 やり場のない怒りを物にぶつけようとするも、借り物の邸宅の器物を壊せばその分、修繕費などが余分に請求されてしまう。

 準男爵の身としては、この屋敷を借りているだけでも大分無理をしている状態だった。
 出立前にベネティス辺境伯に渡された工作用の資金などは、とっくに使い果たしてしまっている。

 結果として、凝りもせず苛立ちを護衛――シルヴァーノへとぶつける。

「貴様も貴様だ! ボーっと立ってるだけしか出来んのか? 貴様はいずれ最強の男になるのだと常々言っているのだろう? ならばあのような小娘どもを黙らせる事などかん――」

 ブールデル準男爵は、最後まで言葉を口にすることが出来なかった。
 学習能力のないこの男は、再びシルヴァーノの放つプレッシャーによって、それ以上言葉を紡ぐことが出来ないでいた。

「いい加減そろそろ自分の立場というものを理解しろ」

「なっ!?」

 これまでは曲りなりにも敬語を使っていたというのに、ここに至ってそれが崩れたことに、ブールデル準男爵は驚く。

「いいか? ハンス様はお前の事なんか気にかけてはいない。今回俺に与えられた命令の一つにお前の護衛というのがあったが、それとは逆に、お前が問題を起こしたら始末しろとの命令も受けている」

「はっ、はぅああぁあ!?」

「お前の愉快な脳みそでも理解できるように言ってやる。つまり、俺がお前の事を"問題"だと思えば、いつだってお前を始末してもいいって事だ」

 震える小動物のごとくぷるぷるとしていたブールデル準男爵は、ついに立っていられなくなり、その場に崩れ落ちる。
 床の部分には水たまりができ、アンモニアの臭いをまき散らす。

「そう、それでいい。お前にはガタガタ震えているのがお似合いだ」

 恐怖に打ち震えるブールデル準男爵を見て、僅かに胸がスッとしたシルヴァーノは、そのまま部屋を出ていく。
 残されたブールデル準男爵は、しばしその場から動くことも、人を呼ぶことも出来ず、部屋の真ん中で震えるのだった。
 


▽△▽△



「ちっ、アイツの情けない姿を見て少しはスッとしたが、まだまだ心が晴れん」

 あの後、部屋だけでなく屋敷からも出たシルヴァーノは、一人街中を歩いていた。
 しかしこうして街中を歩いていると、余計苛立ちは募っていく。

「どいつもこいつも……」

 地元ベネティス領では、シルヴァーノは『勇者』として知られており、何も知らない一般人からは尊敬を。実態を知っている者や、亜人からは恐れや憎悪交じりの視線が向けられていたものだった。

 それなのにこの町でのシルヴァーノの知名度は低く、こうして道を歩いていても反応を示すものが少ない。
 自尊心の高いシルヴァーノは、そんな些細な事でも不快に感じてしまう。


「…………あれは」


 そんなシルヴァーノが向かっていたのは、冒険者ギルドだった。
 あそこならシルヴァーノの事を知っている者もいるだろうし、何よりほかに行くような場所にアテがない。
 そうしてギルド前の通りまで歩いていたシルヴァーノは、丁度ギルドの入り口から出てくる一組の冒険者パーティーを発見する。

「そういや冒険者の勧誘の方も上手くいっていなかったな……」

 結局シルヴァーノがこの町に来てから、勧誘に成功した冒険者は『黒髪隊』の他に、ソロの冒険者が数人。
 それから仕方なく基準を下げて、Dランクの冒険者パーティーを追加で一組。
 調査段階で狙いをつけていた冒険者は、結局ほとんど勧誘する事が出来なかった。

「奴らにはさんざん舐めた真似をされたからな。後はもう帰還するだけだし、少し無茶をしても構わんだろう」

 誰にともなくそう独り言ちると、シルヴァーノは今しがたギルドから出てきた冒険者パーティーの後をつけ始める。
 彼らは東地区にある宿には目もくれず、町の東の方へ向かって移動をしていた。
 そしてそのまま町を出てダンジョンがある森方面へと向かっていく。

 冒険者たちがある程度町から離れたのを確認したシルヴァーノは、そこから一気に冒険者たちを追って高速で駆け始める。
 ある程度距離が近づくと、相手の盗賊職の冒険者がシルヴァーノの接近に気づいたようで、仲間に警告の声を発していた。


(さあて。あのクソハーフエルフはぶち殺しても構わんが、他の奴は有用だから半殺しに留めんとな。あと幾ら俺でも同時に持ち帰るのは二人が限度……。あの生意気な女と"結界魔法"の使い手でいいか)


 ダンジョンから帰還してギルドでの報告を済ませ、拠点への帰路につく『プラネットアース』。
 彼らはまるで天災のように突如湧き上がった猛烈なる悪意に、今、呑み込まれようとしていた。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

処理中です...