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第十一章

閑話 『魔法鍛冶師』ルカナル その4

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 僕がこの《ジャガー村》にやってきてから数か月が経過した。
 その間は親方からの指導や仕事を手伝いつつ、時折ホージョーさんたちが持ち込んでくる鉱石を製錬したり、装備の手入れやちょっとした武器の制作依頼を受けていた。

 ありがたい事に同時期にやってきた他の鍛冶士や、ダンジョン公開以降に集まってきた鍛冶士ではなく、ずっと僕だけに仕事を頼んでくれているらしい。
 残念ながら彼らの使用してるメイン武器はダンジョンで幾つか見つけたようで、僕はそれらの武器の手入れや、カエデさん用の短剣とかヨーコさん用の投擲武器など、ちょっとしたものを作っていた。

 だけど僕としては、もっと彼らの役に立ちたいと思っている。
 そこで目を付けたのは防具だ。
 彼らはダンジョン内では、盾やマジックアイテムのアクセサリー位しか見つけていないらしい。

 今装備しているのは、《鉱山都市グリーク》で作ってもらったものらしいが、今の彼らならもっと上の防具を身に付けていて不思議ではない。
 なんせ、村の付近に現れたという悪魔をも打ち滅ぼしたらしいのだ。

 その辺りの事は僕も彼らから直接教えてもらっていないけど、村の人……じゃなかった。今はもう《ジャガー町》だったね。町の人々も口々にその噂をしていて、今いちばんホットな冒険者パーティーになっていた。

 そんな彼らに対し、僕はひとつ提案を出していた。
 ダンジョン内で仕入れたもので、防具に使えそうなものがあったら持ってきて欲しい、と。
 そうしたら僕がそれを使って彼らに防具を作る。

 ……僕がこんな提案を出したのにも理由があった。
 単純に彼らに感謝しているというのはあるし、腕を磨くためにどんどん装備を作っていきたいというのもある。
 でも一番の理由は、僕が以前と比べて大きく成長していたからだ。



 忘れもしない。あれは僕が親方のダンカンさんの元に師事してひと月がたった頃だった。
 特に何か前触れがあったという訳でもないんだけど、あの日は妙に調子がよかった。
 親方に指示されて作っていたものは、建築に使う釘なんかの簡単なものだったけど、それでも今までと出来栄えが違うのがすぐに分かった。

 それも調子が良かったのはその日だけじゃない。
 次の日も、そのまた次の日も、僕の調子が下がることはなかった。
 この事を親方に話してみたら、

「オメー、それはもしかして職業素質系スキルに目覚めたんじゃねーか?」

 と答えてくれた。
 その言葉に思わず僕も納得する。
 職業素質系スキルというのは、戦闘職、生産職問わず、色々な職業ごとに存在するスキルで、"戦士の心得"のスキルなら戦いに関しての補正が得られるらしい。

 生憎とその頃にはまだ村に鑑定するための方法もなかったので、新たに得たスキルに感謝しつつ、スキルの力に溺れないよう修行の方も前以上に必死に取り組んだ。

 その結果、僕の鍛冶に関する腕前はぐんぐんと伸びていった。
 職業素質系スキルには、関連スキルの成長を促す効果もあると聞いていたけど、これほどのものとは思わなかった。
 親方も、

「こいつぁ、単なる"鍛冶士の心得"スキルじゃなく、その上の"鍛冶士の心"の方かもな」

 と言っていたほどだ。
 ちなみに、~の心系のスキルは~の心得スキルの上位スキルにあたる。

 そういった訳で、僕の鍛冶の腕前はこの村に来た当初に比べると大きな成長を遂げていた。
 今ならば、ホージョーさん達が装備するにふさわしい防具だって作れる筈だ! と思って提案を持ちかけたんだけど、その時妙にホージョーさんが驚いていたような気がする。
 確かに僕は、彼らにこれといった実績を示せていなかったけど、そんなに頼りなく映っていたんだろうか?

 けど、ホージョーさんは僕の提案を二つ返事で受け入れてくれて、その後はダンジョン探索で手に入れた、防具の素材になりそうなものをたくさん持ってきてくれた。
 というか、あれだけの属性ウルフの皮が持ち込まれるとは想定外だった。

 他にも属性防御力はないけど、加工して防具に張り付けると防御力が増す〈オーガの皮膚〉。
 そして同じく防御力に優れたアーミーアント系の甲殻など、多くの素材を持ち込んでくれるようになった。

 それら大量の素材は、冒険者ギルドに卸すときよりも安い値段で譲ってもらうことが出来た。
 買い取った素材はすでに彼らの防具と予備の分を作ったとしても、有り余るほどの量になっている。
 余った分は鍛冶の練習用に使ってくれていい、と有難い言葉をもらっていたので、僕は彼らの防具を作る前に、まず試作品づくりから始めていく。



 そんなある日の事。

 僕は鍛冶に必要な素材を採取しに、森へと出かける事になった。
 アーミーアント系の甲殻を加工する際には、最初に〈ギュルン草〉と一緒に煮出す必要がある。
 この工程によって、一時的に加工しやすい状態に持っていく事が出来るのだ。

「じゃ、行こっか! ルカナルッ」

 そう言って先を進むのは、ダンカン親方の一人娘、エリカだ。
 彼女は僕より年下なんだけど、初めの頃はまるで出来の悪い弟と接するような態度をしていた。けど、ここ最近はそれも大分変化してきた。
 僕の独りよがりでなければ、彼女も僕の事を大分認めてきてくれたんだと思う。

「そんなはしゃいでると、後でバテちゃうよ?」

「だいじょーぶ! 私はまだまだ若いからね!」

 そう言って小走りに駆ける彼女の髪は、陽の光を浴びて強いオレンジ色に光っている。
 初めの頃は、「邪魔だから」という理由でショートにしていた髪も、今では大分伸びてきている。

 この《ジャガー町》では、ダンジョンの情報が公開されてから多くの人が集まっていた。
 それは冒険者や商人だけでなく、この町に移住しようという人までいて、《ジャガー村》時代からの住人も影響を受け始めている。
 彼女が髪を伸ばし始めたのも、そうした外から来た女性を見て思うものがあったんだろう。

 ショートの髪もそれはそれで良かったんだけど、元々長い髪の方が好きな僕としては、今のエリカは陽の光など関係なく眩しく見えた。
 それに彼女の笑顔が合わされば、僕の心はまるで鍛冶用のハンマーで心を撃たれかのごとく、鼓動が高まってしまう。


 そんな思いを表に出さないようにしつつ、しばらく森の中を二人で歩いていると、〈ギュルン草〉の群生地にたどり着いた。
 森の中には元々低ランクの魔物が出没してたようだけど、ここ最近はその数も減ってきているらしい。
 恐らくダンジョンへと向かう冒険者たちのおかげだろう。

 僕が今いるのも、ダンジョンへと向かう道からそう外れていない場所だ。
 それに万が一魔物が出現したとしても、Hランクの魔物くらいなら僕でも十分倒すことは出来る。
 手っ取り早く鍛冶士に必要な筋力などを得るために、一時期は冒険者まがいの事をしていた時期もあった。
 背中に収まっている戦闘用のハンマーを使えば、Gランクの魔物相手でもなんとかなるかもしれない。

「さ、集めようか」

「いいわ。どっちがたくさん集められるか競争ね!」

 そう言うなり、エリカは早速目をつけていた群生地に向かって駆けていく。
 僕はそんな彼女をほほえましく思いながら、自分も〈ギュルン草〉の採集を始めた。
 ついでだから、薬草の原料となる〈ヘルマ草〉なんかも集めていこう。
 エリカは勝気で負けず嫌いな所があるから、〈ギュルン草〉の方は最低限確保したら、後は控えめにして……。
 なんて事を思いながら、しばし二人して採集作業を続けていく。

 途中、お昼休憩として近くに沸いている小さな泉まで移動して、軽い食事をとりつつ休憩も挟んだ。
 午後からは、再び採集作業だ。拭っても拭っても次から滲んでくる汗を拭きながら、一時間ほど採取を続けていると、持ってきた籠も大分一杯になってきた。

 〈ギュルン草〉にこだわらず、薬草や食べられる野草や木の実なども集めていたせいだろう。
 すっかり染みついた貧乏性な自分につい苦笑してしまう。
 さて、エリカの方はどうかな? と彼女の方を振り返った時、思わず僕は目を瞠ってしまった。

 木陰でしゃがみ込んで採取をしている彼女の背後に、魔物の姿があったのだ。


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