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第十二章
第306話 もう一つの揉め事
しおりを挟む北条の名乗りを聞いて、一歩腰が引けた様子の男。
だが北条は構わず追い打ちをかけていく。
「それで、グリーク卿に対する流言飛語を流すとは、一体お前の背後にいるのは誰なんだぁ?」
「……っ!!」
男は思わず北条の顔を見る。
それは何か心当たりがありますと言ってるも同然の仕草だった。
北条は"悪意感知"でこの男から悪意は感じていたのだが、具体的な裏事情までは知る事は出来ない。
これが他の領主の話であれば、ここまで関わる事はしなかった。だが、アーガスとは実際に会って人となりを感じているし、北条の目から見て十分善政を行っているようにも見える。
実際民衆からの支持はなかなかのもので、評判を聞きつけた他領の住民が流れてくる事もよくあるくらいだ。
そのため北条は、この男もただの私怨などではなく、裏に何者かの思惑があるのではないかと睨んでいた。
「その顔は自白しているようなもんだぞぉ? で、誰に頼まれてこのようなデマを言っていたんだぁ?」
ジッと男を見つめながら、ゆっくりとした口調で問いかける北条。
男もどこか気の抜けた顔で北条を見つめ返しながら、しばし顔を左右に軽く揺らし始める。
少しすると、呆けたような顔も元に戻っていき、それと同時に男は口を開き始めた。
「あ、ああ……。確かにアンタの言う通りこれは俺が頼まれて――」
「よおお! お前、こんな所で油売っていたのか!? さあ、帰るぞ!」
「あ、ああ……?」
「おおい、ソイツとはまだ話のとちゅ――」
「悪ぃな、こちとら急ぎの用意があるんでな」
男と会話していると、突然聴衆から割り込んできた若い男が、何かを白状しようとしていた男を連れて強引に離れていこうとする。
(あからさまに怪しいが、ここは仕方ない。だがやれる事はやっておくか)
無理やりに止めようと思えば止める事も出来たであろうが、北条はそのまま若い男に連れられて離れていく二人を、見送る事にした。
だがこの件に関してのフォローは、入れておく。
「おぉ、おぉ。今のタイミングはあからさまに怪しかったよなぁ? 俺の問いかけに答えそうになっていた男を、慌てて引き離したようにしか見えん」
「そーだそーだ!」
「今あの男、何か言おうとしてたわよね?」
「――だとするとタイミング良すぎでしょ」
「それにあの男も最後なんか様子がおかしかったし……」
一連の出来事に、周囲の人たちも口々に噂しあう。
北条はすぐには続きを話さず、少し回りの人たちの様子を見てから、続きの言葉を話し始める。
「どうやら今、この町にはグリーク卿の評判を落とそうとしてる奴らがいるようだぁ。ここに居合わせた人はどうかこの事を周囲の人にも知らせてくれぃ。さっきの連中に一泡食わせてやろうじゃあないかぁ」
「おおおおぉぉ!!」
多くの人の注目が集まる中、堂々とした態度で呼びかける北条の声は、聞くものの心にまで強く届いた。
その結果、どこか高揚感や使命感のようなものを抱いた人々は、心の底から沸き上がるような声を上げる。
「む、じゃあ解散だぁ」
民衆の余りの反応の良さに、少し戸惑った様子の北条が解散を命じると、先ほどまでの騒ぎが嘘のように、民衆は散っていった。
「……なんか選挙とかの演説みたいでしたよ」
「ううむ、あの男はともかく、民衆には特に何もしてないんだが…………あっ」
「どうしたんですか?」
「いや、いつの間にか"アジテート"とかいうスキルを覚えていたみたいだぁ。これの効果が出たのかもしれんなぁ」
「あじてーと? 今覚えたって事ですか?」
「そうだぁ。アナウンスが出る訳じゃないから確実じゃあないが、前調べた時にはなかったと思う」
「北条さん程スキルが多いと、新しくスキル覚えても気づきにくそうですね」
「ああ、それもあって一応定期的にチェックはしてるぞぉ」
先ほどの騒ぎもすっかりなかったかのように、普段時のような話をしながら露店通りへと向かう北条と咲良。
その後は特に騒ぎに巻き込まれる事もなく、咲良のアタックを北条がのらりくらりと躱しながら、二人の時間は過ぎていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
北条と咲良が、二人で町中を出歩いているその頃。
龍之介は休日の日課になりつつある、冒険者ギルドへの巡回をしていた。
特にこれといった目的を定めずに、ぶらついている龍之介。
別にずっとギルドに入り浸っているという訳でもなく、拠点での訓練の合間などを見計らって町に出たり、ギルドを訪れたりしている。
それ自体が気分転換にもなっているし、知り合いと出会って話をするのも龍之介にとっては心地よい時間だった。
大分見慣れてきた感のある異世界の情景ではあるが、日毎に冒険者が集まって来る今の"ジャガー町"には、色々な人々が集まってきていて、見ていて飽きない。
そしてそれらの多くは冒険者であり、その冒険者たちが集う冒険者ギルドは、人族だけでなく様々な種族が出入りしている。
特にここ最近は、『獣の爪』やロベルト達のように、亜人の冒険者の流入も多い。
こうした多様な人種が集まっている所を見ると、種族間の大きな問題はないように見える。
実際この町においては……いや、このグリーク領に於いて、亜人だからといって差別してはいけないと領主が定めている。
しかし、外部から流れてくる事の多い冒険者の中には"例外"も存在していた。
「ふんっ。話の通じない奴だな。やはりケモノはケモノか」
「……先ほどから言っている通り、彼女は奴隷ではない。なので、譲る譲らないといった話ではない」
「さっきからそればっかりだな。他に言う事はないのか? そもそも、言葉も話せぬのなら、ケモノ以下ではないか」
龍之介がギルドに入ると、そこでは言い争いをしている冒険者の姿があった。
一人の男と、一組の冒険者パーティー。
どうやら軽食スペースで食事をしていたらしい冒険者パーティーに、男が絡んでいる所のようだ。
「キカンス!」
「リューノスケ……」
彼らの周りは一定間隔をあけ、様子を窺っている冒険者たちがいて込み合っていた。
その人の波を掻き分け、騒動の舞台にまで押しあがっていった龍之介。
冒険者パーティー『獣の爪』のリーダーであり、相手の男とメインで言い争っていたキカンスに龍之介が声を掛けると、向こうも少し驚いた様子で返事をする。
「なんだ、貴様は」
キカンスに絡んでいた男は、突然割って入ってきた龍之介に訝し気な視線を送る。
「こいつはオレのダチでね。何か騒動に巻き込まれていたんで、割り込ませてもらったぜ」
「貴様……人族のようだが、そのようなケモノ達の肩を持つとは、お郷が知れるというものだ」
「まだ話も聞-てねーから、肩を持つとまでは行ってないぜ。で、一体何があったんだ?」
意外と勢いや相手との関係に引きずられる事もなく、まずは原因を確かめる龍之介。
しかし実際に話を聞いてみると、どう考えても非は『獣の爪』には見当たらなかった。
突然現れたこの男が、植物の特性を持った珍しい体をしているジャドゥジェムに興味を抱き、金を出して買い取ると言い出したのがきっかけだったらしい。
そして終始上から目線で、人族以外を差別する発言を続けていた。
龍之介が説明を聞いている間にも、ちょこちょこそうした高慢な態度は何度もあって、既にこの時点で龍之介の心の天秤は傾いていた。
周囲で見ていた冒険者にも時折確認を取っていた龍之介は、周囲の冒険者たちも概ね同じような気持ちを抱いている事に気づく。
「……つまり、お前はそこのジャドゥジェムを寄越せと言いがかりをつけた訳だな?」
「言いがかり? 何を言っている。それを言うなら今、まさに貴様がしていることを指しているのではないか?」
「あのなぁ。キカンスも言ってたが、ジャドゥジェムは確かにこっちの言葉は話せねーけど、別に奴隷登録されてる訳じゃねーんだ。それを強引に奪い取ろうっつうなら、ただの人攫いじゃねーか!」
「何を言う!? だからちゃんと金は払うと言ってある。ケモノ相手だというにも関わらずな」
「……奴隷商人でもないのに、本人の同意なく人を売り買いするのは禁止されているハズだが」
「ふぅ、頭の悪いケモノだな。百歩譲って貴様らは亜人と認めるとしてもだ。そこの"樹人族"とかいう植物女は、人ではない。売り買いしようが問題ないだろう」
途中、キカンスが『ロディニア王国』全域で施行されている法律の事を持ち出すが、相手の男はそもそもジャドゥジェムを人ではないと強気の態度を崩さない。
隣領の人族至上主義が盛り上がっている地ならまだしも、亜人達も差別なく受け入れているグリーク領の、それも腕自慢が集う冒険者ギルド内で、亜人への差別発言を繰り返す男。
龍之介が途中で話を聞いていた冒険者以外にも、男に対して睨みを入れる冒険者たちは何人もいた。
一般的な印象とは違って、冒険者たちは全員が全員血の気が多いという訳ではないのだが、それでもやはりこれだけ侮辱発言をしているものがいたら、殴り合い喧嘩になってもおかしくない。
しかし誰一人、男に手を出す冒険者はいなかった。
それも仕方ない事かもしれない。
何せ相手は『勇者』を自称するAランク冒険者。
シルヴァーノ・カゼッラその人であったからだ。
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