上 下
285 / 398
第十章

閑話 転移前 ――メアリー編――

しおりを挟む

 日本人男性「細川孝義」と、英国人女性「アリスン・ミルワード」との間に生まれた一人娘、メアリー。
 彼女は英国人の母を持ちつつも、家の中でも日本語で話す母のせいで、別段英語が得意という事はない。

 顔の作りで言えば少し彫りが深く、真っ黒ではなく少し茶色の交じった髪色に、母方の遺伝子が現れているのだが、見た目的には他の日本人とそう大きな違いはない。
 その為、名前を名乗って自分がハーフだと言うと、信じてもらえないことも何度かあった。
 一時期はその事にもどかしい思いを感じていた事もあったが、今ではそういうものだと受け入れている。

 そんな彼女が結婚相手に選んだのは、母と同じ日本の男性であった。
 日本で生まれ育ち、日本人に囲まれて育ったのだから、それは当然の流れとも言える。
 もちろん両者が出会い、結婚するまでにはそれなりの紆余曲折もあった。

 メアリーが夫と出会ったのは大学の構内での事だった。
 奇しくも相手も同じ細川姓であった事から、二人はすぐに意気投合して……という訳でもなく、初めはただの仲のいい異性の友人でしかなかった。
 それが共通の友人とのいざこざがきっかけで、将来の夫となる男性と付き合い始める事になる。

 こうして大学在学中に付き合い始めた二人だが、一度大きく仲たがいをして別れる寸前にまで行ったこともあった。
 きっかけはささいな事だったが、互いに引っ込みがつかなくなってしまい、連絡を取る頻度も減ってしまう。

 二人ともこのまま別れるのは嫌だと思いつつも、恐れや不安から携帯に手が伸びない。
 そんな状況を救ったのも、二人が付き合うきっかけとなった共通の友人、根建であった。

 彼は大学の図書館で司書をしており、読書好きであったメアリー達ともよくお勧めの本や好きな作品について、仕事の合間を縫って語り合っていた。
 年はメアリーより上だが、大きく離れている訳でもなく話も合った。
 メアリーは未だにその時の事を感謝している。


 その後、大学を卒業すると同時に二人は同棲を始めた。
 保健師を目指す男と、看護師を目指すメアリーの生活は、当初は大変なものだった。
 資格取得の為の勉強をしながら、日々の生活費も稼がなくてはならない。
 そうした誰もが抱くような辛い事も、二人で励ましあい、時には相手を支え、時には甘える。

 そうして育まれていった二人の愛情は、学生時代のものから少しずつ変化していく。
 やがて国家試験に合格し、輝かしい未来が現実となり、二人の生活は次なるステージへと移行した。

 初めのうちは慣れぬ仕事に一杯一杯だった二人も、やがては職務に慣れていく。
 そうなってくると、二人の脳裏に浮かんだのは子供の事だった。
 小児科のように、専門的に子供と関わることはなかった二人だが、仕事的には子供と接することもある。
 いや、仕事などを抜きにしても、休日の公園で遊んでいる子供を見れば、自然と子供が欲しくなるのは人の摂理と言えよう。

 しかし、なかなか子宝に恵まれないまま時は残酷にも過ぎていく。
 妊娠の適齢期はまだまだ問題ないとはいえ、こうも子供が出来ない事にメアリーは不安を抱いていた。
 激務が続いている、という訳でもないのだが、時期的にきつい時というのはある。
 そうした仕事の影響で月経不順をきたしたこともあったので、それが原因なのでは? などと不安が募っていく。


 結局二人して、不妊治療のために医療機関に訪れる決心をした二人。
 世の中にはもっと長い期間、子供が出来ずに悩んでいる人がいるというのに、私たちのように数年子供が出来ないだけで訪れてもいいのだろうか。
 などといった思いもありはした。
 それでも子供が欲しいという二人の……特にメアリーの強い思いによって、医療機関で診断を受けることを決める。

 その結果は妙々たるものではなかった。
 両者ともに、子供が作りにくいという結果が出てしまったのだ。

 フラフラとした足取りでクリニックを出る二人。
 互いに慰めの言葉も出ず、無言のまま家にたどり着く。 
 その日一日どころか、しばらくの間二人はショックから立ち直れずにいたが、このままではダメだ! と、男が決心する。


「メアリー、僕と結婚してくれ」


 静かでありながら、心の奥にまで響くような低く、優しく、真摯な声でプロポーズをする男。
 それはクリニックでの診断結果とは関係なく、元々近いうちに考えていたことであった。
 二人ともに仕事も軌道にのりはじめ、余裕もでてきた昨今。
 メアリーの方も、心のどこかしらで彼からのプロポーズの言葉を待っていた。

 例えそれが、沈んでいる自分をどうにかしたいという理由であったとしても、ずっと待ち続けていた彼の言葉は、底なし沼にはまりかけていたようなメアリーの心を軽くしてくれた。

「はい……。私も貴方と同じ気持ちでいます」

 こうして晴れて夫婦となった二人は、新婚旅行に海外ではなく国内を選んだ。
 子宝の湯として有名な温泉旅館に泊まり、同じくその手で有名な神社にもお参りにいった。
 二人で過ごすゆったりとした時間は、これまで蓄積されていった邪気を払うかの如しだ。

 そのせいだろうか。

 それから一年もしない内に、ついに念願の子宝に恵まれた。
 もちろんその間も不妊治療にかかっていたので、その結果が出たというだけかもしれない。
 それでも二人にとって、結婚を機に運気が上回ってきたのは確かだった。



 こうして二人の間に長男である「圭吾」が生まれる。
 そして待望の赤ちゃんに喜んでいるのは、なにも二人だけではない。
 二人のそれぞれの両親にとっても圭吾は初孫であり、頻繁に夫婦の家に遊びにきては、赤ん坊の世話を見てくれた。

 毎年夫の実家では、新年に親戚一同が集まる場があったのだが、そこでも圭吾は引っ張りだこだった。
 今も夫の従弟であり、昔から夫とは家族ぐるみの付き合いをしてきたという男性が、慣れない手つきで赤子をあやしている。

 近しい家族以外には顔見知りをする圭吾だったが、その男性はどうもお気に入りのようで、男性の差し出した人差し指をちっちゃな手のひらで必死に「あぅあぅ」と言いながら追っている。

 そんな日常的とも言える幸せな光景を見て、思わずメアリーの目から涙がこぼれる。
 ……ふと、メアリーの肩に誰かが触れる。振り返るとそこには優し気な表情をした夫の姿があった。

「あの子は絶対に幸せにしてやらないとな」

「えぇ……勿論。あの子は私の宝物ですから……」

 この二人の誓いは、当面の間守られることとなる。




 育児休暇の期間が終わり、すくすくと。そしてあっという間に圭吾は成長を続けていく。
 新年に親戚たちが集うたびに、圭吾の成長には驚かれる。毎日一緒にいるメアリーであっても、子供の成長の速さというものは驚かされるものだ。
 それが一年も期間を開ければ、まるで別物といってもいい位だろう。

 こうして無事に初の七五三のお祝いも終え、保育園に通うようになってくると、時折子供が思いもしない言葉などを言うようにもなってきた。
 仕事に子育てに、忙しい毎日を過ごすメアリーにとって、そうしたちょっとした子供に関する驚きが、一種の生活のスパイスになっていた。

 そして更に時は過ぎ、圭吾は目に入れても痛くないほどに、メアリーにとってはかけがいのない存在へとなっていく。
 圭吾も五才になり、あと半年ほどもすれば、また七五三のお祝いに行くことになるだろう。

 気の早い両親が「圭吾の袴着を用意しなくていいのか? なんならじいちゃんが出してやるぞ?」などと、すっかり"おじいちゃん"になってしまった父に、思わずメアリーも困ったように笑顔で返す。

「もう、父さんったら。七五三のお祝いまではまだ半年もありますから」

 子供の成長というのは、例え半年という期間であっても馬鹿にできないものだ。
 まあある程度余裕をもって、大きめに作ってもらえばいいのかもしれないが、今度は逆にそこまで成長しなかった場合に困ってしまう。

 前もって用意しておくのは悪いことではないが、せめてもう少し後になってからの方がいいだろう。
 その時のメアリーはそのように思っていた。
 まさかその時の父の申し出を断ったことを、後悔する事になろうとは予想もつかなかったのだ。


 そして運命のあの日……。


 大雨が振るでもなく、梅雨の時期に訪れたとある晴れの日のこと。
 何の前触れもなく、メアリーは職場から……いや、この世界から姿を消した。

 楽しみにしていた、息子の晴れ姿を見ることも叶う事ないままに……。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

転生王子の異世界無双

海凪
ファンタジー
 幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。  特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……  魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!  それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!

異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました

ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが…… なろう、カクヨムでも投稿しています。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

独裁王国を追放された鍛冶師、実は《鍛冶女神》の加護持ちで、いきなり《超伝説級》武具フル装備で冒険者デビューする。あと魔素が濃い超重力な鉱脈で

ハーーナ殿下
ファンタジー
 鍛冶師ハルクは幼い時から、道具作りが好きな青年。だが独裁的な国王によって、不本意な戦争武器ばかり作らされてきた。  そんなある日、ハルクは国王によって国外追放されてしまう。自分の力不足をなげきつつ、生きていくために隣の小国で冒険者になる。だが多くの冒険者が「生産職のクセに冒険者とか、馬鹿か!」と嘲笑してきた。  しかし人々は知らなかった。実はハルクが地上でただ一人《鍛冶女神の加護》を有することを。彼が真心込めて作り出す道具と武具は地味だが、全て《超伝説級》に仕上がる秘密を。それを知らずに追放した独裁王国は衰退していく。  これはモノ作りが好きな純粋な青年が、色んな人たちを助けて認められ、《超伝説級》武具道具で活躍していく物語である。「えっ…聖剣? いえ、これは普通の短剣ですが、どうかしましたか?」

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

「残念でした~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~ん笑」と女神に言われ異世界転生させられましたが、転移先がレベルアップの実の宝庫でした

御浦祥太
ファンタジー
どこにでもいる高校生、朝比奈結人《あさひなゆいと》は修学旅行で京都を訪れた際に、突然清水寺から落下してしまう。不思議な空間にワープした結人は女神を名乗る女性に会い、自分がこれから異世界転生することを告げられる。 異世界と聞いて結人は、何かチートのような特別なスキルがもらえるのか女神に尋ねるが、返ってきたのは「残念でした~~。レベル1だしチートスキルなんてありませ~~ん(笑)」という強烈な言葉だった。 女神の言葉に落胆しつつも異世界に転生させられる結人。 ――しかし、彼は知らなかった。 転移先がまさかの禁断のレベルアップの実の群生地であり、その実を食べることで自身のレベルが世界最高となることを――

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

処理中です...