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第十二章

第300話 冬に向けて

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「ではそのように致しますです、はい」

 龍之介が連れてきた建設業者の男は、最後に挨拶をしてから立ち去っていく。
 北条も立ち合いの元の話し合いによって、問題ないと判断されたので、龍之介もロベルト兄妹に続いて住居を建築していく事が決まった。

 今日は全員ではないが、他のメンバーも拠点ではなく町の方に出ているようなので、龍之介のように業者を探しているのかもしれない。
 話し合いが終わった北条と龍之介は、昼食のために集まっていた由里香らと一緒に、少し遅い昼食を取る。


「そーいえばオッサン。門で会った時に持ってたあのバカデケー剣は何だ?」

「あの大剣は〈バルドゼラム〉。領主様からもらったもんだぁ」

「あー……、そーいやそんな話をしてたな」

 龍之介はすでにスキルとして"大剣術"を取得している。
 そのせいか北条の持っていた〈バルドゼラム〉に興味を示したようだ。

「やらんぞ」

「ぐ、ま、まあ、それはしゃーねー。てかオレも普通の剣だけじゃなくて、自分用の大剣や短剣も欲しーな」

「それならルカナルが直にこの拠点にやってくる。何かいい素材でも見つけたら、奴に渡せば何か打ってくれるんじゃねえかぁ?」

「おー、そういう手もあったな! ダンジョンの宝箱から武器が出てくるのを待ってるだけじゃ、いつになるかわかんねーからな」

「ルカナルの素質については俺の"解析"スキルのお墨付きだぁ。町の方にいけば、何かいい素材も見つかるかもしれんぞぉ」

「おっしゃ、んじゃ午後も町に出かけっか!」

「無駄遣いして家の建築代まで使いこむなよぉ」

「分かってる!」



 大きな声で返事をした龍之介は、そのまますぐに中央館を出て町まで出かけていく。
 思い立ったらすぐ行動するというのは、龍之介の長所と言えるのかもしれない。

「龍之介さん、本当に大丈夫なのかな?」

「まー、これからもダンジョンには潜って収入も入って来るし、賭け事にでもはまらない限り大丈夫だろぅ」

 一部始終を見ていた慶介が不安そうに言う。
 だが話し合いの現場には北条も居合わせたので、無駄に建物を大きくしようとする龍之介を止めて、無難な大きさになるように話を通してある。
 見積もりでは建築費は全部で金貨三十枚となり、その内半分を前金として既に支払ってある。

「あたしらの家はどーなるんっすかね」

「メアリーさんに任せておけば大丈夫だと思うよ~」

 由里香と芽衣はまだまだ子供だという事で、メアリーと三人で同じ家に住むことになっている。
 慶介も同様に信也と共同でお金を出しあって、同じ家に住む予定だ。

「まーぶっちゃけ、今住んでる所より良ければ何でもいいっすけど」

 大分慣れてきたとはいえ、現代日本で生活してきた異邦人たちにとって、今の住環境は最悪と言えた。
 風呂に関しては『スーパー銭湯』が出来たが、トイレなんかもただ穴を掘っただけの、昔ながらのぼっとん式だ。

 紙だってトイレットペーパーなんてもんがある訳もなく、一般的には木べらや加工した葉っぱ、ぼろ布なんかが多く用いられている。
 《鉱山都市グリーク》ほどの大きな都市にある公共のトイレでも、水に漬けられた共用の木べらが並んでいたりするのだ。

 異邦人たちは主に北条が中心になって、自分たちで使う用の紙代わりの葉っぱを生産している。
 幾つか葉の種類を変えたり、加工方法を調整したりなどして、出来るだけ現代人にも使いやすいものが一先ず出来上がった。
 ただ将来的にはやはりちゃんとした紙を作りたいと、北条は思っていた。

「トイレなんかは、俺が洋式の水洗式のを用意するぞぉ」

「うー、それは助かるっす」

 すでにそういったトイレは、拠点内の何か所かに公共用の設備として作られていた。
 それらは全て下水道と繋がっていて、水に関しても魔法道具が設置されているので、上水道をつなげる事なく使用後に水で流す事が出来る。

 そのあまりの使い心地に、みんな出来るだけトイレは拠点内のを利用するようになった程だ。
 排水管に気を使ってあるので、下水道からの匂いが逆流してくる事もないし、そもそも匂いも魔法道具によって消臭されてもいるので、驚くほど拠点のトイレは清潔感を保っている。

「さーて、作業に戻るかぁ」

「ん。私達も行こっか」

「あ、北条さん。ダンゴの訓練用にアーシアを貸してくれませんか~?」

「おう、構わんぞぉ」

 ダンゴはナイトスライムに進化したものの、まだこれは特殊進化の一番下のランクだ。
 これより更に進化させていくには、更に耐性スキルを身に付けていく必要がある。
 アーシアは何気に複数の属性の魔法を使う事が出来るので、耐性訓練の攻撃側としてたまに貸し出しをすることがあった。

「ぷるるぅうん……」

 当のアーシアは北条と離れ離れになる事に未練がある様子だが、北条は全く気にする様子はない。
 こうして午後も各自、思い思いの時間を過ごす。

 初めの頃は、休日といっても訓練に勤しんでいた者が多かった異邦人たち。
 今では町が大きくなってきた事もあって、それぞれ休日の過ごし方というのも変化していく。
 すぐに日本に帰還できるという訳ではなく、腰を据えてじっくりやっていこうとなっていったのも理由のひとつかもしれない。

 そしてあっと言う間に休日は過ぎていった。




▽△▽△▽△▽△▽



 ダンジョンの長期遠征の後、数日間の休日を挟んでからは、再びダンジョンアタックが再開される。
 そうしてしばらくの間、一週間程ダンジョンに潜っては帰還、というのを基準に日々を過ごし、二か月ほどの時が経過した。
 またダンジョン探索と並行して、拠点施設の充実にも力をを入れていく。

 とはいえ、すでに龍之介とロベルト兄妹が仕事を依頼したせいか、手の空いてる建築業者がなかなか見つからなかった。
 それでもひと月以内にメアリーと信也が、二か月以内に咲良と楓、陽子が建築業者を見つけ、仕事を依頼する事に成功。

 すでに最初に依頼していた龍之介とロベルト兄妹の家は、大分形になってきていて、他の家も日を追うごとに完成が近づいていく。
 重機などの代わりに、魔法や魔法道具を大いに活用しているこの世界の建築技術は、建物の安全性や利便性など総合的に見れば、日本のそれとは比べものにはならない。

 ただ建築速度についてはなかなかのもので、それでいて強度などもそれなりにしっかりしている。
 強度については、最終的に北条が"刻印魔法"で仕上げをする予定だし、明かりや水生成などの魔法道具も用意される。
 そこまで行くと、敷地の広さを除けば、それなりに裕福な商人の家と同等以上の建物になるだろう。




 日々は過ぎて行き明光の月を迎え、近頃は寒さも日に日に増していっている。

 今まで住んでいた『男寮』と『女寮』は、隙間風の吹く音が聞こえてくる程のボロ家で、しっかりと密閉された建物ではない。
 それでも農民たちは、そうした建物で冬を過ごす訳なのだが、寒さのきつい年になると多くの死者が出る。
 そこまで寒さのきつくない年でも、場所によっては毎年死者が発生したりするのだ。

 地球の過去の人たちとは違い、この世界ではステータスなどというものがあるので、全体的に体が丈夫には出来ている。
 それでも低体温状態が長く続くのは、人体にとっては致命的だ。

 拠点に次々と作られていく住居では、そうした冬の寒さに対する対策もバッチリ織り込んである。
 といっても基本は北条の魔法道具や"刻印魔法"頼りのものであり、この世界に於ける一般的な寒さ対策とは異なる。

 まず暖を取るための暖炉は初めから設置せず、煙突などもついていない。
 確かに暖炉に火をくべれば温かくはなるが、排煙の為に外と繋がっているため、そこから熱が漏れていってしまう。
 それを防ぐため、完全に熱の発生源を魔法道具と"刻印魔法"に限定し、その熱を逃がさないように、断熱構造を意識して設計されている。

 
 ルカナルの鍛冶場と住居も完成しており、既にエリカと共に拠点に移り住んでいる。
 更にはロアナと農民家族の家の建設も、すでに急ピッチで終わらせてあった。
 大分寒さが増してきた時期ではあるが、農民家族たちも荷物をまとめ、《鉱山都市グリーク》からこちらに向かっている頃だろう。

「さーて、後は肝心な俺の家も仕上げていかないとなぁ」

 北条は目の前の未完成の建物を見ながら、やる気を鼓舞するように声を発した。
 ここ二か月の間は、特に北条は拠点の施設のあれやこれやに手を取られっぱなしだった。

 その為ダンジョンに潜る期間も『サムライトラベラーズ』より少なくなってしまっていたが、遅れを取り戻すかのように、ダンジョン内では北条によるゴリ押しの探索が続けられた。

 特にレイドエリア二十三層以降の探索は過酷なものになり、もっとダンジョンでレベル上げしたいとゴネていた龍之介が「も、もう勘弁……」と音を上げる程に、魔物まみれの強行軍が行われたりもしていた。
 出現する魔物のランク自体はE~Cランクではあるのだが、レイドエリアだけあって出てくる数が尋常ではなかったのだ。

 そうした苦労をした甲斐もあって、龍之介も他のみんなも着実に成長を続けていった。


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