どこかで見たような異世界物語

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第十二章

第313話 負け犬の遠吠え

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「Sランク……だと!?」

「知らんのか? Sランクっゆうんは、Aランクの更に上の……」

「そんな事は知っている! だがSランク冒険者など数える程しかいないハズだ!」

「せやな。俺も他の現役のSランク冒険者とは会うた事はないな」

 シルヴァーノも無論Sランク冒険者という存在の事は知っていたが、詳細については興味を覚えていなかった。
 何故なら、その内自分もその座に立つことが分かっていたからだ。

 いずれは世界最強の冒険者となる事を、疑いもしていないシルヴァーノ。
 そんな彼の自尊心は、現役Sランク冒険者の事を気にするという事を許さなかった。
 それではまるで、自分が必死に追いつこうともがいているように思えたからだ。
 そんな事をせずとも、自然体にしていればいつの間にかSランクへ昇格し、いつのまにか世界最強になっている。
 そうシルヴァーノは信じていた。

「で、自分どないするんや? まだ暴れたりないならもうちょいキツイのをお見舞いしてやろか?」

「クッ!」

 余りに屈辱的な状況に、噛み砕かんばかりに歯を強くかみしめるシルヴァーノ。
 "勇者の心"を天恵スキルとして生まれて以来、周囲からはチヤホヤとされ、
自信過剰な性格に矯正されてしまったシルヴァーノ。
 しかし、まだ実力が伴わなかった頃には、何度かこうした惨めな気持ちを味わった事もあった。

 そのようなシルヴァーノに惨めな気持ちを味わせた者達は、後にシルヴァーノ自身の手によって、手ひどい仕打ちを加えられ、今はすでに亡き者となっている。
 しかし今回のようにSランク冒険者が相手となれば、今のシルヴァーノでも手が届く相手ではない。

「……………………。覚えていろッ!」

 結局シルヴァーノは捨て台詞を吐いて、そのまま冒険者ギルドを後にしていく。
 その去り行く背を見てゼンダーソンが追い打ちをかける。

「なんや。あれだけイキっておいて、最後は負け犬の遠吠えかいな」

 そのゼンダーソンの言い方に、シルヴァーノの圧力に押されて余計な事を口にしなかった冒険者たちも、思わず吹き出してしまい、笑い声が連鎖していく。
 シルヴァーノはその笑い声を聞きながら、怒りの余り体をワナワナと震わせながら、出口へと向かう。
 余りに感情が激しすぎて、まともに歩くのにも難儀するほどだった。

 何も知らず外から入ってきた冒険者は、その鬼気迫るシルヴァーノを見て腰が抜けそうになるが、かろうじて脇に避ける事に成功する。
 もし今の状態のシルヴァーノとぶつかりでもしたら、今度は躊躇なく腰の剣を抜いて、ぶつかった相手を切り裂いていたかもしれない。

 幸いにもそういった事態には発展せず、フラフラとしたシルヴァーノはギルドを完全に立ち去った。
 残った者達、特に冒険者たちは、現役のSランク冒険者であるゼンダーソンに興味深々であったが、恐れ多いとでも思っているのか、それとも体の内からあふれる存在感に圧されているのか、話しかけようとする者はいなかった。

 そんな雰囲気の中、おずおずといった感じでゼンダーソンに声を掛ける者がいた。


「あ、あの。危ない所をありがとうございました」

 それは、シルヴァーノの狂手から守ってもらった陽子の声だった。

「ああ、別に気にせんでええ。やられそうになっとったのが男やったら、助けんかっただろうしな。ガハハハッ」

 そう言って豪快に笑うゼンダーソン。

「それでも、お礼を言わせてください」

「ほう、律儀なやっちゃな。あんたが獣人の女やったら口説きにかかってたとこや」

 ジロジロと不躾な視線を陽子に送るゼンダーソンだが、そこには色欲が感じられなかった。
 本人の弁の通りに、獣人の女以外はストライクゾーンから外れるのかもしれない。

「う、うううん……」

「あ、咲良ちゃん。大丈夫?」

 そこでロベルトの"神聖魔法"で治療されていた咲良が目を覚ます。

「あ、えっと……はい。あの、一体なにがぁっっ!?」

 目を覚ました咲良が、直前の記憶を思い出しつつ、事態を把握しようと周囲を見渡す。
 するとすぐに近くにいた巨体の持ち主に気づき、まるでコントのような大きな反応を示す。

「そっちの嬢ちゃんも無事そうやな。まったく、女相手にこうまでするとはろくでもない奴や」

「そう、だな。ろくな性格の持ち主ではないと思っていたが、あれほど直情的だとは思わなかった」

「なんや兄ちゃん。見た感じ、この娘らの仲間なんやろ? なら気張って守りぃや」

「……ああ、まったくその通りだ」

 思わず信也は《鉱山都市グリーク》での事件を思い出してしまうが、すぐに前向きに立ち直ってゼンダーソンに同意する。

「えっと……、よくわからないけど、あなたが助けてくれたんですね? ありがとうございます」

「ええってええて」

 咲良もある程度事態がつかめたのか、ゼンダーソンにお礼の言葉を掛けるが、ゼンダーソンは手をヒラヒラとさせて気にするなという態度だ。

「それにしてもオジサン強いね!」

「お、オジサン!? ……ま、まあこれでもSランクの看板背負うとるからな」

 ゼンダーソンは三十九歳であり、種族が違うし大分獣寄りの獣人とはいえ、若者と年寄りの区別くらいは、他の種族であろうと多少はつく。
 その年齢だけ見れば、十分オジサンやオッサン呼ばわりされてもおかしくはない。

 しかしゼンダーソンは本国――冒険者の王国『ユーラブリカ』では、英雄のような扱いを受けている。
 いや、それどころか"英雄のような"という曖昧なものなどではなく、実際に『ユーラブリカの英雄』という称号さえも得ているのだ。

 そのような英雄に対し、気軽におっちゃんだのオジサンだのと声を掛けてくる人は皆無だ。
 子供たちは羨望の眼差しでゼンダーソンを見上げていて、それは大人の冒険者であっても大差ない。

 そうした背景もあって、由里香の何の意図もない無邪気でまっすぐなオジサン呼びに、軽いショックと共に妙に新鮮な気分をゼンダーソンは味わう。

「そうですね~。おじさまなら悪魔ともサシでやり合えそう~」

「お、おじさま……!? ぬ、ぬう。まあ、確かに悪魔とは散々やりおうてるけどな」

 オジサンに引き続き、おじさま呼ばわりされたゼンダーソンは、呼んだ相手がまた幼い少女だったせいか、思わずデレーッとした気持ちになる。

「え、ほんとですか!?」

「ああ。《ブレイブキャッスル》のデビルホールエリアでは、時折悪魔が出てくるんや」

「うわぁ……。そっかぁ、フィールドだけじゃなくて、ダンジョンにも悪魔は出てくるのかあ」

「ちゅうても、ダンジョンに出てくる悪魔は外でウロついとる奴とは別モンやけどな」

「それってどう違うんですか?」

「んー、俺も詳しくは知らんが……、そもそもダンジョンに出てくる魔物は全部フィールドの奴とは別モンやろ」

「それもそうですね」


 それはダンジョンに潜る冒険者なら、程度の差こそあれ誰もが認識している事だ。
 フィールド、つまりダンジョンの外にいる魔物と、ダンジョン内に出現する魔物にはいくつもの違いがある。

 倒すと光の粒子となって消えていくのが分かりやすい違いだが、他にもダンジョンの魔物はダンジョン外に連れ出して放置しても、時間経過で消える事が分かっている。

 その為、ダンジョン内の魔物をテイムして連れ出すことは出来ない。
 というか、そもそもテイムが成功しないのだ。
 『リノイの果てなき地平』のラミエスが使役している三匹の魔獣も、元はフィールドで捕らえた魔獣だ。


「にしても流石Sランク冒険者ね。私達は悪魔一体で大騒ぎだったのに、ダンジョンで出てくるって事は何度も倒してるって事でしょ?」

「ん? 悪魔とやりあった事があるんか?」

 陽子の言葉に興味を示したゼンダーソンが、感心した様子で問いを返す。

「ええ。神官として町中に潜んでいた悪魔がいてね。数か月前に倒した所よ。その時はAランクの冒険者もいなかったし、大分被害も出たわ」

「……なるほど。そら大変やったろうな。俺も野良の悪魔とやった事はあるが、ダンジョンに出てくる悪魔よりやりにくくかったわ」

「悪魔には個体差があるようだからね」

「いやっ、まあ、それもあるんやろうけどな。野良の悪魔の方がより人間らしいちゅうか、なんちゅうか……。恐らく同格の悪魔でも、野良悪魔の方が強いんとちゃうか」

「人間らしい……」

「ちなみにその悪魔はどん位の強さだったんや?」

「私達が倒した悪魔はだいきゅ…………、ああ、ええと。ナイルズさんの話によれば、中位の悪魔? らしいけど」

「中位やと? ……そらあ、またなかなかの大物やな」

「そうね……。死者も二十人近く出たし」

「はぁぁ? 二十人やと?」

「ええと、確かそれくらいだったはずだけど」 

 悪魔戦での被害を聞いたゼンダーソンは驚きの声を上げる。
 それに対し陽子は何か変な事を言ったかな? と思いつつ、再度同じ事を言う。

「確かAランクの冒険者は居らん言うてたな? ちゅうことは、Bランク以下の面子で中位の悪魔を倒したゆう事か」

「え、ええ。そうですけど……」

 ここで陽子もゼンダーソンが驚いた理由に察しがつく。
 今はパーティーが別になっているが、それでも近くで接する事が多い分、北条慣れしてしまっている部分があって、すぐに気づけなかったのだ。
 あの悪魔との戦いで大きく活躍した人物の事を。

 その事をゼンダーソンに伝えるかどうか迷う陽子。
 これまでの感じからして悪い人には見えないが、ここにいない人物の事を伝えるのは如何なものか、と躊躇していた。
 しかしそんな陽子の迷いを吹き飛ばすかのように、由里香が発言する。

「あの悪魔は、北条さんがいなかったらホント危なかったよね!」

「ホー、ジョー?」

 どうやら陽子の北条に対する気配りも、不発に終わってしまったらしい。
 ゼンダーソンの興味は、悪魔戦で活躍したらしい『ホージョー』という人物に向けられていた。


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