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第十章

第252話 見定め その2

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「す、凄い……」

 マデリーネが思わずそう感想を漏らすほど、北条とエスティルーナの模擬戦はレベルが高かった。
 何せ、動き始めたらまともに動きが目で追えないのだ。
 そして、恐らくはその見えない動きの中にも高度な駆け引きがあるのだろう。
 時折両者が不意に動きを止めたり、打ちこもうとした武器を途中で止めたりといった、見えない駆け引きが二人の間には感じられた。

「…………」

 アーガスも目の前の戦いをジッと黙って見つめていた。
 先ほどはアーガス自身もあの北条と模擬戦を行った訳だが、その時には大分手加減をされていたのだなと、目の前の光景を見て認めざるを得ない。
 北条の実力を出し切れなかった自分に、武人として口惜しい気分が沸き上がってくる。
 しかし同時に領主としての自分が、目の前の男について別視点で見定めていく。

(これほどの近接戦闘力を持ち、この要塞……拠点をも築き上げる魔法も使いこなす。この男は我がグリーク家、ひいてはグリーク領において毒となるのか薬となるのか)

 アーガスの眼が一瞬僅かに圧を放つ。
 それはほんの一瞬の事で、魔力や気の類を発した訳ではないので、その事に気づくものはいない。

(……やはり、俺の"鑑識眼"では善であるとも悪であるとも判別出来ん)

 アーガスはこれまでにも、二度ほど"鑑識眼"の能力を北条に対して行使していた。
 "鑑識眼"は物事の善悪・真偽・美醜などを見分ける魔眼の一種だ。
 このスキルはこれまでもアーガスの大きな力となっていたが、それも完全とは言い切れない。
 どこか怪しいものを感じてはいたものの、イドオンの司祭に扮していた悪魔を見極める事が出来なかったからだ。

(俺が見たところ、この男は本質的に敵にはなりえない。しかし、これだけの実力者となればいつか騒ぎを起こす事だろう。本人がそれを望まなくとも、な)

 アーガスが北条について考えを巡らせている間にも、両者の模擬戦は続いている。
 と、不意に視線を逸らすエスティルーナ。
 その隙を見逃さず、北条は"二段突き"で迫る。
 実力者同士の戦いとはいえ、そうそう秘技クラスの闘技スキルを打ち合ったりなどということはしない。

 いくら実力者といえど、大技を使えば疲労もするし、相手の手の内も見えないうちに使うものでもないからだ。
 それ故に闘技スキルでは、「基礎」や「応用」に分類されるスキルが重要である。

 北条もその基本に倣って、"二段突き"から相手の行動を縛っていく。
 最初の"二段突き"をかろうじて躱したエスティルーナが、躱した方向へと放たれた"刺突斬"。
 これは斧槍系の闘技基礎スキルで、最初に突きを放った後にそのまま横へと斧刃部分で薙ぎ払うというスキルだ。

 最初の刺突によって逃げ道を塞がれ、更にそこから派生する凪ぎ払いによる追撃は、エスティルーナの身軽さを持っても躱しきることは出来そうにない。
 ……かと思われたのだが、急に動きがよくなったエスティルーナは、ある程度の余裕を持ってその攻撃を回避する。

(今のは"機敏"か)

 今までの動きからして明らかに動きが違う今の回避を見て、瞬時に北条はそう判断する。
 身体能力を一時的に強化するスキルは、一度使用すると次に使用できるまでのクールタイムが長い。

(……となると)

 ――次なる行動は、この速度アップ中に攻撃に集中するか、一端距離を取って態勢を整えるか。

「フゥッ!」

(やはりそう来るか!)

 特に示し合わせた訳でもないが、今回の模擬戦ではエスティルーナは魔法や遠距離武器などを使用していない。
 恐らくは、北条の近接戦闘能力がどれほどのものかを測るため……それかもしかすると、こうした模擬戦では作法的に弓や魔法などを使うものではないのかもしれない。
 そのあたりの慣習はどうにせよ、後ろに下がっても遠距離の攻撃手段がないのなら、向かってくるのは必然と言えた。

 エスティルーナは、エストックの先を北条に向けたまま近づいていき、持ち手をゆらゆらと揺らす。
 突剣系の闘技スキル、"突惑"だ。
 ゆらゆらと揺れ動く剣先で、相手の集中を逸らす効果のあるスキルだが、北条はエスティルーナの眼や全身の筋肉の動きに注視したまま、余計な視線の動きをすることはない。

 だが構わずエスティルーナは闘技スキル、"アブラプトピアース"を放った。
 本来なら、基礎や応用のスキルで相手を乱してから強力なスキルを狙うのが定石とされているが、"突惑"からの"アブラプトピアース"はエスティルーナの必殺コンボである。

 "アブラプトピアース"は、突剣系の闘技秘技スキルであり、相手の意識外、集中の外から攻撃するような効果をもたらす。
 命中率の高いこのスキルは、単体でも十分通用するほどのスキルだ。
 だがそこに"突惑"を加えることで、より有用性を増すことが出来る。

 "突惑"で素直に相手が惑わされれば良し。相手に"突惑"の効果がなければ尚良しだ。
 相手側からすれば、集中を乱すスキルを防いだのだから、すぐに不意な攻撃を受けることがないものだと、本能的に判断……油断をしてしまう。
 そこにスキルそのものに不意を突く効果を持ち、しかも闘技秘技クラスの攻撃を重ねるこのコンボは、"攻撃を当てる"という点で考えればかなり有用であった。


 キイイィィィンッ!


 つい先ほどまで、真正面から迫ってきていたと思われたエスティルーナの刺突。
 それがぐにゃりとまるで幻であったかのように立ち消え、北条の認識からは少し角度のずれた位置からエストックの切っ先が迫る。
 知っていた・・・・・とはいえ、"空間感知"でも追いきれなかったその動きに、北条はかろうじて右手に持つ〈サラマンダル〉を割り込ませる事に成功する。

「……ッ」

 攻撃を防がれた事に、驚きの表情を浮かべるエスティルーナ。
 そこへ突如訪れた腹部への衝撃によって、更なる驚きに眼を瞠りながら、エスティルーナは吹き飛ばされていく。

 北条がカウンターとして左手で放った、格闘系の闘技応用スキル"隠拳"は、攻撃が察知されにくいという特徴を持っている。
 とはいえ、秘技スキルを躱された状態からカウンターで打たれた攻撃となれば、いかに"機敏"で強化されたエスティルーナとはいえ、通常のスキルでも命中していたかもしれない。

「っとお」

 吹き飛ばされていくエスティルーナとは対照的に、北条は追撃を掛けずに後ろへと下がる。
 いかに"機敏"の効果中であろうと、それだけ距離を取れば北条なら対処は出来る、そういった距離だ。
 これによって、彼我の距離は二十メートル近く離された。

(さて、どう出るかな)

 油断なくエスティルーナを観察する北条。
 しかしそんな北条をあざ笑うかのように、エスティルーナは瞬きの間を待つこともなく、一瞬で北条の目の前へと現れる。

 これまでの動きが全力ではなかったと言うような、一瞬の移動。
 それは移動だけでなく、その後の動きもこれまでより・・・・・・更に一段上の速さがあった。
 移動してからの攻撃に移る動作。それはまるで早送りしたかのような不自然な速さでもって、エストックの切っ先を北条の右上腕部に突き刺す事に成功していた。

 突然の攻撃に北条の右腕の筋力が緩み、手にしていた〈サラマンダル〉をこぼれ落とす……間際に、先ほどと同じように"隠拳"を咄嗟に叩きこもうとする北条。

「それは見た」

 しかしエスティルーナは北条が左腕で放ったスキルを、自身の右手でいなしながら、相手の力を利用して合気道の技のように投げ飛ばす。
 これまで右手でエストックを握っていたエスティルーナだが、今は本来の利き手である左手に武器が収まっていた。
 そして空いた手で北条を投げ飛ばしたのだ。

「ぐううぅっ」

 土の地面に投げ飛ばされ、呻く北条。
 投げ飛ばされた事によるダメージもあろうが、右腕に走る痛みも重なったのだろう。
 尻もちを突いた状態の北条が降参の声を上げる。

「いやぁ、参った参った。流石Aランクの冒険者の実力はとんでもないねぇ」

 そう言いながら、ゆっくりと立ち上がる北条。
 負けたというのにその顔には悔しさといった感情は見えず、逆に良い経験を積んだといったような清々しい顔をしていた。
 エスティルーナは北条が先ほど取り落とした〈サラマンダル〉を拾い、北条へと無言で返す。

「こいつぁ、わざわざどうも」

「………………」

 礼を述べる北条だが、相変わらずエスティルーナの方は無言だ。
 この時彼女の中では、色々と尋ねたい事が山のようにあった。
 しかし尋ねたとしても素直に教えてくれるとも思えず、またどう質問するべきかも分からず。結局エスティルーナは無言のままその場を去り、アーガスの傍へと戻った。

「それでぇ、模擬戦も終わったことだし大分日も暮れて来たぁ。今日はこれでお開きという事で構わないかぁ?」

「そうだな、長々とお邪魔した。我らはこれより引き上げるとしよう」

 そう言って拠点の西門からアーガス達が出ていく。
 そこでも再び別れの挨拶が交わされ、町へと戻っていくアーガス達。

 その背がまだまだ見える距離。
 そこで不意にアウラが振り返って言う。


「ホージョー。今度は私とも模擬戦を頼む!」


 どこか輝くような笑顔を浮かべながら、そう言ってアウラは手を振るのだった。 


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